2024年のWRC(世界ラリー選手権)が伝統のラリー・モンテカルロで開幕しヒョンデのティエリー・ヌービルが勝利した。今季開幕戦で最も注目されたトピックのひとつが、賛否両論の新たなポイントシステムだが、イベントを終えた今、この新制度について考えてみよう。
一見難解に見えるこのポイントシステムは、パドックの関係者やファンの間でも意見が分かれた。ドライバーからも「複雑すぎる」「勝利の価値が下がる」といった声が聞こえていた。
■オジェ、WRCの新ポイントシステムに納得できず「理解できないよ。僕が間違っているといいんだけど……」
まずは、そのポイントシステムについておさらいする。今季からはWRCのイベントをふたつに分割するような形でポイントが割り当てられるようになっており、まず土曜日の時点でのトップ10に18-15-13-10-8-6-4-3-2-1という順でポイントが暫定的に与えられる(これらはラリーを完走することで正式に付与される)。そして大会最終日の日曜日は、その日のステージの合計タイム順に7-6-5-4-3-2-1点がトップ7に与えられるのだ。なお、最終パワーステージの上位5名には引き続き5-4-3-2-1点がボーナスとして付く。
1大会で獲得できる最大ポイントが30という点は、従来と変わらない。しかし新システムになったことで、大量リードでトップに立っていたドライバーが最終日に“置きに行く”走りをするということができなくなった。仮に記録上は優勝だったとしても、最終日のタイムが遅ければ、2位や3位のドライバーよりも獲得ポイントが少なくなるということがあり得るからだ。つまるところ、新ポイントシステムの導入はラリー最終日をよりエキサイティングなものにしたいという側面が大きい。
■開幕戦で新ポイントシステムの影響はあったか?
上記の見出しの答えはイエス。しかし一部のドライバーが恐れていたような影響はなかった。結局、優勝ドライバーのティエリー・ヌービル(ヒョンデ)は最大ポイントの30を稼いでラリー・モンテカルロを終えた。
前述の通り、新システムでは優勝したドライバーの獲得ポイントが2位以下のドライバーより少なくなる可能性がある。motorsport.comが昨年のWRCイベントに今季のポイントシステムを適用して計算したところ、そのような逆転現象が起きるケースはなかったが、ラリー・チリでは優勝したオット・タナク(当時M-スポーツ)と2位ヌービルが同ポイントとなった。
今回のラリー・モンテカルロはヌービルの完勝となったが、新しいポイントシステムの弊害で、ライバルとの差はあまり広がらなかった。旧ポイントシステムではセバスチャン・オジェ(トヨタ)に8点、エルフィン・エバンス(トヨタ)に13点を差をつけられるはずが、オジェとの差は6点、エバンスとの差は9点だ。これは日曜日の配点が7-6-5-4-3-2-1となっていて傾斜がついていないことも関係している。
トヨタの勝田貴元は、勝田は2日目のコースオフで順位を下げたが、その後挽回して7位フィニッシュ。土曜日までのタイムは7番手で4ポイント獲得にとどまったが、日曜日は6位で2ポイント追加、さらにパワーステージ3位で3点を加えたことで、6位のアンドレアス・ミケルセン(ヒョンデ)よりも多くのポイントを獲得した。ただこれはパワーステージの加点という要素が大きかったため、新システムの恩恵を受けたドライバーと言うべきかは微妙なところだ。
その他、M-スポーツのグレゴワール・ミュンスターは土曜日にリタイアとなったにもかかわらず、日曜日のタイムで7位に入って1ポイントを獲得している。
■チームとドライバーはどう見ている?
関係者の多くは、未だこの新しいポイントシステムに納得していない。エバンスは旧システムなら17点の獲得に終わっていたところ21点を獲得できたという、新システムにより得をしたドライバーのひとりだが、彼はこのコンセプトが好きではないという。
「今回はこのポイントシステムに助けられたけど、逆にこのシステムによる敗者も生まれたはずだ。それについては考える必要がある」とエバンスは言う。
またヒョンデのチーム代表であるシリル・アビテブールは、WRC全体の変化には寛容であるが、このシステムにはまだ懸念があるとして、次のように述べた。
「最終的に我々はうまくいった側なので偏った答えになってしまうかもしれないが、我々は戦略ミーティングの時点で、基本的には優勝は狙わない方がいいという結論に達していた」
「何度も言うが、(新システムの)原則は良いし、実際日曜日には優勝争いの2台以外にも多くの見どころがあって良かったと思う。しかしながら、ラリーに勝たなくても良いという見通しが立つことは、正しいとは言えない。良いニュースは、大きな変更の必要がないということだ」
そしてトヨタのヤリ-マティ・ラトバラ代表は、モンテカルロではポイントシステムが機能したと感じている一方で、最終的な判断を下すにはもう少し時間が必要だと考えている。
■今後システムが調整される可能性は?
今季からのポイントシステムに関しては、昨年12月のFIAの声明により「必要に応じて調整できるよう、監視、見直しが行なわれる」ことが明らかにされている。そのため理論上は変更の可能性があるが、それには全会一致の可決が必要。さらにFIA副会長のロバート・リードは、調整が行なわれるのはシステムが「大失敗」に終わった場合だけだとしている。
リードはこう語る。
「世界モータースポーツ評議会はWRC委員会から(新ポイントシステムの)提案を受けたが、その複雑さに疑問を呈した。しかしこれは委員会とメーカーが望んだものだと説明され、評議会も納得した。だから我々としても採用に不満はない」
「我々はいつでも(変更)できるが、シーズン中のルール変更は公平だとは思わない。もし大失敗に終わればそうする(変更する)だろうが、その手の専門家たちが必要だと言っていることを採用したFIAが批判されるのはやや納得がいかない」
■システムを最大限活用する方法は?
新ポイントシステムの初戦となったラリー・モンテカルロでは、タイトル争いがより激しいものとなる可能性の一端が垣間見られた。もちろん、対策が必要なルールの抜け穴が出てくる可能性もあるが……。
このシステムの最終的な成否は、WRCがいかに既存のファンを教育し、なおかつ新たなファン層を取り込めるかにかかっている。WRCの解説者たちがこのシステムを親切丁寧に説明したことは当然素晴らしいが、欲を言えば中継画面の中でライブポイントなどのグラフィックがあれば尚良かっただろう。そうすれば、ファンも今まで以上にラリーの成り行きを楽しめたはずだ。
WRCのイベントディレクターを務めるサイモン・ラーキンも、新システムを定着させるためにできる限りのことをしていくと語る。また、このシステムはチャンピオン争いではなく、各ラリーの筋書きに影響を与えるものだと説明した。
「チームや我々、そしてFIAでも数々のシミュレーションが行なわれた。これがチャンピオンシップの結果に影響を与える可能性があるのか? おそらくノーだ。では、イベント毎に紡がれるストーリーに影響があるのかと言われれば、間違いなくそうだと言える。この競技の信頼性への影響についてはまだ議論の余地があるが、我々はそこが揺らぐとは思っていない」
WRCのイベントフォーマットを改善するためには何かしらの変革が必要だったのだから、この勇気ある決断をした関係者は賞賛に値する。もちろんその成否は時間が経ってみないと分からない。
この日曜日のラリーを盛り上げる“スーパーサンデー”のフォーマットは新たな顧客を獲得する可能性を持っているが、問題はその魅力をどう可視化するかだ。日本では今季からABEMAが無料配信をスタートさせたが、世界的にもWRCはほとんどが有料放送。日曜日のアクションだけでもソーシャルメディアなどで見せることができれば、将来的にはプラスになるかもしれない。
また、日曜のラリーをスプリント寄りにすることで、アクション満載のラリーとなり、にわかファンもカジュアルに消費することができるかもしれない。現在のポイントシステムの是非を巡って議論を続けるよりも、そういった模索を続けることの方がWRCにとっては重要なのかもしれない。
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