マスタングは1964年に発売されるとモデルT以来の大ヒットをフォードにもたらした。なんと発売から3年間で150万台以上が売れるという記録的なセールスだったのだ。大ヒットの要因は低価格・2ドアのスポーツカー的スタイル・発売前からの巧みな宣伝戦略などと言われている。低価格を実現するためシャーシなどの主要コンポーネンツを既存のフォード・ファルコンから流用しており、これが後にセリカやギャランGTOなど日本にもスペシャルティカーが誕生するきっかけにもなっている。2ドアのスタイルはスポーツカー的な要素に溢れているが、ファルコンのパーツを流用しているため操縦性や乗り心地などは快適そのもの。つまり本格的なスポーツカーではなく、スポーツカーのように見える普通のクルマ。これも大ヒットした理由の一つで、誰もが快適に運転できることは60年代から変わらぬヒットの法則だったといえる。
発売当初は2ドアハードトップとコンバーチブルが設定された。発売当初は2ドアのハードトップとコンバーチブルでスタートするが、翌年の1965年にはリヤクオーターをなだらかに傾斜させたファストバックも追加され人気に拍車をかける。またグレードがなくフルチョイスシステムと呼ばれた販売方式もヒットの要因で、ベースになる直列6気筒2786ccエンジンに排気量の異なる2種類のV型8気筒エンジンがオプション扱いとして設定されていたほか、さまざまな装備を追加することで自分だけのマスタングを作ることができた。直6エンジンというと意外な気がするほどアメリカ車といえばV8のイメージが強いが、マスタングが「ポニーカー」と呼ばれたように、販売の主力は直6エンジンだったことも特徴だろう。
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ハードトップスタイルのルーフをレザートップにするのも当時らしい装備。ウインカーがオレンジでないところも特徴。売れに売れたマスタングだから映画やテレビにも複数採用され、日本のお茶の間でも見ることができた。いわば最も手軽に憧れることのできたアメリカでもあったわけだ。6月18日に開催された「クラシックカーヒストリックカーミーティングTTCM」の会場に、真紅のボディに白いストライプが印象的なマスタングを見かけた。近づいてみると、何やらタイヤを見て年配の紳士と若いお二人が熱心に語り合っている。聞き耳を立てると「このタイヤサイズを探すのに苦労したんですよ」「60年代はこのサイズじゃないとダメだから、とてもいいセンスだよ」などとお話しされている。どうやら年配の方は見学者のようで、60年代当時からのクルマ好き。片や若い方がマスタングのオーナーで、新車当時の姿にこだわり部品などにも当時と同じように見えるものを探されているような気配。お二人の会話がひと段落したところで話しかけてみると、想像通りに39歳の松葉直さんがオーナーだった。
185R14というサイズを探し出して装着したタイヤ。松葉さんは元々2007年式のマスタングを所有されていた。というのも初期のマスタングに憧れてはいたものの縁がなく、初期のデザインを現代に甦らせた2005年モデル以降のスタイルに満足されていたのだ。ところがたまたま1965年式のこの個体と巡り合う機会があり、乗り換えることにされたとか。やはりマスタングといえばこのカタチと考える人が世代を超えて多いということだろう。乗り換えられたのは2021年のことだから最近のことなのだが、手に入れた当時カスタムされていた足回りなどをオリジナルに戻しているところだそうだ。そのためホワイトリボンタイヤを見て黙っていられなかった年配の見学者との会話が嬉しくて仕方なかったそうだ。「昔を知る人から話しかけられ共通の話題で会話できるのが最高に楽しいです」とも語っていた。
外装同様に紅白で統一されたインテリア。アメリカ車らしいデザインのメーターパネル。小さなラジオは純正部品で車名ロゴが入る。トランスミッションは3速AT。その前にサーキュレーターを置いて暑さを凌いでいた。ゆったりしたサイズの前後シート。ヘッドレストがない時代らしく開放感に溢れている。手に入れてから1年ほどしか経っていない松葉さんのマスタングだが、これまでにすでにマフラーハンガーが折れたことへの対処やハーネスをリフレッシュするなどの整備を施している。またブレーキのマスターシリンダーを2系統化するなど、現代の路上に適した操縦性を得るためのモディファイも行った。けれど、目に見える部分はノーマルにこだわり、あえてクーラーなどを装備することは考えていない。お話をしていると一緒に参加された奥様もエアコンのないジムニーを足にされているそうで、ご夫婦揃って古いクルマへの適性を備えられていた。取材当日は30度近くまで気温が上昇したが、室内にはサーキュレーターを置いてあるだけ。それでもご自宅のある横須賀から会場の足利まで普通にドライブを楽しまれている。旧車を維持するのに愛情やお小遣いは欠かせないが、それと同じくらい大事な要素が奥様や家族からの理解。その点、松葉さんは何の心配もいらないようだ。
200cu.in(キュービック・インチ/3277cc換算)の排気量を備える直列6気筒OHVエンジン。吸排気系が同じ側面に配置されるターンフロー方式。マスタングのベースエンジンは1965年に拡大されて200cu.in、3277ccの直列6気筒へと発展している。松葉さんのマスタングもこの時期のもので、289cu.inのV8ではないところもポイント。「日常的に乗られていたであろう低グレード車が日本だと新鮮に見えるのではないでしょうか」とお話しされるように、アメリカ車だとV8ばかりなイメージが先行している。ポニーカーはポニーカーらしく直6エンジンで乗ることにはオリジナリティの尊重とともに、マスタングの歴史を知りたい人にも最適な教材となることだろう。オリジナルに戻す作業は続行中とのことだから、どこかのイベント会場で次に拝見することを楽しみにしたい1台になった。
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