はじめに
生真面目なフラッグシップサルーンに、冗談みたいな推進力を与えるのは、メルセデスには珍しいことではない。そこにAMGが最後の仕上げをしない場合も多い。旧型のS600Lは、2003年当時で81.6kg−mを発生するV12を積んでいた。
【画像】写真で見るメルセデスAMG Sクラスとライバル 全4枚
にもかかわらず、活発なSクラスの系譜に連なる最新モデルのスペックを見ると、メルセデスはそうしたプロジェクトへの熱意を失いはじめたのかと思うかもしれない。このS63が積む4.0LツインターボV8のトルクは91.8kg-mと、20年前のS600からさほど大きく伸びていない。
しかし、このクルマにはEパフォーマンスの名を持つPHEVで、リアアクスルに電気モーターを備える。純正モデルとしては最強のSクラスであるだけでなく、メルセデスのセダン全体で見てももっともパワフルだ。
トータルで802ps/145.9kg-mというのだから、このS63 Eパフォーマンスが速いことは疑う余地がない。そして、この20万ポンド(約3940万円)近いモデルは、英国仕様では唯一のV8を積むSクラスだ。しかし、それ以上に気になるのは、これだけのパフォーマンスモデルが、Sクラスの本分である快適性をどれくらいのレベルに仕上げているのかということ。やはり、世界水準の高級サルーンなのか、それとも無駄に高いクルマなのか、確かめてみたい。
意匠と技術 ★★★★★★★☆☆☆
前回このロードテストで取り上げたAMGのSクラスは、5.5LツインターボV8を積んでいた。今回の4.0Lユニットは、不思議なことにピークトルクがまったく同じ。ただし、発生回転数は250rpm低い2250rpmからだ。また、2013年にテストしたS63にはなかった、32.6kg-mのリアモーターを積んでいる。
さらに、アクティブスタビライザーやアクティブエンジンマウント、後輪操舵、そして英国へは導入されなかった4WDが備わる点も、先代とは異なる。88Lの燃料を入れての実測重量は2666kgで、V8を積む7シーターのBMW X7より重い。
その重さの半分以上が、車体後半にかかっている。13.1kWhのバッテリーや、モーターとそれに付随する2段ギアボックスのほか、電子制御LSDも積むため、フロントエンジンながら前後重量配分は46:54とリア寄りだ。
バッテリーは、英ブリックスワースにあるF1エンジンの名門、ハイパフォーマンス・パワートレインズが開発。素早い充放電サイクルを目指したもので、14Lのクーラントで温度を管理する。さらに、モーターは9速ATを経由してV8に接続するので、エンジンとモーターのトルクは同時に使用できる。
モーターは13500rpmで32.6kg-mを発生し、後輪へ送り込む。そのときのエンジンの回転数は問わない。このほか、4マチック+用のトルクスプリットとなる電子制御クラッチパックを備え、V8とモーターのパワーを必要に応じて前輪へ伝達する。
ダンパーとエアスプリングは専用チューン。アンダーボディの補強ブレースや、フロントが400mmのコンポジットブレーキディスクも専用品だ。
内装 ★★★★★★★★☆☆
このS63のキャビンは比較的控えめで、このクルマの正体を示すものはアルカンターラ巻きのステアリングホイールくらいだ。いい感じのインテリアだと思うが、パーフォレート加工されたレザーキルトは、テスト車のブラックよりもう少しリッチな色合いのほうがいい。シエナブラウンとカーマインレッドが、無償オプションで用意されている。
リアシートについては、0-100km/hが3.6秒というクルマでありながら、サルーンとしての本分も忘れていない。S63にはショーファーパックが標準装備で、助手席を通常以上に前へスライドでき、羽のように柔らかいヘッドレストやヒーター付きアームレスト、さらに豪華なシートベルトによって、ずっと乗っていても最高な場所になっている。
サイドとリアの電動サンシェードは、気分次第で包まれ感を得ることができ、逆にパノラミックルーフは開放感をもたらしてくれる。
荷室容量はエンジン車の540Lに見劣りする305Lで、これはバッテリーパックに侵食されたせいだ。競合するアウディS8やBMW M760eは500Lを超える。
走り ★★★★★★★☆☆☆
過去のAMGモデルと比較するなら、0−161km/hが7.1秒というのは、2009年に24万9500ポンド(当時のレートで約3643万円)だったスーパースポーツ級モデルのSL65 AMGブラックシリーズより1.5秒も速い。また、キックダウンでの48−113km/hは、われわれが満点評価したF90型BMW M5 CSにコンマ3秒遅れるのみだ。
このS63がとてつもなく速いサルーンなのは驚かないが、ポテンシャルをフルに発揮しなくてもそれが感じられる。コンフォートモードで穏やかに加速していても、余力の底深さは明らかだ。パワートレインの電動要素はその大きな要因で、大型サルーンらしからぬ俊敏さをもたらすが、過剰にはならない。キックダウンが必要な場合には、ギアボックスは十分に素早く変速し、直後にロケットのように激しく加速するが、速度感は不気味なくらい感じさせない。
パワートレインにかかる負荷が常識的な範疇にあれば、普通はなめらかに変速する。もっともアグレッシブなスポーツ+に向けてモードを引き上げていくと、シフトを早めるために点火を切りつつ、電気モーターのトルクをフルに使って前へ進む勢いを保つ制御さえ使うようになる。効果的なテクニックだが、モーターに頼りすぎると、EVのように画一的なトルクデリバリーになってしまう。たとえ抑えめのV8サウンドが、エンジンの存在を忘れさせないとしてもだ。
ただし、そのデリバリーはみごとだが、魅力的というよりは印象的といいたくなる類のもの。完全な駆動系ともいえない。とくに低速では、ギクシャクすることもあるが、それはハイパフォーマンス仕様であろうとなかろうと、世界レベルの高級サルーンにふさわしいとは思えない。このハイブリッドシステムは、ノイジーなこともある。メカニズムが普通に動いて衝撃音を起こしているのかもしれないが、不調なのではないかと疑いたくなってしまうような音に聞こえるのだ。
もうひとつ不満なのが、V8に上乗せされたモーターのトルクが、必ずしもきめ細かく制御されていないこと。エンジンのトルクカーブとは無関係に、電力でブーストがかかるのだ。たしかに速いのだが、ちょっと落ち着かない走りになってしまう。
操舵/安定性 ★★★★★★★★☆☆
フェラーリ296GTB並みのパワーがあるPHEVだということはトピックになるだろうが、おそらくこのクルマでもっとも印象に残るのはハンドリングだ。びっくりするほどリニアなステアリングや、生まれついてのシャシーバランス、脇へ振れたり動揺したりしにくいサスペンションは、大きくなりすぎたC63のように感じることもしばしば。前後のアクスルがまるでひとつになったかのように動き、全長の長さを感じさせない。
メルセデスはAMG GT4ドアで、数々の複雑なシャシー制御システムをどう組織立てるか見極めたことを証明したが、同じことが今回も明らかに見て取れる。ベントレー・フライングスパーを別にすれば、まずまずの路面の直線をきっちり落ち着いて走れる高級サルーンは見つからない。このS63もそれが可能だとは言えないのだが、かなり速く走らせるのがきわめて簡単なのもまた事実だ。走らせたい位置を正確に通せる自信が持てる。
その代わりに、諦めなくてはならないものもある。最たるものは全開走行時の物理特性で、アジャスト性は犠牲になっている。AMGダイナミクスを名前と実態がそぐわないプロモードにしていても、前輪をすぐに駆動して、ESPも早めに介入するのだ。
これほど大きなクルマが、ほとど間違った動きをしないのだから、それを嘆くのはおかしなことかもしれない。しかしそれでも、われわれが残念に思うのは、できるはずのことをやっていないからだ。
とはいえ、満足できる点もたくさんある。ブレーキのペダルフィールは、回生ブレーキがかなり介在するにもかかわらず悪くない。
快適性/静粛性 ★★★★★★☆☆☆☆
広い意味で言えば、S63はこの上なく洗練されている。もっともリラックスした状態では、苦のないふわふわした乗り心地で、キャビンのマテリアルも心地よく、上質感を際立たせている。運転席からの視認性も非常にいい。
そうはいっても、AMG化は明らかに、Sクラスの眠気を誘うような性質を損ねている。大きなホイールとパフォーマンス志向のタイヤやサスペンションブッシュはノイズを大きくしている。とくに、荒れた路面ではそれが出てしまう。
113km/hで68dBAというのは、ベントレー・フライングスパーの64dBAには見劣りするし、2022年にテストしたS580eはさらに静かな62dBAだ。セカンダリーライドも標準以下で、この手の高級サルーンでは普通は気にならないような路面の穴やマンホールなどを吸収できない。
これは長年にわたりAMG版Sクラスの悩みどころで、速さと静けさのマリアージュは歴代ベストだが、完全に納得できるまでには至らない。
購入と維持 ★★★★★★★☆☆☆
18万8580ポンド(約3715万円)のS63は、単なる高級車ではない。そのため、ハイブリッドシステムが燃費改善に大きく寄与するとは期待しないほうがいい。フル充電しても、EV走行距離は30km程度で、距離が限定的な市街地走行をして、定期的に充電するようなユーザーでなければ、バッテリーが切れることはよくあるはずだ。
競合するのは、アウディやBMWのフラッグシップサルーンだが、このクラスの最高峰は改良されたV8ハイブリッドのベントレー・フライングスパーということになるだろう。近くロードテストで明らかにしたい。
スペック
レイアウト
ボディはロングホイールベース版だが、バッテリーを荷室の下に積むため、トランク容量は小さい。前後重量配分も、電動コンポーネンツがリア寄りに集中しているため、46:54となっている。
エンジンは4.0LのV8ツインターボで、9速ATとの組み合わせ。モーターはリアアクスルに設置される。
エンジン
駆動方式:フロント縦置き四輪駆動
形式:V型8気筒3982ccツインターボチャージャー、ガソリン、電気モーター
最高出力:611ps/5500~6500rpm
最大トルク:91.8kg-m/2500-4500rpm
システム総合出力:802ps
システム総合トルク:145.9kg-m
馬力荷重比:317ps/t
トルク荷重比:57.8kg-m/t
エンジン比出力:153ps/L
ボディ/シャシー
全長:5336mm
ホイールベース:3216mm
オーバーハング(前):900mm
オーバーハング(後):1220mm
全高:1516mm
足元長さ(前席):最大1190mm
足元長さ(後席):最大860mm
座面~天井(前席):最大1000mm
座面~天井(後席):930mm
積載容量:305L
構造:スティール/アルミ、モノコック
車両重量:2525kg(公称値)/2666kg(実測値)
抗力係数:-
ホイール前/後:9.5Jx21/10.5Jx21
タイヤ前/後:255/40 ZR21/285/35 ZR21
ミシュラン・パイロットスポーツ5
変速機
形式:9速AT
9速・70/80マイル/時(113km/h/129km/h):1512rpm/1728rpm
燃料消費率
AUTOCAR実測値:消費率
総平均:7.8km/L
ツーリング:9.2km/L
日常走行:6.9km/L
動力性能計測時:1.7km/L
メーカー公表値:消費率
低速(市街地):-km/L
中速(郊外):-km/L
高速(高速道路):-km/L
超高速:-km/L
混合:21.7km/L
燃料タンク容量:66L
現実的な航続距離:686km(平均)/724km(ツーリング)/610km(日常走行)
サスペンション
前:マルチリンク/エアスプリング、アダプティブダンパー、アクティブスタビライザー
後:マルチリンク/エアスプリング、アダプティブダンパー、アクティブスタビライザー
ステアリング
形式:電動機械式、ラック&ピニオン
ロック・トゥ・ロック:2.1回転
最小回転直径:12.3m
発進加速
テスト条件:乾燥路面/気温21℃
0-30マイル/時(48km/h):1.7秒
0-40(64):2.2秒
0-50(80):2.8秒
0-60(97):3.5秒
0-70(113):4.4秒
0-80(129):5.1秒
0-90(145):6.1秒
0-100(161):7.1秒
0-110(177):8.2秒
0-120(193):9.6秒
0-130(209):11.0秒
0-140(225):12.8秒
0-150(241):15.0秒
0-160(257):17.6秒
0-170(273):20.6秒
0-402m発進加速:11.4秒(到達速度:213.2km/h)
0-1000m発進加速:20.2秒(到達速度:271.7km/h)
0-62マイル/時(0-100km/h):3.6秒
30-70マイル/時(48-113km/h):2.7秒(変速あり)/4.2秒(4速固定)
ドライ制動距離
テスト条件:乾燥路面/気温21℃
30-0マイル/時(48km/h):8.1m
50-0マイル/時(64km/h):21.7m
70-0マイル/時(80km/h):42.0m
60-0マイル/時(97km/h)制動時間:2.34秒
ウェット制動距離テスト条件:ウェット路面/気温21℃
30-0マイル/時(48km/h):10.2m
50-0マイル/時(64km/h):28.8m
70-0マイル/時(80km/h):57.8m
60-0マイル/時(97km/h)制動時間:3.05秒
結論 ★★★★★★★☆☆☆
冗談みたいなパワーを、それを期待しないようなサルーンに与えてしまうのがAMGだ。レッドピッグと呼ばれた300SEL 6.8がその元祖だ。
その系譜に連なる最新モデルは、直線加速や、ワインディングを駆け抜けるペースに失望することはなかった。このS63を速く走らせることは、とんでもなくイージーだ。全長5m以上で、重量が2.7t近いクルマとしては、素晴らしく楽しくてバランスがいいと感じた場面もあった。
とはいえ、それを実現するための妥協があまりにも大きすぎる。Sクラスに本来求められる走りの上質感が失われているのだ。PHEVパワートレインについても、基本的な部分の冴えがない。
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