7月15~17日に鈴鹿サーキットで、22~24日に富士スピードウェイで2週連続のレースが開催されたファナテック・GTワールドチャレンジ・アジア・パワード・バイ・AWS。今季シリーズにフル参戦しているオーストラリアのトリプルエイトJMRの若きブロンズドライバー、H.H.プリンス・アブドゥル・ラーマン・イブラヒム、H.H.プリンス・アブ・バーカー・イブラヒムのふたりは、実はマレーシアのジョホール州の王子殿下たち。彼らにモータースポーツへの情熱と、将来を聞いた。
2019年以来、ひさびさに日本で2戦が開催されたGTワールドチャレンジ・アジア。ひさびさの国際的なレースシリーズの開催で、香港やオーストラリア、マレーシア等からさまざまなチーム、ドライバーが来日し、その高いレベルを披露した。
プロ同士の白熱バトルも。トリプルエイトの99号車メルセデスがレース2を制す/GTワールドチャレンジ・アジア第6戦富士
現地でレースを観戦された方も多いと思うが、そんな海外チームのなかでもトップを争ったのが、2台のメルセデスAMG GT3を走らせたオーストラリアのトリプルエイトJMR。それぞれニック・フォスターとジャズマン・ジャファーというふたりのプロと組んだのが、H.H.プリンス・アブドゥル・ラーマン・イブラヒム、H.H.プリンス・アブ・バーカー・イブラヒムというブロンズドライバーふたりだ。
実はこのふたり、9つあるマレーシアの王家の中のひとつ、南部ジョホール州(ジョホール王国)の王子殿下なのだ。『H.H』は『His Highness』。つまり殿下を意味する。プリンス・アブドゥル・ラーマン・イブラヒム殿下、プリンス・アブ・バーカー・イブラヒム殿下とお呼びするのが正しいだろう。
もともとこの企画を立てた編集部員が今季エントリーリストを見た時点で、気になって仕方なかったふたり。そこで富士で取材をチームに打診してみたところ、なんと現地ジョホールからのお付きの方が2名。「殿下はお忙しい」と取材はNGになりそうだったが、なんとかジョホール日本友好協会の方にも間に入っていただき、粘り強く交渉した結果取材が実現した。
■子どもの頃からの夢を叶えるために
まずご登場いただいたのは、今季ここまで2勝を飾りタイトル争いをリードする、王国の第3王子にあたるプリンス・アブドゥル・ラーマン・イブラヒム殿下。29歳。正式なお名前はプリンス・アブドゥル・ラーマン・ハッサナル・ジェフリー・イブラヒム殿下。ただサーキットでは『ジェフリー・イブラヒム』で通しているので、ここからはジェフリー・イブラヒム殿下と表記する。鈴鹿、富士のレースにはプライベートジェットで来日した。Instagramのフォロワーはなんと50万人。ちょっとした有名人だ。
なぜモータースポーツを始めたのか、そしてレースにかけるパッションを聞いてみると、「僕の曽祖父がレースをしていたし、ウチの家族はみんながクルマやモータースポーツを好きなんだ。僕も子供の頃からモータースポーツをやりたいという夢を持っていたんだよ」という。
「だけど、昔はレースで命を落とした友人や知り合いが多くいたからと、ずっと祖父に反対されていて、始めるチャンスがなかったんだ。“危険だから”って理由でね。その後、トリプルエイト・エンジニアリングの人々と知り合い、2018年にはようやく家族の許可も得て、レースに出場することができるようになったんだ」
調べてみると、彼の曽祖父であるスルタン・イスマイル・イブニ・アルマルフム・スルタン・イブラヒムは、まだ皇太子(トゥンク・マコタ)だった1940年に、ジョホールバルで最初のグランプリを開催。第二次世界大戦中には一旦休止となったが、戦後にジョホールGPは再開され、1960年には曽祖父の戴冠を記念した大会も行われている。
さらに彼の祖父であり、第8代マレーシア国王も務めたスルタン・イスカンダル・イブニ・アルマルフム・スルタン・イスマイルは1986年、ジョホール州パシール・グダンにジョホール・サーキットをオープン。このサーキットでは1998年、ロードレース世界選手権第2戦マレーシアGPが開催されている。ちなみにコースは現在王家の所有で「今はFIAの安全規定に合わせるために、改修工事中なんだ。近い将来には再びオープンする予定だし、Moto GPやGTのレースも開催できればいいね(ジェフリー・イブラヒム殿下)」とのこと。
「それまでチャンスがなかったから、スタートとしては遅いし、レーシングカートやフォーミュラカーで経験を重ねることもできなかった。でも、これから耐久レースでもっともっと経験を積んでいきたいと思っている。母国に帰ればもちろん王族としての務めがあるよ。でも、レースをしている時は、100%レースに集中しているし、それが自分にとってとても重要なことなんだ」
■ふたりの目標はル・マン24時間
続いて21歳の第4王子、アブ・バーカー・イブラヒム殿下にも話を聞いてみた。正式なお名前はプリンス・アブ・バーカー・マハムード・イスカンダル・イブラヒム殿下。サーキットでは『アブ・バーカー・イブラヒム』で通している。
兄から1年遅れの2019年にレース活動を始めた彼は、その後の2年間、新型コロナウイルスのパンデミックによって活動休止を余儀なくされ、実は今年がモータースポーツに挑戦を開始して、まだ2年目のシーズン。しかし、コース上では華麗なオーバーテイクを演じるなど、かなりのスキルを披露している。
「家族で毎年シンガポールGPを見に行ったりしていたし、僕も小さいころからクルマやバイクが大好きだった。兄と同じで、レースをやりたいと思っていたよ。家の敷地の中で、最初に小さなクルマに乗ったのは5歳の時。その後も家でカートに乗って、クルマのコントロールを憶えたんだ」
「でも、やっぱり祖父からはレースすることを禁じられていたんだ。だから兄が始めたのと同時に、僕も始めようと決心した。兄は2018年、タイのGTレースから始めたんだけど、僕も翌年、兄が使っていたクルマで同じシリーズにデビューしたんだ」
そんなアブ・バーカー・イブラヒム殿下にとって、日本に来たのは今回が2回目。初めて来た2019年は、兄のレースをサポートするためだった。そして今年、初めて日本のコースを走った。「これまで鈴鹿と富士を走ったけど、鈴鹿はまったくリラックスするところがなくて、コーナーが次々に出てくるコースだから、とても気に入っているよ」という。2レースの間には都内でも観光を楽しんだそうだ。
そんなふたりはブロンズドライバーだがレッドブルのサポートを受け、レッドブルアスリートとして活躍する。将来に向けた夢はなんなのか聞くと、ふたりともに「いずれル・マン24時間レースに出場すること」と教えてくれた。
「最終的にハイパーカーに到達できればいいね」というのはアブ・バーカー・イブラヒム殿下。まだどちらも現地で観戦したことはないという。ちなみに日本のレースについて聞くと、兄のジェフリー・イブラヒム殿下は「スーパーGTのスピードは一度見てみたい」と興味がありそう。
まだまだキャリアを積み始めたばかりの2人だが、これからどんな歩みをみせてくれるのか。GTワールドチャレンジ・アジアは日本でSUGO、岡山と2ラウンドを残している。気品と速さを兼ね備えるプリンスたちの走りをぜひご覧いただきたいところだ。
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