左手を負傷したダニエル・リカルドの代役として2023年F1の後半5戦に参戦したリアム・ローソン。そのローソンが今季主戦場とする全日本スーパーフォーミュラ選手権(SF)にて、TEAM MUGENでローソンの担当チーフエンジニアを務める小池智彦氏に、エンジニアの立場から見たローソンの走り、ドライバーとしての特徴や物事を進め方について話を聞いた。
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宮田・ローソン・野尻が10点差の緊迫。もてぎの反省と鈴鹿決戦の展望を各エンジニアに聞く【第7戦あと読み】
──初対面の印象は?
小池:初めて会ったのは2022年の12月、SFのルーキーテストでした。リアムが乗るだろうとは言われてましたが、正式に決まったのはテストの直前で、予備知識はほとんどないままに会いました。FIA F2の成績(2021年ランキング9位、2022年ランキング3位)を見ても、そんなに速いドライバーではないかなと正直思っていました。
──これまで外国人ドライバーと組んだことは?
小池:レースエンジニア自体は2022年からですが、データエンジニア時代の2019年にアレックス・パロウと一緒でした。
──非常に速いドライバーですよね。
小池:アレックスの場合は、会ってすぐに「こんな人がいるんだ」と驚きました。いきなり、めちゃくちゃ速かった。一方のリアムはどうかというと、徐々にタイムを詰めていく、日本人のようなタイプだなという印象でしたね。FIA F2に乗ってたので、SFのような大型フォーミュラの扱い方は慣れてる感じでしたけど。
──鈴鹿も初めてだったわけですが、どのような走りでしたか。
小池:最初から普通には乗ってました。ただいきなり一発、ドーンと凄いタイムを出すような、そんなではなかったですね。12月だけは特別にタイヤウォーマーが使えるのですが、そうするとニュータイヤのグリップの引き出し方とか、ウォームアップの雰囲気とかがわかりづらくなる。なのであえて、ウォーマーを使わなかったですね。その意味でもタイムは出にくい状況でしたが、それにしてもいきなりの速さはなかったですね。
─その一方で、ミスもなかった?
小池:なかったですね。まあ第一印象は、日本人ぽいなと。あとは、セットアップに対する評価が難しいのかなと思いました。
──フィードバックがうまくない?
小池:リアムの特徴として、ドライビングの幅が広いんですね。どんなクルマでも、ある程度のタイムで乗りこなしてしまう。一方でSFは小さい部分を、重箱の隅をつつくようにして改善していく必要がある。
──こんなセッティングじゃとても乗れない、と文句を言うドライバーではない。
小池:違いますね。どんなクルマに乗せても、OK、OKと言ってくる。
──エンジニアとしては、逆にやりにくい?
小池:ですね。ただうちのチームはもう1台が野尻智紀選手で、彼のコメントを聴きながらセットアップ作業を進められる。それがリアムと同じようなタイプがふたりだったら、けっこう厳しいでしょうね。
──パロウもなんでも乗りこなすタイプ?
小池:似たような感じでしたが、アレックスのクルマに対する要求は非常にシンプルで、もっと曲げたいとか、もっとブレーキ踏めるようにしたいとか。セッティング作業は、ひとつの方向に振ると、他に犠牲になる部分が出てくるものです。でもアレックスは、そこはあまり気にしなかったですね。自分の要求が通れば、しっかりタイムを出してくる。
──言い換えると、自分が何をして欲しいかわかっている?
小池:そうですね。最初の段階でセットアップの組み立てができるのは、アレックスの方が上かもしれません。でもリアムも何レースか経験して、そこは成長してますね。今はしっかり、セッティング評価ができるようになってます。
──野尻選手とのデータのシェアは?
小池:100%オープンです。
──ドライビングスタイルとか、ずいぶん違うのでは?
小池:ええ。ただリアムの運転の幅が広い分、野尻選手のセッティングでも走れますね。好みは多少違いますが、(方向性は)比較的似てる感じです。ふたりとも、コーナーのエントリーからクリップに向かって、自分から曲げるタイプではない。基本的にクルマの曲がる力を利用して、丁寧に運転する。
──クルマやタイヤに、できるだけ負荷をかけない。
小池:そうですね。タイヤマネージメントが上手いという評価は、それも一因だと思います。
──そういうのって、天性のものなのでしょうか。
小池:どうでしょう? 僕はドライバーじゃないので何とも言えませんが、リアムの運転の幅の広さは、DTMとか色んなカテゴリーをこなしてきたこともあるんでしょうね。あと、ニュージーランドのサーキットは、スポーツランドSUGOみたいに狭いところが多いと聞いてます。そういう経験も生きてるんでしょうね。
──タイヤもいろいろと履いている。
小池:そうですね。そういう引き出しは多いですね。それに比べると日本でレースするドライバーは、サーキットもタイヤもずっと種類は限られている。タイヤは非常に高性能ですし。リアムは若い割りに人生経験も豊富なのか、すごく落ち着いてますよね。
──暗いというか(笑)。年相応にはしゃいだりしない?
小池:しないですね。プライベートで食事に行っても、もちろんそれなりにバカ話はしますけど、そんなに騒いだりはしないですね。
■「ある程度の速さまで持ってくるのがすごく早い」
──実際に開幕してからは、どうですか。F1では1戦ごとにどんどん成長しているイメージですが。
小池:開幕戦のあんな状況は、もう二度とないと思うのですが、初めての富士スピードウェイで、なのにフリー走行が雨でキャンセルになって、新車で新しいタイヤで初めてのサーキットで、いきなり予選だった。
──オランダでのF1デビュー戦と、ちょっと似た感じですね。
小池:ええ。予選はドライ路面でしたが。まずはコースにリアムを慣れさせないといけないので、予選前半はロングランを敢行して、でもその中でも3周目にはそこそこのタイムを出してました。
──前評判とは違う、いきなりの速さですね。
小池:リアムの場合、ある程度の速さまで持ってくるのは、すごく早い。ただそこからどれだけ詰めるかという部分で、たとえばF1で言えば角田裕毅選手との差は出てくるんだと思います。SFもまさにそこが僅差ですから。
──いきなり速いかどうかという言い方にしても、このレベルのドライバーは皆十分いきなり速いんでしょうね。
小池:レベルが高い中でも、徐々に詰めていくタイプか、いきなり上げていくタイプかということだと思います。リアムの場合、一度限界を超えて、そこから引き算で戻していくタイプではない。なのでクラッシュもしないです。
──スピンやコースオフも、非常に少ない。
小池:ええ。これはリアムにも言っているのですが、SFはセッションの時間が短いので、一度スピンやクラッシュをすると取り戻すのが大変だと。F1もそこは同様だと思うし、何よりクルマが借り物ですしね。本人も気をつけてるのだと思います。
──それだけ慎重にやってて、あのタイムは凄いですね。
小池:けっこう不思議なドライバーです。
──たとえばウイリアムズのローガン・サージェントは、よく飛び出す。限界を越える引き算タイプなんですかね。
小池:かもしれません。あとリアムはよく、「FIA F2とF1のギャップが大きい」と言ってるんですね。クルマ単体だけじゃなくて、チームの構造とか運営も含めてですね。一方でSFはどうかというと、今回(2023年F1第17戦日本GP)は私もF1チームの中を少し見させてもらって、もちろん規模やお金の掛け方はSFとはずいぶん違う。でもやってる内容は、意外に近いなと思いました。
たとえばメカニックの人数もそうですし、エンジニアの仕事にしても、F1の方が変えられるパーツが多い分、セットアップの要素は多いんですが、でも似てるところは多いなと思いました。なのでFIA F2からいきなりF1よりも、SFからF1に行く道はありかなと思いましたね。リアムに比べてサージェントが苦労してるのは、そういうところもあるんじゃないかと。ふたりはFIA F2時代、チームメイトでしたしね。
──カート時代のサージェントは、ピアストリより速かったと当時の関係者も言ってます。
小池:決して遅いドライバーだとは思いません。SFもそうですけど、ルーキーがいきなり結果を出すのは、フェルスタッペンのようなドライバーを除くと本当に難しい。2年、3年見てあげるのは、必要だと思いますね。
──そんな中でリアムは、デビュー戦からしっかり結果を出しています。
小池:ミスなく走りましたね。とにかく、ミスをしない。面白いのは、SFでこれまでスピンしたのが4回だけなんですね。テストからフリー走行も含めた全セッションで。しかもそのスピン全てが、エンストしてないんです。そういう謎のリカバリー能力がある。クルマを壊したのも一回だけで、もてぎでスピンして後ろからぶつけられた時だけですしね。クラッシュしないルーキーは、本当に珍しいです。
──しかも1年目からタイトルを争っている。
小池:正直、こんなにうまく行くとは思いませんでした。最初の予想は、1勝ぐらいできるかな、ぐらいでしたから。
──野尻選手のローソン評は?
小池:テストで初めて走ってそこそこのタイムを出した時は、「F1を目指すドライバーは、このレベルなんだな」と言ってましたね。
──日本人ドライバーも決してレベルが低いとは思いませんが、それでも差が出る。環境の違いも大きいと思いますか。
小池:そうですね。あとは何を目標にしているか。現状からさらに上に挑戦する気持ち。それは別に、SFにいるドライバー全員にF1を目指せと言ってるわけじゃなくて、SFの中でも向上心を持っているかどうか。F1を目指せるチャンスのあるドライバーは、そこが死に物狂いですよね。リアムにしても、今年のSFでダメだったらレッドブルから切られる。そしたらF1どころか、レース人生そのものが終わってしまうかもしれない。大きな個人スポンサーもないですしね。そういう危機感は、違うのかなと思います。日本のレースだと、メーカーのサポートが受けられる。それはそれで本当に恵まれた環境だし、凄い国だと思います。単純な良し悪しの問題ではない。
──ローソンには、今後F1のレギュラーシートを射止めてほしい?
小池:ええ、それだけの力のあるドライバーですから。ここまでの結果だけでなく、レッドブルはすべてのデータを分析してるでしょうしね。来季ラインアップを角田選手とリカルドにしたのは、マシン開発に重点を置いたからだと思います。今回(第17戦日本GP)、いろいろと無線を聴かせてもらって、F1でのドライバーからのフィードバックは思った以上に少ないんだなと感じました。シミュレーターとか事前のデータ解析で、かなりセッティングの方向性が決まってるということがあるのでしょうけど。しかしアルファタウリはマシン開発で遅れをとっている。リカルド起用の要因はその部分でしょうね。
今後のリアムに期待したいのは、この1年のSFでの経験をF1でも今後活かしてもらいたいなということですね。SFはドライバーからのフィードバックをかなり重視する。
──そこはローソンも、SFで面食らった部分?
小池:そうですね。このパーツのコンセプトはこう、ダウンフォースは具体的にこう変化していくとか、そういう説明も最初はチンプンカンプンでしたし。FIA F2だとセットアップはドライバーに公開しないし、タイムが悪かったらドライバーのせいと言われる。まあそこはチームにもよると思いますが。FIA F2参戦中の岩佐歩夢選手の話では、ダムスはそうでもないみたいですし。TEAM MUGENではその辺は、全部ドライバーとシェアしてます。リアムもこの1年弱で、フィードバック能力もかなり成長しました。
──そういうところも、SFはF1に行く直前のカテゴリーにふさわしいと感じます。
小池:すごくおすすめしたいです。ただ2024年からSFはダンパーがワンメイクになります。コストカットで仕方ない部分もあるのですが、手を入れられるところが少なくなると、よりFIA F2に近づいてしまう。F1に繋ぐカテゴリーというか、そういう盛り上げ方はあると思うんですけどね。
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