2024年、ENEOSスーパー耐久シリーズ2024 Empowered by BRIDGESTONEを運営してきたスーパー耐久機構(S.T.O)が組織変更を行い、5月31日から一般社団法人『スーパー耐久未来機構(STMO)』が誕生した。豊田章男理事長、そしてS.T.Oを運営してきた桑山晴美代表が副理事長に就任したが、新たに専務理事/事務局長に就任したのが、加藤俊行氏。これまでモータースポーツ界ではあまり馴染みがなかった人物だが、どんな経歴をもち、そしてスーパー耐久にどう携わっていくのかを聞いた。
近年多くのエントラントで賑わい、さらにメーカーの開発車両が参加できるST-Qクラスに日本の多くのメーカーが加わるなど、盛況となっているスーパー耐久。またネットでのレース中継配信など、さまざまな新しい取り組みを進めてきた。
スーパー耐久機構が組織変更。新たな一般社団法人『スーパー耐久未来機構(STMO)』が誕生
そんなスーパー耐久の「未来を考えたとき、次の段階を考えていかないといけない。その時に私一個人の小さな会社で運営していく体制でいいのか」と桑山S.T.O事務局長が悩んだ末に行き着いたのが新組織『スーパー耐久未来機構』への発展。2024年第1戦SUGOのレースウイークに記者会見が行われ、ここで豊田章男理事長(総支配人)、桑山副理事長(女将)、そして専務理事/事務局長(支配人)として紹介されたのが加藤氏だ(ちなみにカッコ内の肩書きは豊田理事長が記者会見で紹介した旅館を例にしたものだが、名刺や公式ホームページにも使われている)。突如、新生STMOの中核に携わることになった加藤氏は、どんな人物なのか。第4戦もてぎで、インタビューを行った。
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■豊田章男理事長からの突然の誘い
──まず、4月にあったSTMO発足の記者会見にご登壇されましたが、その時に初めてお目にかからせていただきました。失礼ながらモータースポーツファンにとってはあまり存じ上げない方だったので、簡単に略歴を教えていただけませんでしょうか。
加藤俊行専務理事/事務局長(以下加藤):僕はデンソーに43年務めていたんです。愛知県刈谷市出身で、大学は東京に行っていたのですが『地元にまあまあの会社があるから入るか』と入社しました(笑)。親は製麺業をやっていまして、それを継ぐのかとも思っていたのですが、デンソーに入社してからは仕事が面白く、1980年に入社してから、昨年の6月まで務めていました。最初のうちは技術職で、途中からはずっと営業をやっていました。最終的な役職は副社長でしたね。
編注:1980年当時の社名は日本電装株式会社。1996年に株式会社デンソーに社名変更。愛知県刈谷市に本社がある。
──モータースポーツにはほとんど関与されていないと思うのですが、そんな加藤さんがなぜSTMOの専務理事になられたのでしょうか。
加藤:誰にもまだ語っていないんですけどね。2023年に6月にデンソーを辞めて、その後はまったくフリーで、ゴルフに行ったり釣りに行ったり、楽しい日々を送っていたんですが(笑)、12月に突然、トヨタ自動車の方から話があると連絡をいただいたんです。そうしたら、スーパー耐久が今度新しい組織になるので、そこに入って一緒にやってくれないかというんです。出所は、豊田章男さんでした。正直、ノーとは言えないですよね(笑)。
──本当に突然でしたね。
加藤:1月に入って、章男さんと直接話をしたのですが、スーパー耐久の組織を桑山さんから頼まれ、章男さんは決断したと。この参加型レースを日本には絶対に残さなければならないし、モータースポーツは将来のモビリティ社会の重要なエレメントになると。モータースポーツを発展させるためにも、参加して楽しんでもらうスポーツ、見て楽しんでもらうスポーツを桑山さんが大事に育ててきたので、『それを引き継いでやるから、一緒にやろう』と話をもらいました。
──その内容は4月の記者会見のなかでも語られたものですね。
加藤:そうです。自分としてはありがたいお話でしたし、青天の霹靂でしたが、そこで『なぜ私なのでしょうか』と章男さんに聞いたんです。僕はもちろんレースをやったこともないし、レース運営もやったことがなければ、経験も知見もありませんでした。もちろん、デンソーの人間としてレースに応援は行っていましたけどね。他にふさわしい人はたくさんいるだろうと。
──当然モータースポーツ界から知見ある人物が招集されるのが今まででしたら普通だと思います。
加藤:実は、章男さんと私は若い頃から一緒に仕事をさせてもらった経緯があるんです。“クルマ屋の豊田章男さん”と“部品屋の営業の加藤俊行”みたいな関係だったんです。章男さんが言うには『レースも今後、発展させていく過程でいろんなことが起きてくると思う。今までの仕事でもいろんなことがあったけれど、なんとかみんなで関係を作りながら、物事を前に進めていけたのは僕たちだよね』という話をされました。『そういうやり方で、一緒にやってくれないか』と章男さんは言うんです。レースの経験とか、そういう問題ではなく、前へ進めるためにいろんな人たちと関係づくりをしていくためのヘルプが欲しい……という感じでした。私としても、『そこまで言われるのでしたら、ありがたくやらせていただきます』とお答えしました。
■スーパー耐久が抱えていたふたつの課題
──現在シリーズは4戦を終えることになりましたが、加藤さんの立場からスーパー耐久というレースはどうご覧になっていますか?
加藤:そのお話の前に、僕がデンソーでやっていた仕事の話をさせていただくと、営業には『BtoC』と『BtoB』がありますよね。『BtoC』はカスタマー向け。最終消費者に向けたものですね。僕たちがやっていたのは『BtoB』で、トヨタ自動車に販売したり、ホンダに販売したり。世の中は『BtoB』が多いのですが、どんな営業をするかというと、『デンソーが良い製品を開発しました。ぜひ使って下さい』と言っても、使ってもらえないんです。人の命に関わる部品ですので、お客さまとの間での信頼関係がまず必要となります。僕たちは『信頼関係の架け橋』と呼んでいるのですが、それを作って、その上に我々の技術者を通したり、製品を通したりする上で、やっと『一度一緒に評価しようか』という話が出てきます。
──自動車部品メーカーならではのプロセスですね。
加藤:そういう出会いが出てきて、例えばトヨタのいろんな方、ホンダのいろんな方、もちろん日産もそうですが、信頼関係という橋を作った上で、そこに製品なり技術を通して、やっと成就する世界なんですよね。ただ、その信頼関係はすぐ壊れてしまうんです。ちょっと自分の利益を優先したりすると、相手から見ると信用できなくなってしまい、また構築しなければならなくなってしまうんです。それを繰り返すのが、僕たち営業でした。どこの世界でも一緒だと思いますけどね。
──社会人としては非常に良く分かります。
加藤:そんなことをやってきた人間として、このスーパー耐久というレースに関わるにあたり、シリーズの歴史を勉強してきたんです。開幕戦の時の記者会見の際にも少し言いましたが、過去、現在、未来という切り口で、歴史を知って現在をどうしたいか、将来どうしたいかを考えました。このスーパー耐久は、1991年に桑山充さんが『この国に参加型レースを作りたい』という思いでスタートして、2013年に桑山晴美さんが受け継いで、今年からは第3章となりますが、ふたつの課題があったと思います。
──そのふたつはどんなものでしょうか。
加藤:ひとつは、当たり前のことではありますが、今でこそモータースポーツは“スポーツ”として捉えられていますが、やはり経済に左右されるということです。景気が良いときは、どんどんみんながやりたがるんですね。しかし経済危機になると、真っ先に縮小してしまいますよね。1991年に桑山充さんがN1耐久をスタートさせた頃は、バブル経済の崩壊の年ですね。おそらく、桑山さんはいろんな危機感を持ちながら作られたと思います。また2008年のリーマンショックのときは、10数台まで落ち込んだこともありました。経済に左右される課題がひとつですね。
──もうひとつはなんでしょうか。
加藤:やはり、プライベーターがいかに安全に、フェアに競い合って、『楽しかった』と言って帰っていくかが大事だと思うのですが、そこにメーカー系のチームが入ってくるとアンフェアになってしまいますよね。そこで、当初からメーカー系チームは入れないという不文律があったと思うのですが、放っておくとプライベーター対メーカーチームという対立構造が出てしまう課題があると思います。
2018年から、章男さんがドライバー『モリゾウ』としてシリーズに参戦していますが、その年には富士24時間も復活していますね。その後2021年に、僕も覚えているのですが、章男さんが『水素エンジンの開発車を富士24時間で走らせるぞ』と言いだしたんです。デンソーはインジェクターをやっていたのですが、インジェクターはガソリンなら液体ですが、水素は気体なので、すごく難しいわけです。その4年くらい前から、トヨタの東富士研究所の水素エンジン開発者と、デンソーのインジェクター開発者が細々と水素についてやっていたんですよ。正直、誰も見向きもしなかったのですが、章男さんが『走らせるぞ』と言った瞬間にえらいことになったわけです。ただ彼らも、急に日の目を浴びて嬉しかったみたいです。
■「サステナブルな活動を続けることができている」
──私も水素エンジンの開発はまったく知りませんでした。
加藤:僕の印象では、4年間細々とやっていたときのインジェクターの仕上がりは、2割くらいだったんです。それが、ほんの4ヶ月くらいで9割くらいの仕上がりにいってしまったんです。きっとそれも狙いだったと思いますが、スーパー耐久における実証実験は、僕は“加速実証実験”だと思っているんです。水素をやるにあたって、岩谷産業さんやENEOSさんや、みんなが集まってました。よく会社でも『アライアンスを組んでみんなを集めよう』とやっても、アライアンスを作るだけで疲れて全然進まないことなんてよくありますが、水素エンジンのときはアライアンスづくりも加速しましたよね。カーボンニュートラルに向けた加速実証実験が始まったんです。そして、それを見ていたマツダさんも、スバルさんも、さらにHRCさんもニスモさんも始めて、カーボンニュートラルの実証実験が一気に動いてきた。これはレースじゃないとできません。ふだんの場でカーボンニュートラルのアライアンスづくりをしようなんて、絶対できないことだと思います。
──ここ数年の動きには本当に驚かされています。
加藤:さらに、三井住友海上さんや東京海上日動さんが『フューチャーソリューションパートナーズ』としてスーパー耐久シリーズに加わってくださいましたよね。僕は全然知らなかったのですが、レースをやる方にとって、保険会社ってすごく重要なんですね。保険会社さんも、究極の狙いとして『いかに事故を減らすか』のデータどりをスーパー耐久でできるということなんです。またパーツメーカーも入って下さっていますし、昨年あったタイヤサプライヤーの件についても、ブリヂストンさんが会社を挙げてバックアップしてくださった。ST-Qクラスでのそういう活動の一方で、実はエントラントの数も増えているんですよね。
──私もメディアとして、スーパー耐久の位置、価値観が大きく変わっているのを感じています。
加藤:実はその間って、コロナ禍でもあったんです。これも驚きでした。また先ほどのメーカーとプライベーターの話に戻りますが、僕もいろんなプライベーターの人たちに課題を聞いてみたんです。『メーカーチームが入ってくると嫌でしょう?』と聞いたら、そんなこともないと。ST-Qクラスで閉じた状態でやってくれているし、メーカーチームはどんどん突き進んで欲しいと。またカーボンニュートラルへの取り組みに伴って、メディアの露出が増えてくれると言うんです。
この4~5年で、スーパー耐久の歴史に対して抱いたふたつの課題である『経済危機ではモータースポーツが縮小する』ということも、コロナ禍の中でみんなが取り組んでサステナブルな活動を続けることができています。また、プライベーターとメーカーチームという構造も、クリアとは言わないけれど、かなり払拭できていると感じたんです。
そういう数年間を目の当たりにしたのが桑山さんだと思うのですが、僕は1月に桑山さんと高谷さん(高谷克実スーパーバイザー)と初めてお話をしたとき、桑山さんに、『なぜ豊田章男さんに頼もうと思ったのですか?』と質問をしたら、今のスーパー耐久のエントラントは良いチームばかりで、エントラント、そしてファンに『未来をみせたい』とおっしゃるんです。そのためにはもう一段階組織を強化したいとのことでした。
■「どう自分を使ってもらうか」が目標
──今後、スーパー耐久シリーズの将来について現段階で何かお考えのことはありますか?
加藤:その未来は、これから考えて取り組んでいくことになります。第一義は参加型レースなので、安全でフェアで、楽しいレースを作るということですが、私はその参加型レースのハードルを下げたいんですよね。やはり、皆さん誰しもサーキットを走ってみたいという思いはあるじゃないですか。でもなぜ端から無理だと思うかのひとつは、まず安全だと思うんです。それともうひとつはお金ですよね。
また、若い人たちが走るだけじゃなくて、オフィシャルなどさまざまな仕事に参加できるようにするハードルを下げるのが課題のひとつだと思っています。また、レースの価値を上げることがもうひとつ。スーパー耐久は自分達で走っているだけじゃなくて、カーボンニュートラルや社会課題への取り組みなど、世の中に良いこともやっているんだよ、ということを示すことで、価値を上げていけると思っています。あとはアジアですね。うまく連携していきたいですし、まだまだ試行錯誤の必要がありますが、アジアの人たちとの連携、共感、共有を図っていきたいと思っています。
──アジア戦略という意味で、加藤さんが培ってこられた人脈などが活かされるのでしょうか。
加藤:そう思っています。まさにデンソーはアジアで食わせてもらってきたようなもので、40~50年お世話になっていますからね(笑)。これまでの延長線で、これからはモータースポーツで繋がっていくようなことはスムーズに進めていけるのではないかと感じています。
──その他に、加藤さんが考えている“未来”はどんなものでしょうか。
加藤:先ほどの話にも関わりますが、安全という意味ではクルマの安全性はさらに高めなければならないと思いますし、クルマとタイヤとのマッチング、ドライバーのスキル向上などさまざまなことが挙げられると思います。またサーキットの環境ですね。クラッシュした際のバリア等含め、施設面も課題があると思っています。
またレースコントロールの側の皆さんも、果敢な判断をされながら、安全性を担保するためにすごい努力をされていますよね。オフィシャルの皆さん、施設の改善、安全対策をしてもらうためには、やはりサーキットの収益改善が必要になります。もちろんここまでいくと我々の範疇ではありませんが、収益改善をすることで、オフィシャルなど関係者の皆さんの処遇が改善されると思っています。そうしてステータスを上げていけば、自分もやりたいという若者がもっと出てくるはずです。
──モータースポーツ界がずっと抱えている課題にも通じるように思います。
加藤:そういった部分では、これまで私が会社でやってきたようなことを応用と言いますか、そういうノウハウが使えるかな、とも思っています。また、カーボンニュートラルへの挑戦についても、メーカーの人たちに取り組んでもらいますが、自動車メーカーだけではなく、全産業が関わることだと思っています。
それと、観客の数を増やすことがサーキットの収益改善に繋がるわけですし、スーパー耐久で言えば魅力、価値向上に繋がると思います。今回の第4戦も『S耐横丁』をやっていますが、ファンの皆さんにとっても『観ながら参加できる』ような試みができないかと思っています。S耐TVを観ながら自分も参加してもらったりね。
今もそうですが、クルマはハード側と、ソフト側があると思うんです。そのソフト側であるドライバー、そしてファンの皆さんが繋がっていくようなもの、社会とクルマと人が繋がるようなソフトウェアなり、プラットフォームのようなものに、この先取り組んでいくことになるんだろうな、と思います。
そういったことは企業の中でやってきましたし、そういった感性を適用できればと思っています。とはいえ、自分がやれる範囲は知れていますから、今まで培ってきた関係するすべてのステークホルダーの方々と、いかに同じものを目指して『もっといいスーパー耐久を作ろう』という共通の願いを描きながら、もっといいクルマづくりともっといいモビリティ社会は両輪だよ、というような考えをもちながら、ステークホルダーの方々と一緒に議論しながら進めていきたいと思います。
──本日はお忙しい中、ありがとうございました。
加藤:本音のところとしては、ずっとスーパー耐久を育ててきた桑山さんや高谷さんは、夢があるんです。これまでスーパー耐久シリーズを育ててくださった方たちの夢を実現するために、どう自分を使ってもらうかが、正直に言えばいまのいちばんの目標でしょうか。
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この後も、一介のメディアである筆者に対しても熱心にスーパー耐久シリーズについて、またメディアから見たモータースポーツについての質問をするなど、気さくな面をみせた加藤氏。今季、スーパー耐久はこれまでのS.T.Oが築き上げてきたものをベースとしながら、文中にも出た『S耐横丁』など新たなトライも行われている。新体制のもと、スーパー耐久がどんな歩みをみせていくのか、楽しみなところだ。
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