本格的なカーレース映画の元祖といわれているのが、1966年に公開されたF1映画『グラン・プリ』だ。当時の名ドライバー、例えばフィル・ヒルやヨッヘン・リントが撮影に協力し、さらには作品中に登場している。
今回はフランケンハイマー監督のレースに対する情熱が実現したこの歴史的な映画をご紹介しよう!
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文/渡辺麻紀、写真/ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
【画像ギャラリー】レースごとに違うタッチの映像にも注目!! 映画『グラン・プリ』を観る
■コースごとにタッチを変える圧巻のレースシーン
レーサーたちを取り巻く人間模様がF1グランプリを中心に描かれる
これまでこのコラムでも数本のカーレース映画を紹介してきたが、そのオリジンとも言える作品が今回取り上げるジョン・フランケンハイマー監督のシネラマ大作『グラン・プリ』(66)。
本作以前にもカーレースが登場するような映画は作られていたとはいえ、「本格的」と断言できるのはこれが初めて。もっと言うなら、この後のカーレース映画のほとんどは本作を参考にしていると言ってもいいほどだ。
物語はF1レースに参加するドライバーやその家族、恋人、オーナー等が織りなす群像劇。その中心になるのはBRMチームから日本のヤムラ・モーターズに移籍したアメリカ人ドライバー、アロン(ジェームズ・ガーナ―)と、フェラーリチームのエース、フランス人ドライバーのサルティ(イヴ・モンタン)。
彼らを取り巻く人間模様が、モナコ・グランプリを皮切りにモンツァのイタリア・グランプリまで描かれる。
正直、人間ドラマに新しさはないのだが、やっぱりというかさすがと言うか、レースシーンが圧倒的に素晴らしい。モナコ・グランプリから幕を開け、その後、フランス、ベルギー、オランダ、イギリス、イタリア等、6回のレースが描かれるのだが、それぞれちゃんとタッチを変えている。
モナコでは音楽をつけず、俯瞰&至近距離から疾走する車を追いかけハードかつリアル、フランスでは音楽をつけ、サーキット周辺の草花や観客を捉えてリリカル。
そして、オランダではスプリットスクリーン(マルチスクリーン/画面をふたつ以上に分割した表現方法)を多用してスタイリッシュにキメるというふうに、同じように車が疾走しているのにまるで印象がちがってくるのだ。
しかも、デジタル全盛のこの時代に観ても、速さや重さ、事故シーンも見事に再現して昨今のレース映画に引けをとらないクオリティ。これは本当に凄い。
■センス溢れるオープニングシーンには当時のトップドライバーが協力
サーキットを駆け抜けるF1マシン。バンクのついたコーナーが今となっては新鮮だ
また、本作のオープニングはレース開始直前のピットインの緊張と興奮を、人々の表情、車のボルトやタイヤ等をスプリットスクリーンで収めた驚くほどクールなデザインで、『GRAND PRIX』のタイトルロゴはマフラーの穴の部分に浮かび上がる。
これを手掛けたのはヒッチコックの『サイコ』や『北北西に進路を取れ!』等で知られるタイトル・デザイナーのソウル・バス。いかに映画のオープニングが重要なのか、最初に知らしめてくれたその分野の大ベテランだ。
その彼がスプリットスクリーンを採用したのは本作が初めて。実は本作、このスプリットスクリーンという表現を映画で最初に使用した作品としても知られている。
バスは本作ではオープニングのデザインのみならず全体的なヴィジュアルコンサルタントとしてもクレジットされていて、レースによって表現が変わったのは、彼のずば抜けたセンスのおかげだと言われている。
ちなみに、このオープニングの最初に登場するのはレーサーに扮した役者たちではなく、フィル・ヒルやヨッヘン・リントら、モナコ・グランプリに参加したリアル・レーサーたち。スクリーンに緊張感がみなぎっているのも当然なのだ。
■フランケンハイマーの地道な努力が実った名作
サーキットの場面では事故のシーンでさえもレースへのリスペクトに溢れている
ではなぜ、彼らが出演してくれたのか? 本作のブルーレイには貴重なメイキング映像が特典として収められていて、これが滅法面白いのだが、それによるとやはり本作の功労者はフランケンハイマーなのだ。
彼は子どものころレーサーを夢見たこともあるくらいのカーレース好きで、その想いをぶつけてこの映画を作ったという。しかし当時、レーサーを始めとしたレース関係者たちにハリウッドは嫌われていたようで、フランケンハイマーは彼らの信頼を勝ち取ることからスタートした。
まず、2年にわたり世界中のレースを追いかけ、『フォードVSフェラーリ』(19)でも描かれていたル・マン唯一のアメリカ人優勝者、キャロル・シェルビーの力を借りてレーサーたちに接近。
その情熱によって最終的には全面協力を頼めることになったという。ということは、主人公のアロンがフランスで乗っている車が66年製のシェルビー・マスタングGT350のハーツ・エディションだったりするのも、偶然ではないのかもしれない。
■世界のミフネのハリウッドデビュー作
三船敏郎演じるヤムラ・モーターズのオーナー矢村伊造は本田宗一郎をモデルにしたともいわれている
さて、そこで本作に参加した面々である。当時のF1界を牽引していたトップドライバーたち、グレアム・ヒル、ダン・ガーニー、ジャック・グラハム、ブルース・マクラーレーン、ロレンツォ・バンティーニ、そしてオープニングに登場したヨッヘン・リントやフィル・ヒルら総勢およそ30名。
彼らが出演者としてはもちろん、裏方としても大活躍しているのだ。
というのも本作では実際のレース映像がふんだんに使われているからだ。その撮影法は、レースが終了した翌日に同じコースで、手を入れてF1カーに見立てたF3カーを役者自身に運転させて撮るという方法がとられている。
撮影したホンモノのレース映像に、その映画仕様の映像を加え、あたかも役者たちが実際にレースに参加したかのような画を創り上げているのだ。
役者たちは2~3か月間、レーサーたちの特訓を受け、ほぼスタントマンなしで撮影に挑んでいるという。その役者たちのレースシーンは、フィル・ヒルが車にカメラを搭載して撮影している。
また、そのメイキング映像にはフェラーリとのやりとりも語られている。協力を申し込んだ当初は否定的な上に、会社の名前を使うことすら許さなかったのだが、フランケンハイマーが最初に撮ったモナコ・グランプリの30分の映像を映写機とともに持参すると、フェラーリ側はその映像に感動。
全面的な協力を申し出てくれた上に、フェラーリの組み立て工場も使わせてくれたというのだ。やはりここでもフランケンハイマーの情熱がモノを言っている。
本作にはまた、日本から三船敏郎も出演している。彼が演じているのは本田宗一郎をモデルにした矢村伊造。ヤムラ・モーターズのオーナーで、ジェームズ・ガーナー扮するするアロンをドライバーに指名し、グランプリに挑むという設定だ。
三船敏郎にとってはこれがハリウッドデビュー作。同じような役を『007は二度死ぬ』(67)でオファーされていたが、それを断って本作に出演したと言われていて、それは正解だったかもしれない。
というのもこの三船が演じた矢村はレースに深く関わる重要なキャラクターであり、彼自身、ハリウッドのスターと並んでも負けていない存在感を発揮しているからだ。
ヘンなニッポンの描写もないことはないが、フランケンハイマーが本田宗一郎に敬意をはらって、このキャラクターを創り上げていることは伝わってくる。
『グラン・プリ』は67年のアカデミー賞の音響・編集・音響効果の3部門でノミネートされ、そのすべてを受賞した。日本でもヒットを記録し、72年にはリバイバル公開もされている。
●解説●
レースシーズンの到来。モナコ・グランプリに集まった各国のレーサーたちは、さまざまな問題に直面する。アランは事故によってBRMを解雇され、その事故に巻き込まれた英国のレーサーは重傷を負い妻に離婚を迫られる。そして、フランス人のサルティはアメリカ人の編集者と恋に落ちる……。
メインのストーリーはソープオペラっぽいとはいえ、そこに常に死と向き合っているレーサーたちの独自の人生観をにじませている。今では考えられないくらい観客と車の距離感が近く、それによる事故も描かれている。
メイキング映像によると、当初は車好きのスティーブ・マックィーンにアランの役をオファーしたものの、何らかの誤解が生じて断られてしまったという。
また、マックィーンのあとには、同じくカーレース好きで、自ら『レーサー』(68)という映画にも出演しているポール・ニューマンにオファーしたがこれもダメでガーナーに落ち着いたという説もある。
監督のフランケンハイマーはこの映画から30年後、『RONIN』(98)という映画を作るのだが、これもまたカーアクション映画を選ぶときには必ずピックアップされる作品。
プジョーやシトロエン、アウディやベンツを始めとしたヨーロッパの車を駆ってロバート・デ・ニーロやジャン・レノたちが大チェイスを繰り広げる。とりわけ市街地の狭い路地を猛スピードで駆け抜けるアクションは手に汗握る迫力。こちらも合わせてごらん頂きたい。
* * *
『グラン・プリ』
ブルーレイ 2,619円(税込)/DVD 1,572円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
(C) 1966 Tuner Entertainment Co. and Joel Productions, Inc. All rights reserved.
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当日の夜は、レースの夢を見た記憶まであります。