6月17~18日に宮城県のスポーツランドSUGOで行われた全日本スーパーフォーミュラ選手権第5戦。ホンダエンジンユーザーのピットに、普段の国内レースでは見たことのない大男の姿があった。彼の名はデイビッド・ソルターズ。ホンダの北米におけるモータースポーツ活動を司るHPD(ホンダ・パフォーマンス・デベロップメント)の社長である。
果たして、ソルターズ氏はどのような目的で、スーパーフォーミュラの現場に訪れたのか。決勝日の朝、HRCを通じて取材に応じてくれたソルターズ氏に、来日目的やスーパーフォーミュラの印象、さらには日本と北米のレースとの連携などについて、聞いた。
年1回のカナダ戦は終盤に大荒れ。ガス欠覚悟の賭けに出たMSRアキュラがデイトナ以来の勝利/IMSA
■「オオユとも話すことができた」
ソルターズ氏は1995年にコスワースに入り、フォードのチャンプカー(CART)プログラムでデザインと開発に従事。2000年からはイルモアに移り、その後はメルセデスでF1のV10エンジン開発に携わった。2006年からはフェラーリに移籍しV8エンジン(+KERS)の開発責任者となり、その後はV6エンジンも担当。2015年にHPDへと加わり、チーフエンジニア、エンジン&シャシーのテクニカル・ディレクターを歴任した後、2020年12月より社長の座に就いている。
イギリス出身のソルターズ氏だが、現在はHPDのヘッドクォーターがあるアメリカ・カリフォルニア州をベースとしている。SUGO訪問時はちょうど、世界を巡る6週間もの長期出張の真っ最中だった。
──今回SUGOにいらした目的を教えてください。
DS:今回は(栃木県さくら市の)HRC Sakuraで仕事があったので日本に来ました。スーパーフォーミュラについてはよく知りませんでしたので、私自身の勉強になると思い、ちょうどこのSUGOでの開催タイミングということでこちらに来ることにしました。休暇というわけではありませんが、個人的に「見たい」と思ったので、来たのです。
──サーキットの雰囲気や、昨日の予選のコンペティションなど、どのように感じましたか?
DS:とても楽しみました。まずは、クルマが速いですよね。コーナリングスピードは本当に素晴らしいですし、お客さんもすごく盛り上がっていて楽しそうですね。才能あふれた若い選手もたくさんいますし、ラップタイムもものすごく接近しています。これまでももちろん(スーパーフォーミュラを)フォローはしていましたが、生で見るのは初めて。実際に体験してみることは、常に勉強になるものですね。
──来場するにあたって、どのドライバーを見てみたい、などというプランは立てていたのでしょうか。
DS:全体的に見渡して自分自身の勉強になれば、と思っていました。もちろん、我々には(フォーミュラ・リージョナル・アメリカズ王者をSFに参戦させる)スカラシップがありますので、ラウル(・ハイマン)やB-MAXは見たかったですし、挨拶もしたかった。それも(SUGOヘ来た)理由のひとつです。
──そのハイマン選手の今季のパフォーマンスに関してはいかがでしょう。
DS:彼にとっては非常に新しい環境ですし、チームにとっても2台体制ということで、双方が勉強中ではないかと思います。ご存知のように、非常にコンペティションが激しいシリーズですので、チームとドライバーにとっては大変な環境かと思います。
──このスカラシップの今後については、どのようなプランをお持ちでしょうか。
DS:とても幸いなことに、ホンダはグローバルにモータースポーツ活動を展開していますので、どのようにコラボレーションしていくかは(多くの選択肢のなかから)これから考えていくことになります。
ただ、すでにホンダ内には素晴らしい環境があります。たとえば昨日(6月17日)、ホンダはスーパーフォーミュラでも、F1でも、インディカーでも、EWCでもポールポジションを獲得して素晴らしい週末となりました。悪くない結果ですよね?(笑) これがホンダで仕事をしている素晴らしさでもあります。それぞれの大陸で、ホンダがトップを走っているわけです。
こういったことは世界中のカスタマーにとって重要な環境であることはもちろん、ファンが我々の活動を見てくれるというのも重要です。これだけの数のカテゴリーのモータースポーツに取り組み、ファンの方々が夢中になって応援してくれるのは、ホンダだけだと思っています。
──ハイマン選手以外に昨日話をしたドライバー、とくに日本人ドライバーはいましたか?
DS:リアム(・ローソン)とも話はしましたし、ポールポジションのオオユ(大湯都史樹)とも話すことができました。もちろん、彼らはレースに集中しているので、あまり邪魔にならないようにしましたが。あとは、スーパーフォーミュラ・ライツの雰囲気も見ました。
私は(もともと)エンジニアですので、マシンの内部を覗き見ることも大事です。スプリングのトーションであるとか、エンジンの取り付け方法であるとかの細かいところも……。そのあたりも楽しみましたよ(笑)。アイデアは還元できるものですからね。
──それなら、ぜひスーパーGTも見にいらしてほしいですね(笑)。
DS:そうですね。でももうアメリカに戻らないといけないのです。来週にはIMSA(ウェザーテック・スポーツカー選手権のワトキンス・グレン6時間)があり、そこではGTPカー(アキュラARX-06)が走りますから。その翌週はインディカーのミド・オハイオに行きますし……とても忙しいですね(笑)。
■「スポーツカーはワールドクラスのドライバーでないと務まらない」
──たとえば、ここスーパーフォーミュラに出場しているドライバーが、IMSAやインディカーに出るようになれば我々日本人としては面白いのですが、そういった可能性はありますか?
DS:もちろん、ここには才能に溢れたドライバーがたくさんいると思います。ただ、(IMSAなどの)スポーツカーのレベルは、非常に高い。プロフェッショナルな、ワールドクラスのスポーツカードライバーでなければ務まりません。ポルシェ、キャデラック、BMW、アキュラなどで、とてもハイレベルな戦いが繰り広げられています。スポーツカーレースでは、(異なるクラスの)トラフィックの経験も必要です。すべてのラップでそれが必要ですから、ワールドクラスのトップドライバーが必要なのです。もちろん、才能があるドライバーならば、どんなレースでも活躍はできるはずですが。
──ところで、今年のル・マン24時間はご覧になりましたか?
DS:ええ。(ハイパーカーが)4ワイドになったりして、インディ500を見ているかと思いましたよ(笑)。ハイブリッドを搭載したトップカテゴリーで、さまざまなマニュファクチャラーが首位に立つ場面がありましたし、ファンにとっては非常に良いものだったと思います。バトルがあるというのが良かったですし、素晴らしいレースに見えました。
──トヨタからWECに出場している小林可夢偉選手や平川亮選手もこのスーパーフォーミュラに参戦していますが、彼らよりも成績が上のドライバーもここにはいます。そういったドライバーたちが、佐藤琢磨選手のようにアメリカや世界で活躍するところを見てみたい、とも思うのですが。
DS:オーケー、理解しました(笑)。もちろん(その決定には)参戦チームや機会、予算やスポンサーといったものがすべて関わります。(日本人ドライバーの)才能はとてもあると思いますので、そのレベルを拝見できたということは、今回こちらに来て非常に良かったと思っています。
──すでにウェイン・テイラー・レーシングは来季2台目のARX-06を投入すると発表済みですが、HPDとして今後さらに台数を拡大してくような計画、あるいはWECにも進出するような計画はありますか。
DS:さぁ、どうでしょうね(笑)。IMSA、ACO、FIA WECというオーガナイザーのおかげで、(ハイパーカー/GTPは)とてもいいカテゴリーになっていると思います。ただ、これはホンダとアキュラの内部での、ビジネスとして成立するかという議論になります。
もちろん、私個人の意見はありますし、希望もありますけどね。HPDとして一番大事なのは、IMSAで活躍すること。まずはそこでいい結果を出すことが重要で、その先はホンダの戦略がどう進むか次第です。私の仕事上の責任はまずIMSAですから、そこに集中して頑張りたいと思います。
* * * * * *
WECをめぐるソルターズ氏の発言はこれまでと同様、慎重なものに終始したが、日本のレースのエンジニアリングやドライバーのレベルの高さについては、今回の来日で少なからぬ発見があったのではないだろうか。
願わくば、『トラフィックのあるレース』として、ぜひスーパーGTにも視察に訪れてもらい、世界トップレベルのスポーカーレースにも通用する、日本のドライバーの技量の高さを感じてもらえる機会があれば幸いだ。
通訳協力:伊藤ソニア
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