スーパーGTを戦うJAF-GT見たさに来日してしまうほどのレース好きで数多くのレースを取材しているイギリス人モータースポーツジャーナリストのサム・コリンズが、その取材活動のなかで記憶に残ったレースを当時の思い出とともにふり返ります。
今回は2014年F1日本GPの後編。台風接近に伴う悪天候によりセーフティカースタートとなった決勝では44周目にジュール・ビアンキのクラッシュが発生しました。当時、現場で取材活動を行っていたコリンズが、改めて当時の状況をレポートします。
2014年F1日本GP開幕前夜に見たケータハム“終わりの始まり”【日本のレース通サム・コリンズの忘れられない1戦】
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2014年のF1日本GP、F1メディアがもっとも関心を寄せたのは日本、そして鈴鹿サーキットに接近していた台風18号『ファンフォン』だった。台風は決勝日には日本へ上陸すると見られ、メディアの間では決勝が1日前倒しされるのではないか、あるいは月曜日に延期されるのではないか、あるいは日曜日の早い時間に開催されるのではないかという議論や憶測が飛び交った。
この“予想合戦”は予選日である土曜日まで続き、私がサーキットを離れ、名古屋の栄まで戻り同僚たちとビールを飲んでいるときも続いていた。
ちなみに栄は私が鈴鹿サーキットを訪れるとき、よく滞在していた街だ。サーキットにより近い白子や四日市よりもバーが多いというのがその理由だったが、最近はもっぱら白子に滞在することが多い。アルコールよりも距離を優先するようになったあたり、私も歳を取ったのかもしれない。
あのレースウイーク中、私はケータハムの取材に多くの時間を割いていた。このおかげで2014年型マシンについて、技術面の詳細なインタビューを取ることができた。当時、チームは財政危機にあったが、日本GPのレースウイークを見る限りは極めて平穏に見えた……残念ながら、その見立ては間違いだったが。
決勝レースが行われる日曜日の朝、私は6時ごろに目を覚まし、ホテルの窓から外の様子を確かめた。大雨が降っていた。これは接近していた台風18号ファンフォンがもたらすものの先触れのはずだった。
私はこのような天候が続くのであればレースが実施されることはないと思った。それくらい強い雨が降っていたのだ。そこで私はホテルの部屋を出て、ロビーにあるコーヒーショップに向かった。そこで温かいラテを飲みながら、東京に戻ろうかと真剣に考えたのだ。
台風が接近してくれば電車は運行を取りやめてしまう。私はなんとしても東京行きの新幹線に乗りたかった。しかし、(たしか2杯目の)コーヒーを飲み終えたころ、雨は小降りになっていた。そして、それと同時にメディアの間でレース時間が早まるかもしれないという噂が流れ始めた。
そこで私は考えを改め、サーキットへ向かうことにした。到着した時は雨など降っていなかった。コンディションを考えて関係者の多くはレース時間が早まるだろうと思っていが、そうならなかった。結局、時間が経つにつれ天候は悪化していき、レース開始予定時刻にはひどいウエットコンディションになっていた。
レース自体はセーフティカー先導でスタートしたが、場内放送から流れてくるドライバー無線からコンディションの悪さが伺えた。そして最終コーナーでマーカス・エリクソン(ケータハム)がスピンしたとき、レースは一時中断されるべきだと誰もが思い、実際に赤旗が出されて中断された。
しかし、それと同時にレース再開に向けたわずかな望みも出てきた。天候が変わり、レースを行える程度に路面コンディションが改善されてきたのだ。そして最終的にレースは再開され、見ごたえあるバトルが繰り広げられた。
ウエットコンディションを活かしたジェンソン・バトンは、マクラーレン・メルセデスで素晴らしい走りを見せた。2009年のF1世界チャンピオンであるバトンとチームは、新たなパワーユニット・パートナーとなるホンダに自分たちのパフォーマンスをみせつけていた。
■ふたたびの雨とビアンキのクラッシュ
だが、ピットストップが相次いだ後、36周目にふたたび雨が降り始めた。またセーフティカー導入やレースの中断が起きると、サーキットは暗闇に覆われ全53周というレース距離を完走することはできなくなるだろう。
レース43周を迎えるころには雨あしも激しくなっていた。このとき、私は同僚にフィニッシュラインのマーシャルポストを見るように促したことを覚えている。ポストでは作業するマーシャルのためにライトが点灯していたのだ。
これを見て、私はSNSに「このまま続けてもレース距離を完走できるわけはないのだから中止にすべきだ。台風が近づいており、あたりは暗くなっているし、F1マシンにはヘッドライトも付いていないだから」と投稿した私は、東京に戻らなかったことを少し後悔した。コンビニでヌードルとビールを買って、台風が過ぎるのをゆっくり待っていたかった。
しかし、そんな思いにふけっていた直後、ザウバーの1台がダンロップコーナーでコースオフした。その直後、私の脳内からはビールやヌードルはもちろん、台風、そしてレース中にマクラレーンが繰り出したクレバーなピット戦略についての感想もどこかへ消えてしまった。
メディアセンターのスクリーンにはザウバーのガレージが映った。そこではチームスタッフがリラックした様子で言葉を交わしている姿が確認できた。すると突然セーフティカーが出動し、それと同時にインフォメーションスクリーンにコース上でクラッシュがあったと通知が出された。しかし、そのスクリーンではクラッシュの詳細は確認できなかった。
すると、同じイギリス人記者で親友のクリス・メドランドが「(ジュール)ビアンキがコースオフしたと思う」と言った。メドランドは、カメラが切り替わる前にスクリーン上で赤いカラーリングのマシンを見たと言うのだ。
しかし私たちはプレスルームのスクリーンでクラッシュを確認できていなかった。かなり時間が経った後、クラッシュの場面がテレビでも放送されていなかったことを知った。そして残念ながら、ビアンキがクラッシュしたというメドランドの発言は間違っていなかった。
この後、私がどのように立ち回ったかは時系列が曖昧だが、ビアンキがダンロップコーナーでエイドリアン・スーティルが乗っていたマシンを回収していたクルマに追突したことはすぐに知ることができた。
メディアセンターで公開された写真でマシンの損傷具合を見た限り、ビアンキが即死しなかったことは奇跡に思えた。ロールフープ全体がシャシーから完全に外れており、私はそこにかかったであろう負荷を想像して衝撃を受けた。
今回のレースとクラッシュについて、パドックでニキ・ラウダと言葉を交わしたことや、ドクターヘリが悪天候で飛べず、ビアンキが救急車で搬送されたことも覚えている。その時、ラウダが発した「モータースポーツは危険だ。何も起きなければそのことに慣れてしまうが、突然誰もが驚かされることになる」という言葉が頭から離れない。この出来事は、モータースポーツが危険と隣り合わせであること、最悪の場合が起こり得ることを象徴するものだった。
レース後数時間は、多くの不正確な報道がなされ、さまざまな憶測や画一化された意見が飛び交っていた。だから私は公式な報告が発表されてからクラッシュ原因について取材を進めることにした。しかし、公式報告は何カ月も後に発表された。そしてビアンキは、このクラッシュで負った怪我がもとでこの世を去った。
またレースウイーク直前に、私が資産差し押さえを報じたケータハムも、その後完全な状態でレースを戦うことはできなかったし、マルシャも同様だった。この2チームの名は2014年シーズン末にF1界から消えてしまった。マルシャ自体はマノーに名前を変えたが、その後数シーズンも苦戦を強いられ、最終的には消滅した。
ケータハムについて、あのとき実際は何が起きていたのか、私が行った取材は長期に渡り、書きあげたレポートはまるでハリウッド映画の脚本のように奇妙で壮大な物語になっていた。これについての詳細は、また別の機会があればお伝えしたい。
2014年のF1日本GPは長く、奇妙で、難しい週末だったが、F1も、そして私も多くを学んだ週末となった。私がこれまで取材してきたレースのなかでもっとも記憶に残るレースであることは間違いない。それにはいい理由もあるし、明らかによくない理由もある。
最後に、F1カレンダーに含まれるサーキットのなかで、鈴鹿は今でも私のお気に入りであることも明言しておく。
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サム・コリンズ(Sam Collins)
F1のほかWEC世界耐久選手権、GTカーレース、学生フォーミュラなど、幅広いジャンルをカバーするイギリス出身のモータースポーツジャーナリスト。スーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権の情報にも精通しており、英語圏向け放送の解説を務めることも。近年はジャーナリストを務めるかたわら、政界にも進出している。
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