2018年1月18日。初代シーマ(セドリック/グロリア シーマ)の発表はもう30年以上も前。発売されるや爆発的なヒットを飛ばし、「シーマ(現象)」は1988年の流行語にもなった。それだけに今から振り返っても、そのインパクトは大きい。あらためて初代シーマ開発の舞台裏を当時の担当者が語った。
※本記事はdriver2018年4月号を再構成して掲載しています。
初代シーマ開発の舞台裏を写真とともに振り返る
買うなら今!? ソアラ、シーマ、シビックタイプR、レガシィ…1980~90年代の注目ネオクラシックカー|後編|
●(左)若林 昇、1941年生まれ。67年日産自動車入社。S10型シルビア、S130型フェアレディZ、F31型レパードなどのエクステリアデザインを担当。初代シーマやC33型ローレルでは外装デザインのとりまとめを担当した (中央)三坂泰彦、1938年生まれ。61年日産自動車入社。営業部門を担当し、85年に商品開発室に異動。Y31型セドリック/グロリア、初代シーマの開発責任者を務める。その後、販売促進部長、取締役商品開発本部長、常務取締役などを歴任 (右)宮内照雄1950年生まれ。1976年日産自動車入社。85年に商品企画室に異動し、セドリック/グロリア、シーマを担当。初代ステージア、4代目シーマ、V35型スカイライン(2001年)では開発責任者を務めた
幻の3ナンバー車構想
●異次元の加速にだれもが驚いた初代シーマ。ゼロヨンで18秒を切れば速かったが、Y31型グランツーリスモ系は17秒。シーマはさらに速い15秒と速さが最大の武器だった(写真はグロリアシーマ タイプII-S、1988年)
今につながる「ビッグカー」の時代を招き寄せた上質なプレミアムセダン、それが「CIMA」である。CIMAはスペイン語で「頂上」の意味だ。世界に通用する新しいビッグカーを目指し、命名された。デビューしたのは、今から30年前の1988年1月18日である。
シーマが登場するまで、フォーマルなシーンに似合い、ときにはオーナーがステアリングを握ることもある日産のプレミアムセダンは、セドリックとグロリアだった。ショーファードリブンのプレジデントに次ぐ4ドアセダンで、プレステージ性も高い。ただし、税制に配慮してボディの基本は5ナンバーの小型車枠の中に収めていた。パワーユニットも2Lの6気筒エンジンを主役とする。
シーマはそのネーミングからわかるように、セドリックとグロリアの上のボジションに送り出された最高級セダンだ。このことを明確に示しているのが車名で、初代はセドリックシーマ、グロリアシーマと名乗っている。最大の特徴は、小型車枠の呪縛から解き放たれた、伸びやかで豊かな面質のハードトップボディだ。遠くから見ても存在感が際立つ。
日産は早い時期から、プレジデントとセドリック/グロリアの中間に位置するプレミアムセダンの企画を温めてきた。排ガス対策が一段落した時期から市場動向を探り、正式な量産プロジェクトに発展させようと頑張ってきたのである。これが中(◯に中)プロジェクトだ。だが、多くの障害にはばまれ、ご破算になっている。その後も何度か計画が持ち上がった。が、いずれも挫折している。
風当たりが強かった「中間車種」
87年に登場したY31系セドリックとグロリアの主管を務め、シーマの開発に深く関わった三坂泰彦は、そのころの苦悩を吐露している。
「私は営業部門にいて、70年代後半は業務部(後の販売企画部)で市場調査をしていました。お客様はこういうクルマを欲しがっているから出して欲しい、と開発にお願いする部署にいたのです。このとき、プレジデントとセドリックの中間の車種が欲しい、と訴え、中(◯に中)プロジェクトを立ち上げました。しかし、設計部門から、車種を増やすと大変だ、と反発され、白紙に戻されたのです。
85年6月にV型6気筒エンジンを積むY30型セドリックをマイナーチェンジし、このときジェットターボを投入しています。その少し前に、再び中間車種の話を出したのです。開発中だった、Y31型セドリックとグロリアのグランツーリスモの上に位置するクルマを出したい、作りたい、と言いました。
日産は小さなクルマは得意でしたが、収益率の高い大きなクルマはトヨタに負けていたんです。このクラスを何とかしたい、と訴えました。また、ユーザーは小型車ベースじゃ納得しないこともわかりました。私はセドリックとグロリアを担当していたので、その予算をちょっと横流ししてクレイモデルを作らせたのです。89年に物品税がなくなるのも追い風になりましたね。
ところが、86年に日産は赤字に転落したので、頓挫しそうになったのです。リスクが大きかったし、北米でインフィニティ計画も進んでいたから反対されました。反対勢力は多かったですね。あの櫻井眞一郎さんも反対していました。が、何とか説得してうまくつながりました」
と、開発決定まで、紆余曲折があったことを述べている。
プレミアムセダンの頂点を!
この時期、維持費が飛び抜けて高かった3ナンバー車の市場は年間3万台だった。月販2500台レベルの市場で、車両価格を500万円に設定し、コンスタントに1000台規模の受注を確保するのは大変なことである。価格を700万円に設定すると、月販200台レベルまで落ち込む。だからトヨタも専用ボディではなく、小型車の外側にモールを付けてお茶を濁してきた。
だが、ボディを大きくし、ワイド化しないとユーザーは納得しないことは市場調査でわかっている。そこでY31型セドリック/グロリアとの違いがわかるようにするとともに、共用できる部分を可能なかぎり多くして、コストを抑えた。が、悠長に開発を進めているわけにはいかない。トヨタもこの市場を放ってはおかないだろう。また、上層部から横ヤリが入ってお蔵入りする可能性もあるから開発を急いだ。だから着手してから正式販売まで、わずか2年弱という突貫プロジェクトになった。
三坂泰彦の下でシーマの開発に携わった宮内照雄は、
「当時は、3ナンバー車の市場が小さかった。だから数を見込める小型車を設計し、それをベースに大型バンパーやプロテクターモールでボディを大きく見せていたのです。これじゃユーザーは納得しない、と思いましたね。だから専用のワイドボディとしたのですが、サスペンションを新設計し、トレッドを広げるなどの設計変更を行っています。
忙しいプロジェクトでしたね。実際の作業は1年半くらいですよ。最初の構想から含めても2年弱で発売にこぎつけました。でも、時間をかければいいってものでもないんです。全員が一丸となって一気にやったから、シーマはお客さんが喜んでくれる、いいクルマになりました」
と、当時を振り返っている。
3カ月でデザインを仕上げる
クルマの善し悪しを大きく左右するデザインも、通常は1年以上かかる。何人ものデザイナーがアイデアスケッチを描き、そのなかから数点を選んでいくのだ。その後、クレイモデルを制作し、検討を重ねる。最終案が決まった後も生産モデルになるまでには多くの工程があるのだ。だから時間がかかる。
だが、シーマは1作だけで作業を終え、4分の1のスケールモデルも最少にしてフルスケールのモックアップ、クレイモデルへと進んだ。三坂の鋭い指摘と情熱に圧され、毎日のようにデザインは変わっていったという。デザインを担当したのは、シルビアやフェアレディZ、レパードなどを手がけ、Y31型セドリックとグロリアも担当した若林 昇である。Y31型に設定されたグランツーリスモは、それまでの日産ファン以外のユーザー層をも魅了した。
「営業担当から、ベースとなるY31セドリックの半年遅れで市場に投入すると聞かされ、驚きました。通常はデザインがまとまるのに1年くらいかかるんですよ。それを3カ月で何とかモノにしてくれ、って言われました。デザインチームでは、このスケジュールで誰がやるの、とシラッとしていましたよ。
セドリックの真ん中を広げて幅を広げたモデルを作ったことがあるんです。これじゃダメだから、新たにいくつかの候補作を描きました。そのなかから1作だけに絞り、スケールモデルもそこそこにして1分の1モデルに進ませています。
日産の本命モデルはインフィニティの高級車だったので、シーマは少数でデザインをまとめました。インフィニティの作業に駆り出され、モデラーもいないんです。だからきちんとしたクレイモデルは作っていません。僕たちがクレイを削り、それをモデラーに修正してもらいました。役員への提案のときもクレイモデルで行いましたね。
三坂さんは毎日のように造形部にコーヒーを飲みに来るんですよ。そのうちクレイモデルの前に椅子を置いてあげたら、そこでコーヒーを飲むようになりました。大変だったのはトランクリッドを下げた時ですね、設計部と実験部が怒鳴り込んできて、トランクに荷物が入らないと大騒ぎになりました。でも押し切って、リヤは専用デザインとしています。
シーマで狙ったのは、多少ゆがみのある人間的な温かさですね。ヨーロッパ車の手たたきの板金のよさなども出したかった。若いころ、大原三千院で見た、釈迦三尊像のような、丸みのあるふくよかさが好きなんです。輪郭線を生かす手法のクルマが多いけど、シーマは輪郭線のないデザインをやってみたかった。空間との接点が輪郭線になるデザインですね」
と、デザインのねらいを語った。
エクステリアだけでなくインテリアも専用デザインとしている。インテリアは変えないという約束だったが、三坂たちは最初から専用デザインにしたいと考えていた。インテリアはドライバーとパッセンジャーがいつも見る場所だからデザインは重要だ。高級車にふさわしいデザインと質感が要求される。
シーマ現象を巻き起こす
87年10月に開催された東京モーターショーに、シーマの最終プロトタイプは参考出品された。ダイナミックなルックスのショーカーは、センセーションを巻き起こしている。会場でシーマのプロトタイプに見入っていたトヨタの豊田英二会長は、そばにいたクラウンの今泉主査に、思わず「うちにはこういうクルマはないの」とつぶやいたそうだ。それほど強い衝撃を与えた。
年明けの1月、シーマは正式発売に移されている。デザインとともに衝撃を与えたのはパワーユニットだ。主役となったのは、3LのVG30DET型V型6気筒DOHCインタークーラー付きハイフローセラミックターボである。最高出力は255ps/6000rpmと、日本車として最強のスペックだった。
また、500万円を超える車両価格も驚きをもって迎えられている。だが、発売してみると、ダントツの人気を誇ったのは、最上級グレードのタイプIIリミテッドだ。500万円を超える車両価格だったことが購入動機になっている。このことにマスコミは驚き、「シーマ現象」と呼んで大きな話題となった。
「500万円を超える車両価格については営業サイドから反論が出て、迷いました。が、ユーザーは500万円を超える3ナンバーの高級車ならいいクルマだろう、と思ったのですね。ステータスを感じ、買ってくれる人が多かった。
また、飛び抜けて高いパフォーマンスも決め手のひとつになっています。ライバルより圧倒的にパワフルにしようと考えて250馬力をねらいましたが、エンジン担当が頑張って255馬力にしたのです。じつは、このエンジン、レパードのために開発したエンジンだったのです。が、出る順番がシーマのほうが早かったので、先に使わせてもらいました。ゼロヨン加速は15秒を切っています。スポーツカーより速かった。
シーマを発売するときに販売促進部長に戻ったのですが、社用車のシーマは加速するとGがかかり、リヤが沈み込むんです」
と、三坂はその当時を振り返る。宮内照雄もサスペンション開発のことを思い起こし、述べた。
「このクラスのクルマは乗り心地最優先という迷信みたいなものがあって、5リンク式が主流でした。シーマはその大パワーをしっかりと受け止める必要性と、何より運転する楽しさを実現するため、ベースとなったY31型グランツーリスモで実績ができたセミトレーリング式にしました」
と、舞台裏を明かす。
シーマは、車名もなかなか決まらなかった。社内公募し、いろいろな案が出されたが、三坂は最初から車名は「CIMA」と決めていたようである。シーマの大ヒットによって日本のプレミアムセダンの流れは大きく変わり、技術革新も進んだ。
(文中敬称略)
〈文=片岡英明〉
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