今季限りでのフェラーリ離脱が決まっていたカルロス・サインツJr.の来季所属先がようやく決定した。ウイリアムズだ。様々な噂や憶測が生まれ、それを否定してはまた新たな噂が浮上する……そんな繰り返しに終止符を打つことになった。
今シーズン開幕前、ルイス・ハミルトンが来季のフェラーリ移籍を電撃発表したことで、サインツJr.は早々にフリーエージェントとなった。経験豊富で優勝の実績もあるドライバーということもあって、躍進を狙いたい中団チームを中心に獲得希望者には事欠かなかった。
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サインツJr.の確かな実力は経歴を見ても明らかだ。トロロッソ(現RB)からデビューしてマックス・フェルスタッペンと張り合うパフォーマンスを見せると、その後移籍したマクラーレンでは当時新人だったランド・ノリスと組み、安定感ある走りを見せてチームを牽引。フェラーリ加入後も、エースであるシャルル・ルクレールと互角に渡り合っている。サインツJr.は世代を代表するトップドライバーのひとりだと言える。
サインツJr.を納得させられなかったザウバー/アウディ
そんなサインツJr.を来季に向けて獲得できる可能性があることが分かった時、真っ先に触手を伸ばしたのがザウバーだった。ザウバーは新規則初年度の2026年からアウディのワークスチームになるため、そこでインパクトある活躍を見せたいと考えていた。そのため彼らは、ニコ・ヒュルケンベルグと共にサインツJr.にも非常に魅力的なオファーを出していたという。
しかしサインツJr.は、ザウバーの躍進を心から確信することができなかった。チームは今季開幕から無得点が続き、ランキング最下位に低迷。経営面でも、当時ザウバーのオーナーだったフィン・ラウジングが、そう長く所有しないチームに対して資金を投じることに消極的だったためにアウディが買収プロセスを急ぐなど、舞台裏でもバタついていた。
しかも当時のサインツJr.には、トップチーム入りの選択肢が多く開かれていた。ハミルトンが抜けるメルセデスに加入するということも当然考えられたし、レッドブルはセルジオ・ペレスとの契約を延長していなかった。逆に、これらのチームにフェルナンド・アロンソが引き抜かれた場合、その後任としてアストンマーティンに移籍するというチャンスもあっただろう。
結局、それは夢物語だったのかもしれない。アストンもアロンソとの契約を延長し、同じくレッドブルもペレスを残留させることを決めた。
そしてメルセデスも、アンドレア・キミ・アントネッリの加入が早くから有力視されるようになった。メルセデスのトト・ウルフ代表は、2014年にマックス・フェルスタッペン獲得に失敗した経験から、この17歳の逸材を逃したくないと考えているため、仮にサインツJr.が来季メルセデスに加入できたとしても、1年程度しか所属できなかったかもしれない。
そんな中でウイリアムズのオファーはサインツJr.にとって魅力的だった。実際、アウディと比べると金銭的に見劣りしたのは確かだろう。そして現状を考えると、ウイリアムズはまだ設備投資が必要な状況であり、すぐに中団~下位から脱出するという希望もほとんどないのが実情だろう。しかしアウディはアンドレアス・ザイドルCEOとオリバー・ホフマン会長の内部抗争が表面するなど、参戦準備が停滞している印象があった。一方でウイリアムズはジェームス・ボウルズ代表がオーナーのドリルトン・キャピタルのサポートの下、自身のビジョンを実行に移すという体制が確立されていた。
そして先週のベルギーGPでは、ボウルズ代表がサインツJr.獲得レースの先頭に立っていると宣言するに至った。ただ彼は「オッズ的には我々が有利だと思う」とした一方で「ただ今年既に痛い目に遭っているから、様子見だね」と話した。これは、ウイリアムズでほぼ決まりとなっていた状況下でアルピーヌに横槍を入れられたことを示唆しているのではないだろうか。
土壇場で“参戦”したアルピーヌは魅力的なオファーを提示
アルピーヌは、今季限りでエステバン・オコンとの契約を解除することになり、シートが1席空いている状態。SNSではオコンが一方的に解雇されたように言われているが、両者は相互に不満を溜めていたと見られる。オコンはチームがドライバーの意見に耳を傾けないことに憤慨していたし、チームはオコンとピエール・ガスリーの確執に辟易していた。そんな折に加入したのが、ベネトン/ルノー時代にチームを率いた重鎮フラビオ・ブリアトーレだった。
ブリアトーレはアルピーヌの状況を一変させようとした。彼はドライバー市場でベストな存在であるサインツJr.をなぜオコンと交代させないか疑問に思っており、サインツJr.に対して魅力的なプランを提示した。それは性能が劣っているとされるルノー製パワーユニットを放棄し、メルセデスのカスタマーPUを使用するという方針だった。
サインツJr.としても、この魅力的な誘いを前にウイリアムズとの交渉を中断せざるを得なかった。これも彼の決断が遅れた一因であり、ボウルズの眉間にも冷や汗が流れ落ちたことだろう。
他にも、やや状況が複雑になっていた箇所がある。レッドブルはペレスとの契約を延長したものの、彼のパフォーマンスは下降線を辿っており、去就に関する噂が再燃。メルセデスも、アントネッリがF2でなかなか勝てず、F1昇格への準備が整っていないと自他共に認める状態だった。
そのためボウルズは、別のドライバーと交渉を始める必要があった。ザウバーのバルテリ・ボッタスはサインツJr.獲得に失敗した場合の第一候補だった。また、オコンも選択肢にあったようだ(オコンは最終的にハースと契約)。
サインツJr.の最終的な決断は、ウイリアムズかアルピーヌかという2択に絞られた。一貫したビジョンと安定性を備えているウイリアムズと、ルノーがチーム売却を決断しないよう、準メーカー的立場にシフトしようとしているアルピーヌ……。ブリアトーレの存在はアルピーヌにとって強みになる可能性があったが、彼はこの短時間で十分な影響力を発揮することができなかったと言える。
そしてサインツJr.はウイリアムズ加入を決めた。契約年数は2年+オプション付き。トップチームのシートを確保できる際は契約を解除できる条項が含まれているのではという話もあったが、ボウルズはこれを否定している。
ではなぜ、ウイリアムズだったのか? ボウルズはサインツJr.獲得を確信していたスパで、サインツJr.から言われたことの中で最も印象的だったコメントとして、次のような言葉を挙げた。
「僕が決断をする上でこういう姿勢なのは、100%全身全霊で打ち込みたいからだ。そうするためには一切の疑念を持っちゃいけないんだ」
ウイリアムズでのプロジェクトは、サインツJr.にとってある種のロマンスを感じるものかもしれない。1997年以来タイトルから遠ざかり、一時はロータスやブラバムと同様にチーム消滅の危機もあった名門チームを復活させる機会がサインツJr.に与えられたのだ。
そしてアレクサンダー・アルボンとの強力なラインアップが形成されたことも、チームにとっては大きいだろう。ニコラス・ラティフィやローガン・サージェントはアルボンに匹敵するパフォーマンスを見せられなかったが、サインツJr.の加入がアルボンにとって刺激となる可能性は十分ある。
これで、来季のシートで空きとなっているのはメルセデス、RB、アルピーヌ、ザウバーの1席ずつとなった。レッドブルもとりあえず、ペレスをチームに残留させる流れのようだ。F1は約1ヵ月のサマーブレイクに入ったが、残りのシートもあっさりと決まってしまうのだろうか。
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