モータースポーツだけでなく、クルマの最新技術から環境問題までワールドワイドに取材を重ねる自動車ジャーナリスト、大谷達也氏。本コラムでは、さまざまな現場をその目で見てきたからこそ語れる大谷氏の本音トークで、国内外のモータースポーツ界の課題を浮き彫りにしていきます。
今回のテーマは、アストンマーティンF1。ローレンス・ストロールがアストンマーティンを買収し、ワークスチームとしてF1参戦を決めた背景には、一流ビジネスマンらしい、したたかな戦略が隠されていました。
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『息子のためにF1チームを買収するとは、史上まれに見る親バカに違いない』
かつて私は、ローレンス・ストロールのことをそんな目で見ていたが、これが大きな勘違いであることに最近になって気づいた。
ローレンス・ストロールは、いうまでもなくランス・ストロールの父親である。トミー・ヒルフィガーやマイケル・コースといったファッションブランドへの投資で巨額の富を得たローレンスが、F1ドライバーを志す息子ランスを強力に支援し続けてきたことは広く知られている。
もっとも、ランスは2017年にウイリアムズからF1デビューを果たしたものの、その後は鳴かず飛ばずの状態。すると、ローレンスは倒産の危機にあったフォースインディアを2018年に買収し、翌2019年にはレーシングポイントにチーム名を改めたうえで、ランスをウイリアムズから招き入れたのである。
このとき私は『どうせ、息子を喜ばせるためにやっている金持ちの道楽だろう。長続きするはずがない』と、思っていた。
ところが、ローレンスは2020年に自動車メーカーであるアストンマーティン(正式な社名はアストンマーティン・ラゴンダ)の筆頭株主になって実権を握ると、みずから会長に就任して同社の経営に乗り出したのである。
そして、今年1月にはレーシングポイントをアストンマーティンのワークスF1チームにすると正式に発表。今季はランスとセバスチャン・ベッテルを起用してグランプリに挑んでいることは皆さんもご存じのとおりである。
『息子のためにここまで手を広げるとは無謀の極み』と、私は勝手に思い込んでいたのだが、漏れ伝わってくるアストンマーティンの経営方針と重ね合わせると、ローレンスは単なる親バカなどではなく、しっかりとした展望を持ってこの計画を遂行していることがおぼろげながら見えてくる。
以下、私が今年になってから取材したアストンマーティン首脳陣のインタビューを交えながら、アストンマーティンF1の背景にある経営戦略をご紹介しよう。
■目指すはミッドシップスポーツカーの成功。その手段がF1参戦
その前に、ローレンスが実権を握る直前のアストンマーティンについて、簡単におさらいしておきたい。元日産のアンディ・パーマーがアストンマーティンのCEOに就任したのは2014年のこと。
パーマーは、経営難に陥っていたアストンマーティンを立て直すため、セカンド・センチュリー・プランを立案した。
毎年1モデルずつ新型車を投入し、これを7年ひとサイクルとして、以降はフルモデルチェンジを順次行っていくというのがセカンド・センチュリー・プランの骨子で、2016年にまずDB11を発表する。
続いてヴァンテージ、DBSと既存のモデルを刷新したのち、2019年には同社初のSUVであるDBXをローンチ。
さらにミッドシップスポーツカーのヴァンキッシュ、電気自動車のSUV、電気自動車のサルーンをデビューさせるはずだった。しかし、DBXをリリースしたところでパーマーは解任。DBX以降のニューモデルはいまだ世に出ていない。
では、後を引き継いだローレンスは、なにをしたかというと、まず2台の電気自動車計画(いずれもラゴンダ・ブランドで発売されるはずだった)を棚上げ。
さらにメルセデスAMGのCEOだったトビアス・ムーアスを引き抜いてパーマーの後任に据えると、ミッドシップカー・プログラムの推進を指示したのである。
実は、カタログモデルのヴァンキッシュ以外に、アストンマーティンは、ヴァルキリーとヴァルハラという2台のミッドシップスポーツカーを限定モデルとして発売する計画を立てていた。これらはローレンスの買収後も予定どおり進められている。
ここまでを整理すると、以下のようになる。すなわち、パーマーは(1)既存のアストンマーティン・モデル(DB11、ヴァンテージ、DBS)+SUV(DBX)、(2)ミッドシップスポーツカー(ヴァンキッシュ、ヴァルキリー、ヴァルハラ)、(3)電気自動車(ラゴンダ・ブランドの2台)の3本柱をラインナップの主軸に据えようとしていたが、ローレンスは(3)を中断。(1)と(2)を今後の屋台骨とするつもりなのだ。
ただし、(2)ミッドシップスポーツカーはアストンマーティンにとって新たなカテゴリー。しかも、この市場にはフェラーリ、ランボルギーニ、マクラーレンなどの強豪がすでに存在する。
そういったライバルの間に割り込んでビジネスを成功させるにはどうすればいいのか?
その答えはモータースポーツ、それもフェラーリやマクラーレンが凌ぎを削るF1グランプリへの参戦が最適であることは論を待たない。これこそ、アストンマーティンがワークスチームとしてF1に参戦する最大の理由といって間違いない。
■F1参戦は夢の実現であり、ビジネス拡大の一里塚でもある
今シーズンのF1マシンであるAMR21の発表に際して、ローレンスは次のように語っている。
「私のいちばんの夢は、F1チームのオーナーになることでした。そして2番目の夢はアストンマーティン・ラゴンダの主要株主になることです。そして今日、ふたつの夢がひとつになりました。そう、私の夢が実現したのです」
つまり、アストンマーティンを買収し、ワークスチームとしてF1参戦を始めたのは、なにも息子ランスのためではなく、自分の長年の夢をかなえるためだったというのだ。
まあ、ランスにF1シートを与えることが、本当のところどれだけ重要だったのかは知る由もないが、F1参戦がアストンマーティンにとって成功だったことは間違いなかったようだ。今年4月にムーアスCEOをインタビューした際、彼はこんなことを語っていた。
「(F1参戦を開始して以来)ウェブサイトのトラフィックが信じられないほどの勢いで増えている。SNSのアクセスもそう。F1参戦のおかげでブランドの認知度が急上昇している」
「しかも、コンフィギュレーター(新車購入を希望する顧客がどんな仕様にするかを決めるためのシミュレーター。アストンマーティンのオフィシャルサイトからアクセスできる)の利用数も増えている。今後は、顧客を対象としたF1向けイベントを開催してもいい。F1参戦は(ヴァルキリーに代表される)ハイパーカー・ビジネスへの技術移転にも期待が持てる」
そして、ビジネスの拡大を目指すアストンマーティンにとって、ミッドシップスポーツカー市場への参入は必然的な帰結だったことをムーアスは認めている。
「アストンマーティンがミッドシップスポーツカーを手がけるのは、ビジネスを広げるうえで実に論理的な判断だった。ミッドシップスポーツカーのプログラムは大きな可能性を生み出している。ミッドシップスポーツカーだけで生産台数は年間3000台ほどになるかもしれない(同社の2020年の総販売台数は4150台)。これによって、アストンマーティンは将来的に幅広いブランドになるだろう」
ミッドシップスポーツカーを手がけて会社の利益を増やし、その資金でF1チームオーナーになるという自分の夢を叶え、さらには息子にF1シートまで用意したローレンス・ストロール。そのビジネス・センスがバツグンであることは疑う余地がないだろう。
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