あいにく、山手通りは混んでいた。せっかくベントレーの新型「コンチネンタルGTコンバーチブル」のステアリングを握っているというのに、どうなのよ。
松濤の陸橋あたりの渋滞で、思わず右手がクローム・シルバーに輝く、ソフトトップを開くスイッチに触れた。50km/h以下であれば、開閉できるから慌てることはないのだけれど、それでも動き始めたら、やばいかも、という思いが筆者にはあった。
現代レーサー物語 Vol.3佐々木大樹(後編)──今を駆け抜ける現役ドライバーが激動の半生を語る!
【主要諸元】全長×全幅×全高:4880mm×1965mm×1400mm、ホイールベース:2850mm、車両重量:2450kg、乗車定員:4名、エンジン:5950ccW型12気筒DOHCツインターボ(635ps/6000rpm、900Nm/1350~4500rpm)、トランスミッション:8AT、駆動方式:4WD、タイヤサイズ:フロント265/40ZR21、リア305/35ZR21、価格:2831万7600円(OP含まず)。H.Mochizukiソフトトップの開閉スウィッチは、センターコンソールにある。開閉に要する時間はわずか19秒。そんな筆者の心配をよそに、ソフトトップはためらうことなく、ほとんど無音のまま、まずはサイドのウィンドウを下げ、それからやっぱり無音のまま、ソフトトップがZ型に折りたたまれてリアへ格納され、青空があらわれた。
要した時間は19秒。あっという間の出来事で、いつの間にか屋根がなくなっていた、と、表現したくなるほどの速さだった。これほどでっかい幌を、無音のまま、高速で動かしている! しかも、その動きはあくまで滑らかでエレガント。まるで生き物みたいだ。新型コンチネンタルGTコンバーチブルのビックリ・メカその1である。
最高速度は333km/h。H.Mochizukiソフトトップカラーは7色から選べる。オープンのまま、中央高速を流れにのって走行して、パナマ帽が飛んでいかなかったのは、エアロダイナミクスが仮想空間で検討出来る現代であれば、驚くにはあたらないかもしれない。
ウィンドディフレターなしで、後方からの風の巻き込みがまったくないのは驚きではあったけれど、それよりも筆者がビックリ・メカその2に推薦したいのは、超強力なエアコンディショーである。
上質なウッドとレザーをたっぷり使ったインテリア。インパネ下部にある、アナログ・クロック。すでに夜の帳が降りはじめていたことはある。緑の多い郊外へ向かっていたのもあるし、パナマ帽を筆者がかぶっていたのも効果なし、ということはないだろう。
とはいえ、八王子から先なんて、ダッシュボードが吹き出す冷気が心地よくて、オープンカー最高! という気分になった。思い返してみると、陽が残っていた山手通りの渋滞のさなかで幌を開けたときも、室内の冷気は保たれていて、ムワ~ッとした記憶がない。ニッポンの夏の酷暑を吹き飛ばすエアコンの圧倒的性能に感服した。
冬になると、ヘッドレスト下部のダクトから温風が首に吹き出るネック・ウォーマーと、ステアリングホイール、シート、それにアームレストにまで仕込まれたヒーターに感服することになると思われる。
フロントシートは電動調整式。ヒーターおよびベンチレーション機能付き。また、ヘッドレスト下部から温風が出る機能まで備わる。ステアリング・ホイールもヒーター機能付き。スウィッチ類はおなじフォルクスワーゲン・グループに属するアウディなどと同じデザインであるが、材質は異なる。言わずもがな、ベントレーの方が上質だ。リアシートは2座独立タイプ。往年のV8OHVっぽいW12実のところ、筆者が最も感心したのは新開発の6.0リッターW12TSIエンジンだった。ホントはいの1番にあげたかったけれど、このW12は2年前の2017年8月にデビューした3代目コンチネンタルGTのクーペと共通である。なので、遠慮してこの順位にさせていただいた次第である。
で、なにがビックリって、まるで6.75リッターのV8OHVみたいなのだ。より正確には、1980年代後半に登場したそのターボチャージャー版にフィーリングがそっくり。
搭載するエンジンは5950ccW型12気筒DOHCツインターボ(635ps/6000rpm、900Nm/1350~4500rpm)。トランスミッションはデュアル・クラッチタイプの8AT。現代のエンジンなのに、まったくもってまわりたがらない。押し黙ったまま、トルクを湧き出す。フラットな大地を流れる、水量豊かな大河のように滔滔と。
狭角15度を特徴とするV型6気筒をふたつ組み合わせた、それゆえに“W型”と呼ぶこの12気筒は、2004年登場の初代コンチネンタルGTから使われているわけだけれど、3代目で完全新バージョンになった。
ボア84.0mm×ストローク89.5mmのロング・ストローク型というのは従来通りながら、1気筒あたり、高圧と低圧、ふたつの燃料噴射と、低負荷時には6気筒が休止する可変シリンダー・システムを備えている。スタート&ストップも採用した、環境に気配りをした12気筒なのだ。
性能それ自体は異次元である。最高出力は635ps/6000rpm、最大トルクは900Nm/1350~4500rpmにも達する。先代コンチネンタルGTは590ps/6000rpm、720Nm/1700rpmがこの数字に変わった。数字以上に変わったのがフィーリングで、これまでのW12の独特の打楽器系ビートがなくなって先述のごとくになった。
50km/h以下であれば、ソフトトップは開閉可能。H.Mochizukiラゲッジルーム容量は235リッター。想像するに、ベントレーは1980年代末に登場した6.75リッターV8OHVターボにアイデンティティを求めたのである。てことは、現在「ミュルザンヌ」に搭載されているV8と、いよいよ交代の時期が来ている、のかもしれない。
現行ミュルザンヌが発表されたとき、筆者はベントレーのエンジニアに、W12の搭載は考えなかったのか? と、たずねた。「でも、6.75リッターのV8ほど豊かな低速トルクは、W12では得られない」と、彼は答えた。ディーゼルでも不可能なほどの低速トルク。V8をこんにちまで永らえさせているのは、それなのだった。それがW12でも可能になった、となればどうだろう。
メーターパネルはフルデジタル。ナビゲーションマップも表示出来る。同時に、3代目コンチネンタルGTコンバーチブルは0-100km/h加速3.8秒、最高速333km/hというスーパーカー並みの性能を実現してもいる。
つまり、踏めば猛烈に速い。猛烈に速いけれど、フツウに乗っている限り、そういうウルトラ高性能をおくびにも出さない。ソフトトップというのに、先代のクーペ並みの静粛性を確保しているということだし、ポルシェ「パナメーラ」やアウディ「A8」、とりわけA8と同様の48Vのエア・サスペンションを備えてもいる。このエアサスは3チャンバーで、「コンフォート」モード時は先代より空気量が60%も多いという。
オーセンティックなジェントルマン乗り味は重厚で、いかにも重々しい。車重は軽量化が意識されたにもかかわらず、2450kgもある。横綱級の大型SUV並みだ。タイヤはオプションの22インチを履いている。前275/35、後ろ315/30という超ファットで超薄い、前後異サイズである。バネ下はいかにも重そうだけれど、もっと重い上屋が押しつぶすような乗り心地である。
「アクティブオールホイールドライブ」と呼ぶ4WD機構は今回、前後トルク配分が従来の40:60固定ではなくて、「コンフォート」時はフロントに最大38%、「スポーツ」時には最大17%にあらためられた。4WD特有のアンダーステアを消すため、グッと後輪駆動寄りとされたのだ。プラットフォームのフロント・タイヤ位置を前方に185mmズラし、プロポーションそのものを後輪駆動っぽくするという大変革が断行されてもいる。
インパネ上部のインフォテインメント用モニターは、スウィッチ操作で反転する。反転すると、アナログタイプの外気温計、方位磁針があらわれる。今回は主に「ベントレー」モード、つまり“オート”でドライブした。ステアリングが重めなのも、重厚感につながっている。
つまるところ、コンチネンタルGTコンバーチブルは、初代から2代続いた名家のオフビートなドラ息子から、3代目にしてオーセンティックなジェントルマンに生まれ変わったのである。
タイヤサイズはフロントが265/40ZR21、リアが305/35ZR21。ベントレーの昔と今イギリス・クルーにある本社の顧客プロフィールによると、ベントレーの顧客は3つの層に分かれる、とベントレー・モーターズ・ジャパン広報の横倉典さんは今回の試乗の前に述べた。
クラシック・ラグジュアリー、外交的(Extrovert)ラグジュアリー、ニュー・ラグジュアリーで、クラシックが減って、あとの2者が増える傾向にある。クラシック・ラグジュアリー層は頑固で責任感が強くて、ワインとレインジ・ローバーを愛するようなタイプで、レンゾ・ピアノやサー・マイケル・モリッツみたいになりたいと思っている。外交的ラグジュアリー層はヴィクトリア・ベッカムやエルネスト・ベルタレッリがアイコンだそうで、そもそもマイケル・モリッツ、エルネスト・ベルタレッリ、だれ? と思った筆者がいずれの層にも属していないことは明白である。
コンバーチブルのほか、2ドア・クーペも選べる。H.Mochizukiちなみに、サー・マイケルはグーグルやアップルに投資して成功したお金持ち、ベルタレッリは父から引き継いだ製薬会社をバイオテクノロジーで成長させて売却し、投資家として活動する一方、アメリカズカップにアリンギなるチームを組織して挑戦、大いなる成功を収めたことでも知られるお金持ちである。
ベントレーの客層は変わってきている。そのことを自覚せよ、と本社は世界中のディーラー網に呼びかけている。イエスタデイ+トゥデイではなくて、トゥデイ+トゥモロウの、より若くて多様で教養あるライフ・アチーヴァーたち、挑戦し続ける人生を歩んでいるひとたちが現在のベントレーのターゲットである。
ベントレー初のSUV「ベンテイガ」。V型8気筒およびW12気筒型エンジンの2タイプから選べる。V型8気筒OHVエンジンを搭載する「ミュルザンヌ」。H.Mochizuki顧客の平均年齢は53歳。「ベンテイガ」のV8が一番若くて46歳、ミュルザンヌと「フライングスパーV12S」が59歳で双璧をなす。数年前は63~64歳だった顧客の平均年齢が、ここ5~6年で大きく変化したのは、V8モデルを追加したことにある、と本社は見ている。
なお、日本市場におけるベントレー・オウナーは圧倒的に不動産業が多く、ここ10年の彼らの関心はアンチ・エイジングとモダン・アートにあるという。
W.O.ことウォルター・オーウェン・ベントレーが自身の名前を冠した自動車メーカーを起こしたのは1919年のことである。第1号車を1921年のロンドン・モーターショーに出品すると、高性能なイギリス車を待ち望んでいたお金持ちのジェントルマン・ドライバーたちをたちまち魅了した。始まったばかりのル・マン24時間に参戦したのは、W.O.の意向というより、ジェントルマンたちのヴォランティア活動だった。1924年に初勝利をあげ、1927年から4連覇を達成するという偉業を成し遂げ、ベントレーの名声を決定づけた。
1924年のル・マン24時間レースで総合優勝を果たした、「3Litre」。このとき活躍したジェントルマン・ドライバーたちを「ベントレー・ボーイズ」と呼ぶ。自動車は当時の最先端の風俗であり、お金持ちの彼らにとって退屈な日常を忘れさせてくれる、冒険の道具でもあった。
W.O.時代は、ベントレーの存在に危機感を抱いたロールス・ロイスに買収されてしまうことで終わりを告げる。1919年から31年までに製造された「W.O.」は3030台で、そのうちの1200台が現存しているという。
ロールス・ロイスとの長い双子車時代を経て、ロールスともどもフォルクスワーゲン傘下に入ったのは1998年のことである。その後、2003年にベントレーのみ分離され、2004年にVWのテクノロジーを基盤とするコンチネンタルGTが発売される。
2003年に登場した「コンチネンタルGT」は、フォルクスワーゲ製のW型12気筒エンジンを搭載する。2000万円を切る価格と、300km/hの高性能を両立させたコンチネンタルGTは世界的に大ヒットし、それまで存在しなかった2000万円クラスの高級車マーケットをつくり出す。
英ポンドでいうと、15万ポンド以上と6万~10万ポンドのあいだの空白地帯、10万~15万ポンドのラグジュアリー・カーは、コンチネンタルGTの登場からわずか3年後、5倍に成長したという。
現行のコンチネンタルGTは3代目。新生コンチネンタルは、ドイツのモダン・テクノロジーとイギリスのクラフツマンシップが生み出した、4シーター、4WDの画期的な超高性能車だった。
2016年、初のSUV、ベンテイガを発表したベントレーの販売台数は2018年、1万494台におよんでいる。初のSUVだから、もっと数字が増えてもよさそうなのに、そうなっていないのは4ドアのフライング・スパーがモデル末期だからで、少なくとも日本市場ではいまのところ、フライング・スパーからの乗り換えでベンテイガをお求めになる顧客が多い、と横倉さんは分析する。ベントレー・モーターズの当面の目標は2025年までに販売台数を1万5000台に増やすことである。
2019年、100周年を迎えたベントレー・モーターズは、次の100周年への準備を始めているわけである。筆者が今回感じたのは、ロールス・ロイスと並ぶイギリスの高級車としての王道を行く、というベントレーの決意である。たとえ、顧客層が変わろうと、いや、変わりつつあるからこそ、王道を行くのがいちばんの近道だから、である。
ベントレー創立100周年を記念したコンセプトカー「EXP 100 GT」。王道とはなにか? というご質問もあるでしょうけれど、それはまた別の機会に。
ごく簡単に申しあげれば、ブランドにふさわしい性能をブランドにふさわしい価格で、ということである。新型コンチネンタルGTコンバーチブルは2831万7600円。フェラーリ「ポルトフィーノ」は2530万円(から)である。
文・今尾直樹 写真・望月浩彦
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