ヤマハSR400に乗ったなら、エンジンをガンガン回して走るのがいい。399cc空冷単気筒のヘッドはSOHC2バルブで、“シュルシュル”と軽く高回転まで回るタイプではないけれど、多少の抵抗をものともせずにタコメーターの針をグイグイ押し上げていくのはいかにも「やってる!」感があっていいものだ。
4000rpmを超えるあたりから振動が大きくなってくるがそんなことには頓着せず、回転計の頂上あたり5000rpmをめどにシングルシリンダーに鞭を入れる。と、(いまとなっては)クラシカルな外観に秘めたスポーツバイク本来の姿があらわになって、SR400は、軽快に、俊敏に街を駆け抜ける。1970年代から続くロングセラーモデルだからといって、穏やかな“お散歩バイク”とばかりにノンビリ行くだけでは、モータースポーツにオリジンを持つSR400に失礼というものだろう。
Dan AOKI……とまぁ、いかにもわかったようなことを書きたくなるのも、SR400の強いキャラクターゆえである。じっさいオーナーの方々それぞれに、自分のバイクについて語らせたら、止まらない思い入れがあるのではないでしょうか。
メーカーから試乗車をお借りして’’にわか’’オーナーになるたびに痛感するのが、SR400の人気のほどだ。「キレイなバイクですね」、「これ乗ってたよ」と話しかけられたり、「キックでエンジンかけるんだ」との背後のカップルの囁きが聞こえてきたり、はたまたちょっとバイクから離れたすきに、上から下までなめるようにスマホ撮影されていたりする。シンプルで美しいライン。贅沢なメッキパーツ類。丸目ヘッドランプ。いかにも“オートバイらしい”、ある種の郷愁を呼び起こす静かな佇まいには、バイク好きに限らず、広く見る人を惹きつける魅力がある。
登場から40年あまり、基本的なデザインをいちども変更せず生産されている。世界でも例を見ない“レジェンド”バイクだ。Dan AOKI“儀式”を必要とする、昭和な?オートバイ1978年に初代(1型)が登場して以来、「変わらないために変わってきた」のがSR400である。ことに2001年のモデルチェンジ以降は排ガス規制との戦いで、2010年にはキャブレターを諦めて燃料供給装置をインジェクションに変更、燃料噴射のためのポンプを左サイドカバーの奥に押し込んだ。
その8年後にリリースされた現行モデルは、さらに精緻に燃料噴射をコントロールするため、大型のECU(コンピューター)をシート下に置き、ガソリン蒸気を回収するキャニスターを目立たないよう黒いフレームに沿って吊り、改良されたキャタライザーを収めたマフラーは、これまでとイメージを変えないよう上手にデザイン処理されている。ファンの期待に応えようと努力を続けるエンジニアの方々には、まったく頭が下がります。
サイドカバーには「SINCE 1978」の文字が刻まれている。Dan AOKIヤマハSR400のシート高は790mmと低め。身長165cm(短足)の自分でも両足の裏半分が地面に着き、ちょっとバイクを傾けるだけでベッタリと接地する。フラットなシートに跨って、自然に手を伸ばした所にグリップがある。あたかも長年連れ添ってきたかのように、いきなり馴染むポジションが嬉しい。日本オリジナルのマシンは、和風な昭和体型に優しいのだ。
よく知られるように、SR400はセルモーターを持たない。代わりにキックペダルを踏んでエンジンに火を入れる。「エンジンがインジェクション化されてからは、なんの造作もない」と書きたいところだが、それは半分、職業的な欺瞞である。
クッションたっぷりのシートは足つきもいい。大きな丸型ウインカーも“味”を醸し出している。Dan AOKI念のためエンジン始動の手順を確認しておくと、ピストンは、一番抵抗の大きい上死点手前で止まることが多い。そのままだとクランクを回すのが大変なので、左手でデコンプレバーを握り、バルブを開けて圧縮を抜きながらキックペダルを踏んでピストンを動かして、上死点を通過させたら(スッと軽くなる)、改めてキックペダルを踏み抜く。と、ト、ト、トトト……とエンジンがかかるはず。簡単ですね!?
その際、キーがONになっているか、ギアがニュートラルに入っているか、うっかりキルスイッチに触って電源が「×」になっていないか、注意すること。以上、すべて自分が犯した失敗です。加えて、前に乗った人がプラグを“かぶらせて”いたりすると、始動にひどく苦労することになる。
エンジン内の圧縮を抜き、エンジン始動しやすい位置にピストンを移動させるためのデコンプレバー。Dan AOKISRの象徴といえるエンジン始動のためのキックレバー。セルスターターを装備しないオートバイは、今や世界的にも極めて希少だ。Dan AOKIたかだかエンジンをかけるだけなのにずいぶんな行数を費やすSRだが、不思議なことに、半日も一緒に過ごしていると、文字通り「なんの造作もなく」エンジンをかけられるようになる。バイクに跨るたびに、毎回のことながら「ここが見せ場!」と派手にステップの上に立つもよし、「いや、日常のことですから」とシートにすわったままさり気なくペダルを蹴飛ばすのもあり(ワタシは後者です)。「儀式」なんて大げさなことは言いたくないけれど、SR400に乗る時間をハッキリと区別できるのが、いまや希少となったキックスタートのいいところだ。
写真のライダーの身長は173cm。平均的な日本人の体格にジャストフィットするサイズだということがわかる。Dan AOKI厳しさを増す規制、SRは生き残れるのか?さて、SR400のスロットルを開けて走り始めると、サスペンションは柔らかめだ。ブレーキング時のフロントフォークの沈み込みが大きい。全体に挙動がわかりやすく、ハンドリング自体はナチュラルで穏やか。そのうえ重心が低くて安定しているので、気楽に街乗りを楽しめる。Uターンするのも楽勝だ。
399ccのビッグシングルは、ダートトラックやエンデュアランス、ラリーレイドなどで活躍した499ccエンジンをショートストローク化したもの。24ps/6500rpmの最高出力と28Nm/3800rpmの最大トルクを発生する。スペック的には控えめだけれど、低回転域でよく粘るのがありがたい。アイドリング+でユルユル動かす場合でも、まずエンストの心配はない。
クラシックな趣の丸形メーター。回転計は7000rpmからレッドゾーンを示すが、ライダーがそこまで回すことはまずない、と思われる。Dan AOKIライダーがちょっと頑張ればすぐにピークパワーに近づけるのもいいところ。冒頭の通り、5000rpm付近をめどにSR400を駆ると、車重175kgのシングルスポーツは水を得た魚のようにすばやく走る。ちょっとしたカーブの手前でグッとフロントを沈め、バンクしながら曲がって歯切れのいいビートを高らかに響かせて立ち上がっていく。うーん、男らしい! 傍目には、自分が思っているほど速くもカッコよくもないだろうが、バイクは主観の乗り物だからいいのだ。
シンプルな1本出しのマフラー。厳しい排ガス規制をクリアしながら、歯切れのいい排気音は失われていない。Dan AOKI道端にSRを停めてカメラを構えていたら、「愛車の写真?」と品のいいおばあさまに声をかけられた。試乗車の浜松ナンバーが目に入ったのか、「遠くまで行けていいわね、バイクはね」と言って通り過ぎていった。愛車でも、浜松からでもないのが申し訳なかったが、そうですね、遠くまで行けるのがいいですね、と心のなかでつぶやいた。
ファンの支持と開発陣の奮闘で、2018年にはめでたく誕生40周年を迎えたSR400だが、2021年には前後ブレーキのABS装着義務化や、さらに厳しい排ガス規制が待っている。やはり空冷単気筒エンジンを積む名車セローの生産中止が発表されるなか、SRはどうなるのか? さすがに空冷エンジンのままでは存続は難しいか? ヤマハからのリリースを待ちたい。市井のバイク好きとしては、リアのドラムブレーキをディスク化して前後にABSを装着し、擬似的なフィンを切った水冷エンジンを積んだネオSRを夢想することくらいしかできないが、その場合でも、きっとキックスタートはそのままだ。
Dan AOKIブレーキは前がディスク、後ろがドラム式だが、2021年に義務化される“前後ブレーキにABS装着”を満たすためには大きなモディファイが必要だ。SR、生き残れるか?Dan AOKI文と写真・アオキヨシユキ
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みんなのコメント
SRは500が基本で、500のテイストを出来るだけ損なわず排気量ダウンさせたのがSR400です