トヨタ・スポーツ800
小学生のころ、路上で最もよく見かけた乗用車の1台が、トヨタ・パブリカだった。映画「ALWAYS三丁目の夕日」でおなじみ、昭和30年代の話だ。パブリック(みんな)のカーだから、パブリカ。1ドル360円だった当時、「1000ドルカー」を謳って開発され、大ヒットしたトヨタ初の大衆車である。
そのパブリカのコンポーネントを利用してつくった2座スポーツカーが、トヨタ・スポーツ800である。登場は東京オリンピックの翌年の1965(昭和40)年。中原街道の近くにある小学校に通う車小僧が免許をとったのはそれから10年ほど経ってからだから、当然、現役市販車の時代にハンドルを握ることはできなかった。その後、取材で念願かなって乗ることができたのは90年代半ば。木曽の山の中でオーナーと長年、幸せに暮らしてきた69年型だった。
「ヨタハチ」の愛称で親しまれたスポーツ800は、現役当時からホンダのS600やS800と比較されることが多かった。精緻で高性能な水冷4気筒DOHCを搭載するホンダのSに対して、ヨタハチのエンジンはパブリカと同じ。すなわち、空冷の790cc水平対向2気筒OHVという、カタログアピールに乏しいものだったが、そのかわり、武器は軽量。ルーフパネルを始め、アルミを多用したタルガボディは、車重580kgで、ホンダ・S800より140kgも軽かった。
とはいえ、玄人受けする本格派スポーツカーという意味では、S800の名声に遠く及ばなかった。筆者の知人にはホンダS800のオーナーが何人かいるが、彼らがネタにする時の「ヨタハチ」の語感には、なんとなく「ヨタヨタした八っつあん」を連想させるものがあった。
そのへんの真相やいかに、という興味を胸に走り出したトヨタ・スポーツ800は、空調完備の木曽ヒノキ製ガレージからそのまま乗り逃げしたくなるほどの好感スポーツカーだった。
パワーは45馬力だが、パワーではなく、たしかに軽さで走る実感がある。乾いた空冷サウンドをあげる2気筒エンジンは5000回転ちょっとまでしか回らないが、そのかわり、低回転ではよく粘り、トルクバンドなんて言葉とは無縁である。
ステアリングはもちろんノンパワーだが、軽量でノーズも軽いため、据え切りでも重くない。クラッチペダルも軽い。特別なコツも慣れも要さず、運転しやすいというトヨタ車の美点は、半世紀前のスポーツカーにもすでにあったのである。現在の軽自動車より細身の水滴型ボディは、トヨタ車史上、最もオリジナリティの高いグッドデザインだと思う。
同じ1という答でも、加減乗除を駆使し、微分積分まで用いて求める1もあれば、2ひく1で出した1もある。スポーツカーの楽しさは、単なる数値やメカニズムでは測れない、ということを教えてくれるのがスポーツ800である。
パブリカの材料でつくったスポーツカーは、愛すべき“みんなのスポーツカー”だったのだ。
(この記事はJAF Mate Neo 2015年11月号掲載「ぼくは、車と生きてきた」を再構成したものです。記事内容は公開当時のものです)
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みんなのコメント
小型軽量、パワーよりハンドリングと雰囲気を楽しむ。
で、若い人ががんばって貯金すれば買える値段。
コペン・S-FR・カプチーノ1300やMR-2復活が噂されるものの一般ピープルが買えない値段じゃ意味がない。