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スポーツ 2018.11.7

F1 Topic:2018年で46回目を迎えるブラジルGPは史上初、ブラジル人不在のレースに

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 今年のブラジルGPは、いつもと違うグランプリとなりそうだ。それは、ブラジル人ドライバーがいない初めてのブラジルGPとなるからだ。

 ブラジルGPが初めてF1の公式戦として開催されたのは1973年。初のF1世界選手権の舞台となったインテルラゴスの観客を沸かせたのは、母国のヒーローのエマーソン・フィッティパルディだった。

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 72年にブラジル人として初のワールドチャンピオンに輝いたフィッティパルディ。73年の2月に開催されたブラジルGPはチャンピオンとしての凱旋レースだった。

 74年も連勝したフィッティパルディに続いて、75年のブラジルGPを盛り上げたのはサンパウロ出身のカルロス・パーチェだった。

 自身の初優勝を母国グランプリで達成したパーチェは、2年後の77年に飛行機事故によって短い生涯を閉じたが、その名はサーキットに刻まれ、『アウトドローモ・ホセ・カルロス・パーチェ』として、いまもなお生き続けている。

 舞台がインテルラゴスからリオ・デ・ジャネイロに移った81年から、母国のファンを沸かせたのはリオ出身のネルソン・ピケだった。83年に2度目のワールドチャンピオンに輝いたピケは、83年と86年のブラジルGPを制して、カリオカたちを沸かせた。

 再びインテルラゴスに戻った90年以降のブラジルGPを沸かせたのは、サンパウロ出身のアイルトン・セナだ。91年の悲願の母国グランプリ初優勝は、ギヤボックスがトラブルに見舞われ、レース終盤は6速だけで走り切った伝説の勝利だった。

 2年後の93年の逆転勝利も、地元のファンにとっては忘れられないブラジルGPだった。この年のセナは戦闘力に劣るマクラーレン・フォードに乗って、ウイリアムズ・ルノーと戦っていた。

 予選でポールポジションから1.8秒遅れの3位に終わったセナだったが、レースでは突然の豪雨によって形勢が逆転。セナにとって、これが最後の母国グランプリ優勝となった。

■セナ最後の優勝から13年後、ブラジルGPを制したマッサ
 セナが事故死した94年以降は、しばらくの間、ブラジルGPでブラジル人ドライバーが勝利する姿を地元のファンは見ることはなかった。そんな時代に終止符を打ったのが、2006年のフェリペ・マッサだった。

 93年にセナが優勝して以来、13年ぶりの勝利に地元のファンは新しい時代の到来を予感。2年後の08年のブラジルGPはルイス・ハミルトンとのタイトル争いの舞台となった。

 2年ぶりの優勝を飾ったマッサだったが、最終ラップでハミルトンもポジションを上げて惜しくもチャンピオンは逃したものの、歴史に残る大激闘にブラジル国民から惜しみない拍手が贈られた。

 この08年のマッサの勝利が、現時点でブラジルGPでブラジル人ドライバーが優勝した最後のグランプリとなっている。ただし、09年以降もルーベンス・バリチェロ、フェリペ・ナッセ、ブルーノ・セナ、そしてマッサと毎年、必ずブラジル人ドライバーが参戦してきた。

 そのブラジル人ドライバーも、昨年のマッサを最後に今年はついにひとりもいなくなった。つまり、今年はブラジルGPが初めて公式戦として開催された73年以降、初めてブラジル人ドライバー不在の中で開催されるグランプリとなる。

 昨年、3日間で14万1218人がサーキットに詰めかけたブラジルGP。今年は果たして、どれくらいの観客がインテルラゴスを訪れるのだろうか。

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