ミハエル・シューマッハがもつ最多勝利数の記録に並んだルイス・ハミルトンの功績にもの申す人がいる?
史上最高だとは思わない
10月11日に行われたアイフェルGP(ドイツからベルギーに跨がるアイフェル山中のニュルブルクリンクで行われたF1グランプリ。今年は例年レースが行われるホッケンハイムのグランプリが行われなかったので、実質的にドイツGPと言える)で、メルセデスのルイス・ハミルトンが優勝、91勝目を記録した。この91勝という記録はミハエル・シューマッハと同等の勝利数で、ふたり以外誰ひとりなし得なかった大記録だ。そして、ハミルトンはまだ現役であり脂ののりきった絶好調の頂にいる。この先勝利数を伸ばすのは明らかで、シューマッハの記録を抜くだけでなく、恐らくF1グランプリ史上最も偉大なチャンピオンとして前人未踏の大記録をさらに伸ばし続けるに違いない。
ところが、そのハミルトンの成し遂げてきた偉業を正しく評価しない声がある。その急先鋒がジャッキー・スチュワートだというのだから驚きである。スチュワートは1965年から73年まで9年間にわたってF1グランプリを戦い、69年、71年、73年と3度の世界チャンピオンに輝いた偉大なドライバー。81歳のいまもF1界では大きな発言力をもつ存在として、知らない人はいない。その彼が、後輩ともいえるハミルトンにケチを付けたのだから、メディアは飛びついた。スチュワートは、「私はハミルトンがF1グランプリ史上最高のドライバーだとは思わない。ベストはファン・マヌエル・ファンジオ、次がジム・クラーク、それからアイルトン・セナ……」と言い放った。
A portrait of Michael Schumacher of Germany and the Ferrari teamClive Roseハミルトンにとれば余計なお世話である。スチュワートも言い過ぎたと気づいたのか、「私はハミルトンを過小評価しているとは言っていない」と、言い訳を口にした。しかし、考えを変えるつもりはないようだ。こうも言う。「ファンジオやクラークの頃にはレース数が非常に少なかったにもかかわらず、彼らは記録的にも素晴らしい足跡を残している」と。これは、レース数が少ないから勝つチャンスも少ない、それでもファンジオやクラークは記録を残した、と言いたいのだろう。だが、彼のこのコメントは、自らの首を絞めることにも繋がっているように思う。なぜなら、レース数が多くなれば負けるチャンスも多くなるという現実を見ていないからだ。ハミルトンはその壁を越えてきた。
Stewart & Tyrrell At Grand Prix Of FranceBernard CahierF1レーサーの生活様式
スチュワートはハミルトンを評価するとき、純粋に記録だけを見ているとは言いがたい。それは、ハミルトンの生活様式が自分達の活躍した1950~70年代と大幅に異なっていることを認められないからだ。ポップ・ミュージックに心酔し、ファッションを楽しみ、タトゥーを入れ、人種偏見撲滅運動に力を入れる。こうした多様性のある生活様式を、レースひと筋できた頑固な老人達はとても認めることができない。アメリカの偉大なレーサーであるマリオ・アンドレッティでさえ、ハミルトンが人種差別撤廃運動に傾倒することを全面的には容認できないでいる。老人は頑固なのだ。
Mario Andretti, Grand Prix Of AustriaBernard Cahierしかし、スチュワートがなんと言おうとハミルトンの記録は素晴らしいもので、それは恐らくファンジオと同じように50年後、100年後にも語り継がれることになるだろう。ただ、ハミルトンは、いつかの時代の誰かと比較して語られることについては、「そんなことは不可能だし、意味がない」と言う。
「時代が違えば環境が違い、クルマが違い、ルールが違い、それらを同じ尺度で測ることは出来ない。大切なのはいままさに生きていることであり、レースを戦っていることだ」
ここで“偉大”と呼ばれたドライバー達とハミルトンの記録との比較をしてみたい。スチュワートに反論のスキを与えないために、勝利やポールポジション獲得回数などは、参戦回数をベースに割合としての数値も記しておきたい。例えば勝率、ポールポジションの獲得率……などだ。この記録の比較を見て、ハミルトンの実力を評価してみてはどうだろう。(別表)
最後に、スチュワートの発言を受けてのハミルトンのコメントを載せておこう。
「私は過去の偉大なドライバーをいまでも尊敬している。困難な時代に努力をして偉大な記録を残してきたからだ。そして、これだけは言えるが、これから先何10年も経って私が過去を振り返ったとき、絶対に若いドライバーを貶めたり、彼らが傷つくようなことは言わないつもりだ。なぜなら、経験のあるドライバーにとっては、若いドライバーの進む道を光で照らし、勇気づけることが義務だからだ。若いドライバーの才能を讃えることがわれわれのなすべきことだからだ」
ハミルトンは、レジェンドと呼ばれる(老人)ドライバーたちから幾度となく辛く当たられてきた。それは彼が黒人だったせいか、あるいは彼が彼らの誇るべき記録を次々と塗り替えてきたからか、推し量ることはむずかしい。いずれにせよ、自分達の成し遂げたことに拘りすぎる過去のドライバーに、ハミルトンはうんざりしている。そして最後にこう言う。
「偉大な記録は素晴らしい。そのことはよく分かる。しかしより大切なことは、クルマを降りたときに(レースを止めたときに)何をするかだ。偉大だとか優れているとか、過去のドライバーとの比較論で私のことを論じてもらいたいとは思わない。私は彼らとは違う人間だし、私は私の道を歩んでいるのだから」
参ったか、サー・ジャッキー・スチュワート!
F1 Eifel Grand PrixPeter FoxF1 Eifel Grand PrixBryn LennonPROFILE
赤井 邦彦(あかい・くにひこ)
1951年9月12日生まれ、自動車雑誌編集部勤務のあと渡英。ヨーロッパ中心に自動車文化、モータースポーツの取材を続ける。帰国後はフリーランスとして『週刊朝日』『週刊SPA!』の特約記者としてF1中心に取材、執筆活動。F1を初めとするモータースポーツ関連の書籍を多数出版。1990年に事務所設立、他にも国内外の自動車メーカーのPR活動、広告コピーなどを手がける。2016年からMotorsport.com日本版の編集長。現在、単行本を執筆中。お楽しみに。
文・赤井邦彦
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