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山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.54「全員にタイヤ供給してもコストは下がる!?」

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山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.54「全員にタイヤ供給してもコストは下がる!?」

空輸だとタイヤ1本で運賃3000円以上!

連載:山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]【独占Webコラム】

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2009年からのMotoGPタイヤワンメイク化は、供給するブリヂストンにとっても、コスト削減のメリットが……。ライダーの数は倍近くに増えるのに?

TEXT: Toru TAMIYA

船便が到着する頃にはすでに型遅れ……なんてことも

前回はタイヤワンメイク化がコスト削減につながるという話題に触れ、チームにとっての負担軽減を中心に話をしましたが、運営方法によってはタイヤメーカーにとっても、ワンメイク化はコスト削減をもたらす変更でもありました。「1レースにつきフロント、リヤともに2種類のスペックを会場に持ち込み、1名のライダーに対して1スペックにつきフロント4本、リヤ6本(つまり2種類合計20本)を供給する」というのが、最終的に決まった2009年の条件。これに対して2008年は、1レースで各ライダーに対して40本のタイヤを供給していました。実際には、ブリヂストンユーザーが1レースで使用してきたタイヤは25本程度が平均だったので、使用本数で考えると半減したわけではないのですが、それでも2008年と比べて2009年に用意する“ライダー1名あたり”のタイヤ本数は半分に減ります。タイヤを供給するライダーの数は倍近くに増えましたが、会場に持ち込むタイヤの本数は2008年と同等か、むしろ少ないくらいでした。

しかもブリヂストンは、ワンメイクでタイヤを供給するにあたり、年間で供給するタイヤのスペックを事前に決定。基本的には、年間で使用するタイヤのスペックをフロント4種類、リヤ7種類に決めて(数が異なる年もあり)、この中からブリヂストンがその大会にマッチするであろうと判断したスペックを、前後とも2種類ずつ会場に持ち込むわけです。そのためブリヂストンは、ドイツの倉庫に全スペックのタイヤを事前に在庫し、使用した分を補充するシステムを構築しました。これによってもっとも削減できるのは輸送費。コンペティション時代のように、新しいタイヤを開発したらすぐに空輸で……なんて必要がないため、タイヤを船便で送れるんです。

コンペティション時代は、例えば初年度にはウェットタイヤを船便で送るなどの取り組みにもチャレンジしたのですが、とくに最初のうちはベーススペックを頻繁に変更していたので、日本で製造したタイヤが輸出入の通関を含めて1ヶ月以上もかけて現地に到着したころには、すでに新しいスペックが開発されていて、船便で送ったタイヤは使えない……なんてことが多くありました。いくら船便のほうが圧倒的に運賃は安くても、使えないタイヤを大量に製造&輸送してムダな経費をかけるリスクを考えたら、運賃は高くても数日後には現地にデリバリーできる空輸のほうが無難という判断から、コンペティション時代はほとんどのタイヤをエアで送っていました。ちなみにあの当時、空輸でタイヤをヨーロッパまで送ると、安くても1本3000円以上だったはずです。他の貨物と一緒になる空輸の混載便だともう少し安くなるのですが、機密保持の観点から航空機用のコンテナを占有したので、割高になってしまうのです。ちなみに使用後のタイヤも、機密保持のため全数日本に返却して、タイヤ工場にある発電設備の焼却場で焼却していました。

輸送費と廃棄タイヤの削減は馬鹿にならない

またワンメイクになれば、ライバルに勝つために新しいタイヤを次々に開発する必要はなくなります。これは開発コストの削減にもつながりますが、同時に廃棄するタイヤを減らせることにもなるんです。それまで、エアでタイヤを送ったとしても、やはり使われることなく廃棄されるタイヤがかなりの数量ありました。新しいタイヤが開発されたら、もう古いベーススペックに基づいたタイヤに用はないわけです。しかしワンメイクでスペックを変更しないなら、廃棄するタイヤが大幅に減ります。タイヤの世界でも、よく“賞味期限”だの“消費期限”なんて言われますが、2年程度ならまったく問題ありません。そして、在庫しておいてもそれくらいの期間にはたいてい使われます。ただし倉庫では先入れ先出しを徹底したので、在庫補充の生産計画も複雑になりました。レース後にはタイムリーに在庫表をもらうのですが、生産手配をしてからドイツに着くまでには、通常の隔週レース開催スパンだと4レース後に間に合うかどうか。使用するスペックも変わりますし、欧州外でのレースが入ったときにはドイツと日本のどちらから送ってどこに戻すかなども調整しなければならず、とくにワンメイク初年度は苦労しました。

全ライダーにタイヤを供給するため、ドイツを拠点とした現地エンジニアの数は増やし、タイヤを交換するフィッターも同じく増強しましたが、2009年に使用した設備はリム組機などを多少増やした程度で、それまでとほぼ同じ。一方で輸送費と廃棄タイヤの削減によるメリットがかなりあったので、2008年と比べて2009年はコストを下げることができました。

スペック決定から急ピッチの準備

ちなみに、ワンメイク化によりライダーがタイヤについて良いコメントすることはまずなくなり、いくら全車にブリヂストンステッカーが貼られているとはいえブランディング効果は薄まるとか、新しいタイヤを必死に開発する必要がなくなるため技術力向上にはつながりづらいというのは、これまで話題にしてきたとおり。代わりに、本当であればワンメイクならではのタイヤづくりに挑戦することも、メーカーがその気になれば可能です。例えば低転がり抵抗のタイヤとか、軽量なタイヤなど……。多少ラップタイムが落ちたとしても、全ライダーが同じタイヤを履くわけですから、問題はないわけです。じつは私自身、新しい時代を見据えたこのようなタイヤの開発について社内で提案してきました。MotoGPで開発したといえば、かなりのPR効果があるからです。しかし、ハードルが高いそれらの開発に着手するには、莫大な費用が必要。それでは、ワンメイク化によるメリットのひとつがまるでなくなってしまうということで、最終的には却下されました。

一方で、実際に2009年に使用するタイヤに向けた準備は、生産を含めてワンメイク化が決まってすぐに取りかかりました。ワンメイク化に関する正式決定が、2008年のラスト2戦となった第17戦マレーシアGPのとき。その翌週には最終戦バレンシアGPが実施され、決勝日の翌日からワンメイクタイヤを使用したテストがあったので、かなり急ピッチで準備を進めたことになります。とはいえ、ブリヂストンのワンメイクになることは事前にある程度想定していたので、供給するタイヤのスペックに関する社内的な検討はほぼ終わっていました。この年は5メーカーにタイヤを供給してきて、各メーカーの特性は把握できていましたし、そもそも2007年あたりからどのメーカーでも同じようなスペックのタイヤがチョイスされることが多くなっていたので、スペック決定に関してそれほど大きな問題はありませんでした。

そして最終戦直後のテストには、2008年に多くのライダーが選択したスペックをモディファイした仕様を2スペック供給。それまでミシュランを履いていたライダーを含め、ほぼすべてのライダーがポジティブなコメントだったので、まずはひと安心したのです。それと同時に、このテスト結果を受けて、2か月半後に迫ったシーズン前のウインターテストと2009年シーズンに向けて工場ではフル生産となり、我々もワンメイクの準備に大忙しとなりました。

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