「6 3/4リッター」に込めた想い
text:Kenji Momota(桃田健史)
【画像】ベントレー 今はどんなクルマがある?【比べる】 全77枚
あえて「6 3/4(シックス・アンド・スリークォーター)リッター」と表示することが、ベントレーの誇りである。
V型8気筒、総排気量が6752cc。ボア×ストロークは104.0mm×99.0mmで、圧縮比は8.9:1。ツインターボで過給し、ミュルザンヌ・スピードの搭載ユニットは最高出力は537ps、最大トルクは112.2kg-m。
数値だけみれば、近年のプレミアムブランド系のV8ユニットとしては、目新しいことはない。
だが、このエンジンが基本的に60年間にも渡り、量産車向けに製造され続けてきたことには心底驚かされる。
ここでいう60年間の原点とは、1959年にロールス・ロイス/ベントレーとして量産されたLシリーズを指す。
両ブランドへの搭載目的に応じて、排気量が拡大され、「6 3/4リッター」が登場するのは70年代に入ってからだ。
80年代以降、電子制御とトランスミッションの技術革新によって、それぞれの時代の「6 3/4リッター」として継承されてきた。
そんなベントレー伝統の一品である「6 3/4リッター」がついに、幕を下ろすことになった。
ベントレーモーターズ(本社:英チェシャー州クルー)は2020年1月14日、現行モデルラインアップで唯一、「6 3/4リッター」を搭載するミュルザンヌを2020年春に生産を終えると発表したのだ。
ミュルザンヌとして、つまり「6 3/4リッター」として、30台限定車のミュルザンヌ6.75 byマリナーがファイナルエディションとなる。
「6 3/4リッター」愛され続けてきた理由
現行のベントレー・ミュルザンヌは2016年3月、スイス・ジュネーブショーで世界初公開された。
筆者(桃田健史)も記者発表の現場におり、エクステンデッドホイールベース、スピード、そしてリムジンの各モデルについて、ベントレー関係者から詳しく話を聞いた。
あれから約4年、改めてミュルザンヌをじっくり味わうことで「なぜ、「6 3/4リッター」が長年に渡り愛され続けてきたのか?」を考えてみた。
ベントレーモーターズジャパンが用意してくれた、ミュルザンヌ・スピードを都内で乗った。
まず感じるのは、ジェントルな優しさだ。V8といえば、アメリカンV8のようなトルキーというイメージが強い。または、メルセデスAMGやBMW Mのように中回転域からトルクとパワーがギュッと凝縮する。
「6 3/4リッター」は、そのいずれでもなく、力強さや伸びやかさがあっても、いつも優しさがある。抽象的な表現で恐縮だが、これが筆者の本心だ。
この優しさで、停止状態から100km/hまでの加速は4.9秒。最高速度は305km/hに達する。
こうした優しさは、古き良き時代での基本設計、その設計思想をしっかり受け継いできたクラフトマンシップの成せる業だと思う。
60年間には様々な時代変化があった
「6 3/4リッター」は、オーナーが自らステアリングを握る、オーナーカーでの走りの愉しさを引き出してくれる。
また、専属ドライバーにステアリングを託してリアシートで寛ぐ、ショーファーカーとしても快適なハイスピード移動が楽しめる。
これぞ、60年間に渡る熟成だ。エンジンは、生き物である。
別の視点で、「6 3/4リッター」が60年間生き続けてきた理由を考えてみると、世界的なプレミアムブランドにおけるV8エンジンの変遷が影響していると思う。
70年代のオイルショックと排ガス規制強化まで、プレミアムブランドでは大排気量化が進んだ。その結果、欧州ではV型12気筒、アメリカでは7Lや8L級のV型8気筒がフラッグシップモデルに採用された。
その後、燃費と排ガス規制により、自動車産業全体としてエンジンの小型軽量化が主流となり、プレミアムブランドでも大型エンジン開発への歯止めがかかった。
時代がさらに進み、90年代になるとメルセデス・ベンツのアフター系市場が活発化し、V8を基調としたチューニングが進む。
一方、日系各社がプレミアムブランドを立ち上げる中で、最上級モデルにV8を設定した。
こうした中で、「6 3/4リッター」が生き続けるための市場が途絶えなかったといえる。
一方、ベントレーがフォルクスワーゲン・グループ傘下なる中、伝統の逸品というブランド戦略の一環として、「6 3/4リッター」の存在意義は高まった。
では、なぜこのタイミングでベントレーの「6 3/4リッター」は姿を消すことになったのか?
なぜ、「6 3/4リッター」は消えるのか?
では、なぜこのタイミングでベントレーの「6 3/4リッター」は姿を消すことになったのか?
最大の理由は、フォルクスワーゲン・グループが2016年に発表した中期経営計画「トゥギャザー」だ。
中核となるのが、EVシフト。世界的な電動化の流れにいち早く乗ろうという戦略だ。
EVについては、中国の新エネルギー車政策と、米カリフォルニア州でのゼロエミッションヴィークル(ZEV)規制が、事実上の販売台数規制である。
また、欧州CO2規制が2021年から強化され、今後さらにハードルが上がることで欧州委員会での協議が続いている。
そうした中、フォルクスワーゲン・グループでは、フォルクスワーゲン、セアト、スコダ、アウディ、ポルシェ、ランボルギーニ、そしてベントレーでEVまたは、プラグインハイブリッド車を強化する。
その中で、ベントレーのフラッグシップが、ミュルザンヌからフライングスパーとなり、 また2023年までにベントレー全モデルでハイブリッド車がオプション設定となる。
世界で最も長く量産されてきたエンジンと呼ばれる、「6 3/4リッター」。ベントレーの歴史の1ページとなり、現役を退く。
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