もくじ
前編
ー フィアットは苦しんでいた
ー フィアット500、堂々と
ー レトロスペクティブ強迫症
ー ファッションの虜がまた1台
ー 世界最高峰のファンカー
「小さくない」ミニの時代 歴史上の反省、今後の野望は? インタビュー
後編
ー ミニのデザインはおかしい
ー 量ではなく、質をとった
ー 「乗ると、ミニのほうがイイ」
ー で、結局どっちが勝つ?
フィアットは苦しんでいた
オリジナルを侮辱しているとして、2000年当時僕ら自動車メディア関係者はニュー・ミニを酷評した。言うまでもなくスペース効率のよくないクルマだったし、こんなの売れないだろうとも僕らは言った。
でも実際にはニュー・ミニは売れた。オリジナルへの尊敬もスペース効率も関係なく。売れたどころか、自動車セールス界におけるここ10年間で最大の事件になった。
ニュー・ミニに対する自動車マスコミ界の評価を受けてBMWが2000年以降プレス連中の発言など取り合わないと決めていたとしても、それはそれで理解できることだった。つまり、それっくらい僕らは大ハズシしちゃったわけだ。
一方その頃、フィアットはジタバタ苦しんでいた。
アーバンお買い物カー作りのDNAがしっかり刷り込まれていることにかけてはほかのどこにも負けない万年Bクラスの小型車メーカーは、ドイツのスポーツ・サルーン屋が自分たちの金城湯池とも言うべきコアなテリトリーを荒らしまくるのをただ手をこまねいて見ているしかなかった。
さぞかしおツラかったことでしょう。
フィアット500、堂々と
新型500の誕生を知らしめるべく、フィアットはトリノを事実上クローズしてしまった。要は、街全体をイベント会場にしてしまった。ちょっとオドロキ。あんなことして大丈夫だったのか。
街角のあらゆるところに、新しいベイビー・フィアットを讃えるためのナンかがあった。あるいは起きていた。
「You are, we car」と意味わかりづらい言葉が掲げられたビルボード。ウォーターフロントどころか半分水上までハミ出しちゃってるような特設ステージでのイカレたライブ。フィーチャリング新旧両チンクエチェント。
それを見物する何千もの観客。僕ら含めて。ダメ押しは消防車のパフォーマンス。キョーレツすぎて、そのせいで路駐してるたいがいのクルマは夜中までアラームが鳴りっぱなしだった。
一大スペクタクルを座って眺めつつ、僕はあることを思い出していた。2004年に初めてコンセプトカーを見て目をパチクリさせちゃったときのことを。
それにしても、なんでまた生産化までにこんなに長くの時間がかかったのか。不思議すぎて、そのことしか考えられなかった。
まさにバッチリこれぞ正解、のそのカタチ。これこそはフィアットが必要としているものであり、かつまたミニ登場からこのかたずっと彼らが必要としていたものでもある。
レトロスペクティブ強迫症
さて翌朝。トリノ中が二日酔いから覚めてるだろう今、なぜかたまたま僕らの手元にはミニ・ワンが1台ある。
新型500の日本での値段や仕様の詳細をフィアットはまだ公表していないだろうけど、イタリアでの価格帯(150万~200万円)よりは高くなると思う。それでも新型500はミニより安いはずだ。
装備テンコ盛り状態のしかも最強エンジン搭載仕様で(今回借りたのがちょうどそれ)かろうじてミニのショボいやつ(218万円する)、つまりこのワンと重なるくらい。
なんだけど、この際、値段云々はどうでもいい。
なぜって、究極クールな都会のアシ大賞獲得を決めるコンペティションに参加する資格のあるクルマは現在この2台しかないわけだから。
今、僕らはみんな、言ってみればレトロスペクティブ強迫症にとらわれている。あらゆる消費財は過去の失われたモノどもからデザインのインスピレーションを得なければならない、みたいな。ジーンズしかり。サングラスしかり。コーヒー・マシンしかり。もちろんクルマもそう。
過去への逆戻り志向が現状からさらに少しでも加速して、でもってこのトレンドが消費財デザインの範囲を超えて拡がったとしたら、近いうちに○○帝国建国とか奴隷制復活なんてことになっちゃうでしょう。そうなるしかないんじゃないか。
ファッションの虜がまた1台
オリーブ色に日焼けした若いカップルが顔と顔をくっつけてイチャついたらコーヒーをこぼしちゃって……なんてのは別にいいとして、僕らは今、ミニおよびフィアットを駐車してそれらを眺めている。
より正確には、街ゆくひとびとがその2台のまわりにギッシリ集まってる状況を観察している。
ラッパーのPVに出てくるSUVや無駄にゴージャスなクルマがすっかり幅を利かせてる昨今、この光景にはすごくホッとさせられる。心強い。
両方合わせてもハマーH2のオルタネーターを回す程度のパワーすらないような2台が、大勢の人間を気もそぞろ状態にさせている。
彼らはそれこそ、クルマのまわりを取り囲むだけでは飽き足らずクルマの上までも取り囲んでしまっている。こうでこそイタリア、というべきか。あるいは、皆さんパルチザンの一団かなにかなのかもしれない。
でも、ミニはシカトされちゃっている。500の中身がナンだとか乗るとどうかとか各部の感触や手応えがどうだとかウンヌンする前に、まずもって僕らはここのところの重要性をこそ直視すべきだと思う。たぶん。
なんとなれば、この2台はジュエリーみたいな存在だから。もともとは労働者階級に強くアピールしたことで有名になったシルエットを恥知らずにも剽窃してそのコア・バリュー(今回のケースで言うならスペース効率の高さと値段の安さ)を保ちながら洗練度を高めることで大人気アイドルとなりおおせたクルマ×2だから。
敬意を表する対象にしようとしたクルマの、実はカリカチュアになっている。ミニも500も。
世界最高峰のファンカー
500のまわりをウロつくコドモとオトナ。このサイズではリアの足元が苦しいんじゃないかとかオプション装備代はいくらになるのかとかそういったモロモロを心配してるのかもしれないけど、僕に言わせればそんなのムダ。17進法の数の勘定ができないからという理由で3歳児をしかりつけるのと同じくらい無意味。
なぜって道具としての使用目的云々なんてことはこの2台に関してはどうでもいいことだから。それこそ世界のほかのいかなるクルマ──そのなかに貴公の持ってるヴェイロンやゾンダを含めてもいいですよ──にとってそうであるよりもどうでもいい。要はファンカーだから。この2台は。
54万9936。この数字は、これは新型500の細かい仕様が合計何通りの違ったなかから決められるかを示している。内装のちょっとしたシカケやカラーパネルなどのアレやコレやを付けるまたは付けないの順列組み合わせを計算するとそうなる。
したがって、アナタのとまったく同じ仕様のチンクが1台とはいえ存在することはまず滅多にないでしょう──というわけ。
このクルマの外観から見てとれるのは、出し惜しみのなさや心使いの細やかさだけではない。ほかにもそう、例えばモノへの愛とか。あるいは、本来ならモノじゃないナニモノかへ向けられてしかるべき種類の愛着とか。
後編につづく。
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