番組ディレクターの耳を疑う言葉
2024年春、「物流業界の2024年問題」に関する注目が高まり、4月1日の節目を迎えると、筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)のような特定のメディアに属さない“野良犬”ジャーナリストにも、テレビやラジオから出演のオファーが増えた。
筆者自身、元引っ越し会社のトラックドライバーとしての経験もあり、「引っ越し難民問題」(引っ越しをしたくても、引っ越し会社が対応しきれず、引っ越しができない問題)についても多くのコメントを求められることがあった。
ある情報番組に出演したときの話である。リハーサルを終えた後、番組のディレクターが筆者にこういった。
「あなたは、そんなに物流クライシスを訴えたいのか?」
その言葉に、筆者は驚きつつも、「当たり前です」と思いながら、ディレクターの意図が理解できなかった。物流の2024年問題は、すべての日本人に影響を及ぼす深刻な社会問題であり、それを訴えることがなぜ問題なのかわからなかったのだ。
「番組の主な視聴者層は主婦で、真剣に社会課題を取り上げるような内容ではない」
「番組のコンセプトは、社会の動向をふわっとした、ゆるい感じで伝えることだ」
戸惑う筆者に対し、アシスタントディレクターが説明してくれた。
要するに、番組の視聴者が番組を見て、思わず家事を止めて「私たちの生活にも大きな影響がある社会課題なのか……」と深刻に考えるようになるのは避けたかったということだ。そうではなく、
「あ~、世の中大変なのね」
と軽く感じてもらうのが、この番組のテイストだという。つまり、この番組では、物流クライシスのような深刻な問題を「メシウマ」のネタとして消費しているのだ。
「メシウマ = 他人の不幸で今日も飯がうまい」
がこの番組の隠れたコンセプトであるため、筆者が視聴者を不安にさせて、「自分の不幸で今日は飯がまずい」と思わせることは、ディレクターが避けたかったことだったのだ。
「かわいそうなドライバー」が求められる理由
なぜ、テレビは「宅配」ばかりを取り上げるのか――。
テレビ側は「宅配が多くの視聴者にとって身近な話題だから」と答えるだろう。それ自体は間違いではなく、重要な理由のひとつではある。しかし本音は「視聴率が取れるから」だ。
余談だが、筆者が出演した宅配をテーマにした番組では、視聴者からの質問や感想が普段の倍以上寄せられた。宅配問題は視聴率が取れるテーマなのだ。さらにいえば、宅配を取り上げることで、
「再配達に苦しむかわいそうなドライバー」
の実態も自然に取り上げられる。これは視聴者にとって最適なメシウマのネタとなる。
再配達がドライバーを苦しめるという図式はわかりやすく、共感を呼びやすいが、視聴者にとっての実害は少ない。再配達を減らさないと、今後ECや通販の翌日配達が維持できなくなるかもしれない。しかし、翌々日、あるいは3日後など、注文から発注までのリードタイムが長くなった場合、本当に困る人は限られるだろう。実際、
「配送を急がない人向けオプションの利用意向は87.1%」(MMD研究所)
という調査結果もある。ECや通販で注文した商品が明日(または今日)届かないと生活に支障が出る場面は、そう頻繁に起こるわけではない。ちなみに、
「数万円もする個人宅用宅配ボックスを設置しろ」
と呼びかけると、視聴者からの反発が急に強くなる。これは、視聴者が“自己犠牲”を感じ、メシウマの範囲を超えたことで、心理的防衛反応が働いた結果だと思われる。
正直なところ、ニュースも「娯楽の一部」として消費されるという側面があるため、これが現実なのだ。
物流への理解不足が引き起こす誤解
もうひとつ、宅配ばかりが報じられる理由には、世間一般の物流に対する理解不足がある。
筆者は物流事業者でのインターンシップのディレクションを行っているが、参加した高校生や大学生に
「君たちが知っている運送会社の名前を挙げて」
と聞いても、ヤマト運輸や佐川急便以外の名前が出ることはほとんどない。それどころか、
「君たちがコンビニで買うおにぎりも、物流がなければ君たちの手元には届かないんだよ」
と説明すると、初めて気づく生徒や学生も少なくない。このような物流への理解不足は、若者だけの問題ではない。
ある物流事業者の採用担当者が高校の進路指導部を訪ねたとき、教師から
「物流ですか。だったら、トラックドライバーの募集ですね」
といわれたことがあった。この教師は、「物流 = トラックドライバー」という考え方をしていて、
・倉庫作業員
・事務職
などが物流事業者にいることを想像できなかったのだろう。
ある小売業の部長は、世の中の荷物の大半はヤマト運輸と佐川急便が運び、その他の運送会社はこの2社の下請けだと思っていた。「日通もありますよ」と伝えると、
「もちろん例外もあるでしょう」
と返されたが、いまだにその意味がわからない。
余談だが、物流業界の関係者から
「テレビはヤマト運輸など、大手事業者のニュースしか取り上げない」
と不満を聞くことがある。これは、中小企業の取り組みがメディアに取り上げられにくいという事情もあるが、知名度が低い企業のニュースは、視聴率が取れないため報じられにくいという現実もあるのだろう。
広報活動を怠ってきた物流業界
物流は「産業の血液」と呼ばれ、社会を支える重要なインフラであり、人々が健全で健康的な日常を送るためには欠かせない存在だ。しかし、これまで物流業界はあまりにも黒子に徹しすぎていて、自分たちの活動をアピールすることが足りなかった。筆者はよく
「昭和・平成初期の時代に物流業界がもっと広報活動に力を入れていたら、現在の物流クライシスももう少し違った形になっていたのではないか」
と感じている。その結果が、
「宅配しか取り上げてくれないテレビニュース」
だ。もしテレビでトラック輸送の大半を占める企業間物流を取り上げようとすると、
・製造業の仕組み
・物流のビジネス構造
を説明するだけで相当な時間がかかる。それでは視聴者が飽きてしまい、視聴率も取れないだろう。つまり、「宅配しか取り上げてくれない」テレビの現状は、物流業界が広報活動を怠ってきたツケともいえる。だからこそ、物流従事者は「宅配しか取り上げてくれない」と嘆くのではなく、
「ついにテレビでも物流が報じられるようになった」
と喜ぶべきだと思う。
本音をいうと、筆者も宅配だけに焦点を当てられることには不満を感じる。さらに、「あなたは、そんなに物流クライシスを訴えたいのか?」といわれたときは、正直、怒りを覚えた。
もっと伝えるべき物流の重要性
企業間物流のニュースがテレビで日常的に報じられるようになるためには、まず宅配のように一般の人々にもわかりやすい物流から伝えていく必要がある。そして、そのためには、テレビのディレクターなどに物流の基本をしっかり理解してもらうことが重要だ。
ちなみに、筆者はテレビに出演する際、テーマに沿った説明資料を作成する。この資料作りは、ときには記事を書くよりも手間がかかるが、物流の重要性を理解してもらうためには欠かせない作業だ。
一方、ラジオではもっと深い内容を話せることもある。辛坊治郎氏の番組に出演した際、台本では筆者が説明すべきだった物流の2024年問題の説明を辛坊氏が代わりに行い、「というのが『物流の2024年問題』の説明ですが、専門家から見てどうなんですか?」といわれたとき、筆者は
「さあ、もっと本質的なことを話してくださいよ」
とチャンスをもらったように感じ、背筋がゾクゾクした。
日本社会が直面している物流クライシスに立ち向かうためには、人々の理解と協力が必要不可欠だ。だからこそ、物流に関わる人々だけでなく、一般の人々にももっと物流に関心を持ってほしい。実際、物流は皆さんの生活に深く関わっていることを、まだ多くの人が気づいていないだけなのだ。
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みんなのコメント
パンが無ければケーキを食べなさい的な。そういう人いますね特に若い人で。
社会の仕組み、構造に疑問を持たない、興味が無い、考えない想像も膨らませない。
金をゲットする、それで物を買って生きていく。 考える方がそこで終わる人。
スーパー行けば食べ物は売っているしネットで物買えば家に到着するしそういう風になってるでしょで、そこまでしか考えて生きていない人は実際に沢山いそうでそういう人は当然物流が何処に関わっているかの予測も想像もした事など無いでしょう。
答えは生活の全て、ALLですよ。
あ、完全な自給自足してる人だけは別ですがそんな人は存在しない。