86とGRスープラの復活を手がけた元トヨタのチーフエンジニア、多田哲哉氏。「どんがら トヨタエンジニアの反骨」で彼を主人公にノンフィクションを濃厚に書いた清武英利氏を直撃した。
聞き手/ベストカーWeb編集部・渡邊龍生、写真/ベストカーWeb編集部、ベストカー編集部
トヨタを変えたのが多田哲哉氏だった! 『どんがら トヨタエンジニアの反骨』作者の清武英利氏インタビュー!
■感動しないエンジニアが感動した瞬間がタイトルに!
ノンフィクション作家の清武英利氏。2023年2月17日に発売されたのが手にしている『どんがら トヨタエンジニアの反骨』(講談社刊)
ベストカーWeb(以下、BC)/まず、本書名「どんがら トヨタエンジニアの反骨」ですが、なぜこのタイトルになったのでしょうか? 決まった経緯などについて詳しく教えてください。
清武英利氏(以下、清武氏)/編集者ともっと長いタイトル候補などについても話し合っていた時に、「どんがら」(開発中のクルマの鉄板がむき出しで中身も色もついていない状態のこと)が浮かんできました。というのは多田哲哉さんが言うには、「開発者というのは“感動する”ということがわからない職業なんですよ。
BC/なるほど。
清武氏/トヨタの本ということではなく、技術者が組織のなかで思いを遂げることを中心としたあくまで技術者とその家族の物語ですから。「どんがら」に魂を吹き込むーー僕らしいタイトルになったんじゃないかと思います。ほかにもタイトル候補はありましたが、最終的にはこれしか残らなかった。
BC/ほかにはどんなタイトル候補があったのでしょうか?
清武氏/「特命チーフエンジニア」とか「チーフエンジニアの反骨」、「Z(編註※トヨタ開発の中枢チームで、これを率いるのがチーフエンジニア)の……」とかでしたね。この「Zの……」というタイトルは最近のロシアのウクライナ侵攻を見ていると僕の望むものではないな、と。
BC/確かにそうですね。
清武氏/滅多に感動しないエンジニアが感動した瞬間をタイトルにしたのはよかったと思っていますよ。このタイトル名を多田さんに伝えたら、「面白いですね」と言われまして正式に決まりました。
BC/なんでも本の装丁を一度やり直したとか?
清武氏/ええ、そうなんですよ。若いイラストレーターに依頼したのですが、2案出してもらって最初は赤い初代86をふつうに描いてもらっていました。で、書き直しを依頼して描いてもらったのが採用した絵です。すごく気に入っています。
■初代カローラ主査の長谷川龍雄さんの印象が強烈だった
清武氏には1時間ほどインタビューの時間をいただいたが、それでもまだまだ話は尽きないようだった
BC/本書を書くにあたり、長い期間取材されたと思いますが、証言を聞いたのは何人ほどになりますでしょうか?
清武氏/のべ30人ってところですね。そのなかにはすでに故人となった長谷川龍雄さん(初代カローラや初代パブリカの開発主査)と奥様もいたけど、まだお元気なころに長谷川さんにお会いしていろいろお話いただきましたね。
BC/実は私も偶然、2005年頃に長谷川さんの横浜のご自宅までご本人にベストカー本誌の取材でお会いしたことがありました。
清武氏/ええ! そうなんですか。それはすごく貴重な経験だったと思いますよ。長谷川さんにお会いした時、僕は強烈な印象を受けましてね。ご自宅で長谷川さんに「ナショナルジオグラフィック」を見せられた時は「変な人だな……」と思いましたが(笑)。ひとつのことを成し遂げた方のなかには特異な光を放つ人がいますが、まさにそんな感じでした。長谷川さんとお会いした当時、私は読売新聞中部本社の社会部長でしたが、いつかこうした技術者の人生を書いてみたいと思ったものです。そのあたりが自動車専門誌の方とは視点が違うところかもしれませんね。
BC/実はもともと私も以前は新聞記者をしていました。
清武氏/えー、そうなんですか! それはちょっとビックリですね。ところで、技術者の方って言葉は明瞭なんですけど、難解でいい意味で偏屈だったりしませんか?
BC/確かにそのような傾向が強い気はします。
清武氏/文系に比べるとはるかに(理系の)技術者って明るいんですよ。なので彼らと話をしているとすごく別の刺激を受けるんです。動くモノを作ることってすごく裾野が広くていいなあと思えるというか、癖になりそうな業界かな(笑)。
■本書を書くきっかけとなったのは元チーフエンジニアの北川尚人さん
本作の主人公は初代86、GRスープラを手がけた元チーフエンジニアの多田哲哉氏だったが、そのきっかけとなったのは師匠格の北川尚人氏だったという
BC/そもそも多田さんを主人公にしたノンフィクションを書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
清武氏/もともと前にソニーを取材していた時(『切り捨てSONY リストラ部屋は何を奪ったか』(2015年4月、講談社刊)、ソニーの広報担当役員と親しくなったのですが、2001年にそのソニーとトヨタが共同開発で「pod」という近未来コンセプトカーを作ったのですよ。トヨタにはその時、北川尚人さんというチーフエンジニアがいたのですが、その後はダイハツに移られて『トヨタチーフエンジニアの仕事』(講談社刊)という本を自費出版されたんですよ。その際に北川さんと話をしたら、「自分の元部下で多田という変な技術者がいる」と聞きつけましてね。
BC/ははあ……。
清武氏/その頃、私は歴代トヨタチーフエンジニアの系譜というものを知りたくてですね。前出の長谷川さんや初代クラウンを担当した中村健也さん、その中村さんに仕えて副社長となった和田明広さん、そして北川さん、北川さんの弟弟子となる多田さんだと。
BC/なるほど。
清武氏/そうした北川さんとのご縁で多田さんご本人に初対面で出会った際、「こんなに地頭のいい、本人が言っていることがそのまま字になるような人って珍しい」と感じ、ビックリしたんですね。多田さんって話すことがまとまっていて面白かったし。落語みたいに洗練されていたんですね。それがコロナ禍になる前、2019年の頃です。
BC/ちょうど多田さんが手がけたGRスープラが販売開始された頃ですね。
清武氏/ええ、多田さんの運転で助手席に乗りましたね。このクルマを見た瞬間、「まるでバットモービルですね!」と彼に言ってしまった記憶があります(笑)。
BC/そのGRスープラですが、2018年12月にメディア向けのサーキット試乗会が実施されました。その時に私はライターをひとり連れて多田さんにインタビューしました。協業したBMW開発チームとの最初の出会いはけんもほろろな塩対応だったことなどについて。
清武氏/ああ、そうだったんですね。彼、多田さんは専門誌には専門誌向けの話を、私たち一般紙には一般紙向けの話ができる人でしたね。北川さんもそうでしたけど。文系の人って知らない人間をバカにする傾向がありますが、理系の彼らはきちんとわからない人にもかみ砕いて説明してくれる。そんな感じでしたね。理解してもらおうという気持ちが強くて。多田さんにはそういった面で北川さんと同じ匂いを感じました。
■中途採用でトヨタに入社したからよかった!?
2012年の初代86デビュー時の多田哲哉氏
BC/多田さんがトヨタ社内で先輩たちに揉まれた経験からそうなったと?
清武氏/ええ、そう思いますよ。上司が違う人間だったら彼もまったく違う道を歩んでいたのかもしれない。私が考えていたのとは違う組織でした、トヨタは。というのも一般的に面白味の少ないクルマ、でも壊れなくて安全なクルマがトヨタには多かった。初代MR2は違いましたけどね。そういった社風のなかで自由闊達な雰囲気を残しているのは個人的に素晴らしいと思いましたね。
BC/多田さんはトヨタには中途採用でしたね。
清武氏/そうです、だから本人も「それがよかった」と言ってましたね。一時期、朝日新聞社が中途採用の他社の記者をうまく使ってスクープ記事を連発したことがありましたが、それと似たような感じかもしれません。多田さんと会った時、「これは滅多に出会えない人に会えた!」と直感があったんですね。そこから多田さん本人を追い回すようになった感じです。
BC/ところで清武さんご本人はクルマがお好きですか?
清武氏/そうですね。駆け出しの記者時代は地方でクルマがないと取材も行けませんから。
BC/確かにそうでした。私も新聞記者の頃はマイカーを運転してよく取材に向かっていました。
清武氏/そうそう、ガソリン代と整備代を少し会社から支給される感じで。一番最初は会社のジープに乗り、自分で初めて買ったのが5万円の中古のカローラで、2台目に買ったのが当時の3代目カローラ2ドアHTモデルでしたね。東京に戻ってだいぶ経ってから中古のシルビアを買いましたね。すべてMT車です。なので、峠を走り回りたい人たちの気持ちもわずかながらわかる感じはします(笑)。現在はマイカーの所有はもうやめて時々レンタカーを借りて運転するくらいですけど、クルマの運転って楽しいですよね。
■多田さんがトヨタのイメージを変えた?
2016年、初代86マイナーチェンジ時の多田哲哉氏
BC/そうなんですか。やはりクルマが好きだったことが今作にもつながっていると?
清武氏/ですね。新聞記者って年齢を重ねるとだんだん記事を書かなくなるじゃないですか。せっかく書く訓練をしてきたのに、それはもったいないことだと思うんです。でも、エンジニアの方は年齢を重ねてもクルマが好きで手放そうとはしませんよね。
BC/若者のクルマ離れが叫ばれて久しい昨今ではありますけど……。
清武氏/クルマを宣伝する側のアピールも足りない気がしますね。クルマへの憧れ自体が減っているし。そういった意味では多田さんが手がけた初代86がそこを掘り起こしたことを僕は評価したいと思っています。
BC/具体的には多田さんがトヨタを変えたと?
清武氏/ええ、安くて頑丈なクルマを作るというイメージが強かったトヨタを“エモい会社”に変えたーー多田さんもきっとそう自負しているんじゃないかと思うんです。86という名前もいいし、スポーツカーの源流を取り戻そうという精神がないとダメだと思うんです。ただの「移動の手段」では途端にそのクルマの存在感は色あせてしまう。
BC/本書執筆にあたり、取材したなかで印象的なエピソードがあれば教えてください。
清武氏/昨年3月に亡くなった和田明広さん(トヨタ元副社長)の一周忌が最近ありましたが、非常にユニークな方で、トヨタエンジニアの「和田一族」の末席に多田さんがいるワケです。和田さんが昨年亡くなったと聞いて、元気な方だったのでホントにビックリしたのですが、この和田さんの奥様に話を聞くのが面白くて。ご本人に10回話を聞くよりも、奥様に一度話を聞いたほうが早い場合もある。もし機会があれば「エンジニアの妻」というお題目でまた書いてみたいですね。
BC/ありがとうございました。
清武英利(きよたけ・ひでとし):1950年宮崎県生まれ。立命館大学経済学部を卒業後、1975年に読売新聞社に入社。社会部記者として警視庁、国税庁などを担当し、2001年から中部本社運動部長を務める。東京本社編集委員、運動部長を経て2004年に読売巨人軍取締役球団代表兼編成本部長に就任。2011年に同専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行を解任され、以後ノンフィクション作家として活動する。2014年『しんがり 山一証券最後の12人』で講談社ノンフィクション賞を、2018年『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』で大宅壮一ノンフィクション賞読者賞を受賞。『トッカイ 不良債権特別回収部』(講談社文庫)、『プライベートバンカー完結版 節税攻防都市』(講談社+α部文庫)、『後列のひと 無名人の戦後史』(文藝春秋)ほか、著書多数。
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