積算 1万335km 720Sと一緒に暮らす
text:Andrew Frankel(アンドリュー・フランケル)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
遂に最終回になってしまった。筆者がスーパーカーのオーナー気分が味わえた時間も終わり。720Sは英国ウォーキングにあるマクラーレンの技術センターへ戻り、おそらく幸せな新オーナーを迎える準備をすることになる。
この長期テストでは、通常のオーナーが3年を掛けて走る以上の距離を走行した。普通なら除湿されたガレージから出ることがないような、悪い天気の日にも乗ってきた。
むしろ、このマクラーレン720Sはボディカバーを掛けた夜を過ごしたことすらない。サーキットを走り、スイス・ジュネーブまで往復し、思い出せないほど多くのワイディングも走った。
日常の足としても積極的に利用した。ヒツジのエサやドッグフードを積んだり、学校への送迎に何度も使った。空港の長期用駐車場にしばらく停められていた日も少なくない。一緒に住む娘は720Sに乗るのを喜んだし、離れて住む大学生の娘は乗れないことを悔しがっていた。
上に跳ね上がるディヘドラル・ドアは多くの場面で便利だったが、720Sの隣にどんなクルマが停まるのか、リスクはあった。BMW i8と同じように、乗り降りできなくなる可能性があるからだ。
今回の長期テストの目的は、クルマの速さや楽しさを証明することではない。それは通常の試乗記事を読んでいただければ、遥かによくわかるだろう。
一緒に暮らしてみる、ということに焦点を当ててきた。720Sの運転がとても魅力的だということは、既に重々承知だった。
スーパーカーとして完璧な仕上がり
720Sを数年間所有するような通常のオーナーにとって、クルマの仕上がりは素晴らしいと断言していい。信頼性は完璧といえるほどで、クルマが目指したであろう目的に対して違和感のある部分はない。
マクラーレンを専門とするアラステア・ボルスのスタッフと話したことがあった。初期のクルマが抱えていたソフトウエアの不具合は修正済みで、機械や構造面と同様に、電子的な面でも堅牢性がは高いと評価していた。販売する側だから否定的なことはいわないかもしれないが、わたしの経験も同様だ。
そして、このスーパーカーという水準の中で、マクラーレン720Sは例外的といえるほど暮らしやすいクルマだった。スーパーカーの中で最も乗り降りがしやすいと思う。BMW i8より。
運転席からの視界も突出して良い。これほどの全幅を持つクルマにとって重要なポイントでもある。
ランボルギーニ・アヴェンタドールSVJは、マクラーレンとはまったく異なる運転感覚ではあったが、運転が極めて難しく、威圧的なものに感じた。つまり、速く走ることも難しいということでもある。
筆者は特に、720Sのダッシュボードのデザインと、情報の表示方法が気に入っている。メーターパネルを回転させると、レブカウンターとスピード、燃料計だけを表示できる。サーキット走行だけでなく、夜道での運転でも視認性が素晴らしい。
かつて、スウェーデンのサーブには、夜間走行時にスピードメーターだけを灯せる「ナイトパネル」 という表示があった。なぜ他のメーカーも真似をしないのか、疑問を感じていたのだった。
広い全幅と後輪のトラクション
良くない面としては、何よりも全幅。いつも気を使うし、恐ろしく高価なホイールに傷を付けてしまった。壊すことはなかったけれど。
借用車ということで、マクラーレン720Sを外の駐車場に一晩置きっぱなしにすることもあったが、自分のお金で買ったクルマだったら、同じことをするだろうか。考えられる損害や保険料などを考えたら、恐らくしないだろう。
初めに心配していた、周囲のドライバーの反応、どんな扱われ方をされるのかに関しては、さほど得られたものはなかった。車間距離を詰めてきたり、スマートフォンで撮影するドライバーもいたが、数としては珍しいほど。BMW i8より、なぜか注目度は低いようだった。
とても速いクルマだけに、先行車との距離もあっという間に縮まり、常に先ゆくクルマに引っかかっている気になった。マクラーレン720Sの追い越し加速は、破壊的と呼べるほど鋭い。
追い越されたクルマも、あまりに一瞬の出来事なはず。短時間で追い越しが済むということは、ある意味で安全ではある。
そして、その求めたパワーが、いつでもすべて得られるわけではない。爆発的なものに感じるときもしばしばある。小さく点滅する光が、その理由を教えている。
乾燥した平滑な路面で、幅305のピレリ製サマータイヤを履いていても、後輪駆動のトラクションの許容値を少し超えたパワーを発揮するからだ。マクラーレン720Sのトラクションが掛からない速度を実際に記すと、法律違反を認めるようなもの。一般道では変な真似はしていない、と書いておこう。
残るのは忘れられない素晴らしい記憶
スイス・ジュネーブまでの往復旅行は忘れられない。2400kmの距離を2日の旅程で走った。この事実は、筆者が運転したことのあるスーパーカーの中で、いかに優れたクルマなのかを実感させられる。
英国のウェールズから途中のフランスのディジョンまでは、とても快適に過ごせた。クルーズコントロールをオンにし、エアコンを効かせ、ラジオとブルートゥースでの通話を楽しみ、シートヒーターで温まった。
ディジョンとジュネーブとの往復は、自然公園側のワインディングを選んだ。マクラーレン720Sは、とても機敏でコミュニケーションが豊かで、不安感がない。ただただ、楽しい運転だった。今でも思い返すと、興奮する。
マクラーレン720Sの姿は見えなくなっても、素晴らしい記憶は残る。このようなスーパーカーと一緒に暮らすことで、得るべき大切なものだと思う。実際に筆者は掴むことができたし、誰にも奪われることはない。
セカンドオピニオン
マクラーレンが、720Sほどのクルマを作れることが信じられない。道路と直接対話できるようなスーパーカーは、他に例を見ない。パフォーマンスで不足を感じることもないし、人間工学の面でも多くのライバルより優れている。エレクトロニクスに関しては、そうともいえないが。 Richard Lane(リチャード・レーン)
テストデータ
気に入っているトコロ
シャシー:クラスをリードする快適な乗り心地と、サーキット走行での機敏さを兼ね備えている。前例がないといって良いほど。
パワートレイン:95%以上のパワーを、95%ほどのドライバーが実際に楽しめる。性能の高さは見事としかいいようがない。
信頼性:すべての面で、完璧といって良いだろう。信頼性には絶対的なものがある。
気に入らないトコロ
トラクション:サマータイヤでも、リアタイヤのグリップ力の限界から、完全にパフォーマンスの可能性を引き出すことは難しい。
ナビゲーション:自社開発のシステムではなくなったが、まだ最新技術とは呼べないレベル。
走行距離
テスト開始時積算距離:140km
テスト終了時積算距離:1万335km
価格
新車価格:22万4990ポンド(3217万円)
現行価格:22万4990ポンド(3217万円)
テスト車の価格:24万6580ポンド(3526万円)
ディーラー評価額:20万ポンド(2860万円)
個人評価額:19万ポンド(2717万円)
市場流通価格:18万ポンド(2574万円)
オプション装備
スポーツエグゾースト:4900ポンド(70万円)
10スポーク超軽量鍛造ホイール:4520ポンド(64万6000円)
360度パーキング・アシスタンス:4720ポンド(67万5000円)
ノーズリフト:2200ポンド(31万4000円)
オーロラブルー・ペイント:1940ポンド(27万7000円)
ステルス・ホイール仕上げ:1170ポンド(16万7000円)
マクラーレン・オレンジ・ブレーキキャリパー:1140ポンド(16万3000円)
カーボンブラック・アルカンターラ・ステアリングホイール:520ポンド(7万4000円)
ボディカバー:480ポンド(6万8000円)
燃費&航続距離
カタログ燃費:8.2km/L
タンク容量:72L
平均燃費:8.9km/L
最高燃費:10.2km/L
最低燃費:4.3km/L
航続可能距離:514km
主要諸元
0-96km/h加速:2.9秒
最高速度:341km/h
エンジン:V型8気筒3994ccターボチャージャー
最高出力:720ps/7500rpm
最大トルク:78.2kg-m/5500rpm
トランスミッション:7速デュアルクラッチ・オートマティック
トランク容量:360L
ホイールサイズ:9.0J 19inch(フロント)/11.0J 20inch(リア)
タイヤ:245/30 ZR19(フロント)/305/30 ZR20(リア)
乾燥重量:1419kg
メンテナンス&ランニングコスト
リース価格:2400ポンド(34万3000円/1カ月)
CO2 排出量:276g/km
メンテナンスコスト:なし
その他コスト:なし
燃料コスト:1472ポンド(21万500円)
燃料含めたランニングコスト:1472ポンド(21万500円)
1マイル当りコスト:23ペンス(32円)
減価償却費:4万4990ポンド(643万円)
減価償却含めた1マイル当りコスト:7.33ポンド(1048円)
不具合:コーナーを曲がる途中でヘッドライトが一度消えた
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