インドの日常生活が始まる美しい日の出
インドの国境を目指す途中、路肩へ沢山のトラックが停まっていることに気が付いた。1台1台、慎重に浅い谷間を目指す。道路の橋が流され、干上がりかけた川に作られた簡易的な道を進んでいた。
【画像】ロンドンタクシーでシドニーへ カーボディーズFX4 ランドローバー・ディフェンダーも 全66枚
とはいえ非常にぬかるんでいて、身動きの取れなくなったトラックが何台もいた。コーディネーターのチャールズ・ノーウッドは、タイヤを取られながらもサポート車両のランドローバーで通過してく。
カーボディーズFX4を運転するガイ・スミスも後を追うが、操縦不能になりトラックへ衝突。反対側へは抜けられたものの、バンパーにダメージを受け、タイヤが当たるようになっていた。
チャールズは、約50名のトラックドライバーの人力も借りて、バンパーの変形を修理した。その後は大きなトラブルもなく、2日後にインドへの入国を待つ車列に混ざることができた。
インドでは、デリーにあるオーストラリアの高等弁務官が駐在する事務所を訪問。記録映画を撮るマイク・ディロンの古い友人で、ニュージーランドの高等弁務官、エドモンド・ヒラリー氏から歓迎を受けることになった。
その夜は、英国が植民地時代に建設したホテルへ宿泊。翌朝、一緒の部屋で寝ていたマイクが突然わたしを起こした。美しい日の出とともに、インドの日常生活が始まる様子が眼下に広がっていた。この冒険での、ハイライトの1つになった。
タージマハルに感銘を受けてから、インド中西部のムンバイへ。タイ・バンコクへフライトする飛行機に、ロンドンタクシーと一緒に搭乗するためだ。
空路でタイとオーストラリアへ
当時も、インドからミャンマーを経由し中国へ続くレド公路という道は存在したが、内戦で破壊され状態は褒められるものではなかった。インドから東へ向かう手段は、船か飛行機以外になかったといっていい。
ロンドンタクシーはボーイング747の貨物室へ無事に収まり、タイ・バンコクへ上陸。タイの観光局は、3台構成の護衛警察部隊を準備して待っていた。パトーカーがサイレンを鳴らすなか、道を走るすべてのクルマが脇に避け、われわれを先に通してくれた。
さらに観光局は、快適なビーチサイドのホテルも用意していた。マレーシアまで、快適に南下できたことはいうまでもない。
シンガポールへの入国も、素晴らしい時間の1つになった。街を走るタクシーのすべてに募金箱が用意されており、今回の冒険を通じて集められた金額の半分が、シンガポールの人々から寄せられたものになった。わたしたちの到着も歓迎してくれた。
オーストラリアへ飛ぶ便へ搭乗する前に、シンガポールでカーボディーズは徹底的に調べられた。特に生物学的な検疫が厳しいためだ。蒸気でボディは隅々まで洗い流された。
一行を乗せた飛行機は、オーストラリア大陸へ着陸。わたしと友人のエドワード・ネッド・ケリーは、冒険の峠を超えたと感じた。しかしチャールズは残る約8000kmの旅を見越して、2.5L 4気筒ディーゼルエンジンに整備を加えた。まだ大きな山が残っていた。
タクシー料金は3万1446ポンド
南西部にあるパースは、世界で最も孤立した大都市といっていい。東部のシドニーより、海を渡ったシンガポールの方が近いほど。滅多に訪れる機会はない。
チャールズは記念に、オーストラリアのカウボーイハット、アクバハットを買った。われわれは使い古した雰囲気の方がかっこいいと提案し、道に置いてロンドンタクシーで何度か踏んづけてあげた。彼は納得していなかったが。
暑い日差しのなか、アウトバックと呼ばれる原野をロンドンタクシーが東へ走る。夜には無数の星が空に広がり、文明から離れた世界を実感した。
ギブソン砂漠を抜け、岩石群のマウント・オルガや、ウルル(エアーズロック)へ立ち寄ったことが、今回の冒険で1番楽しい時間だったかもしれない。さらに東へ進みシンプソン砂漠を走り、バーズビル・トラックと呼ばれる大陸を縦断する道へ。
アデレードにメルボルン、キャンベラという都市を順に巡り、歓迎してくれたボブ・ホーク前首相とモーニングティーも楽しんだ。幾つかのメディア・イベントが開かれ、数日後にシドニーへ到着。素晴らしい陽気のなか、オペラハウスへ辿り着いた。
ロンドンからシドニーまで、見事にロンドンタクシーは賃走を果たした。1988年での料金は、3万1446ポンド(現在の価値で6万2263ポンド、約1027万円)。当時のオーストラリアドルに換算すると、約6万ドルという計算になった。
一方、オーストラリアドルで計算していたタクシーメーターは、3万8240ドル。1988年のロンドンタクシーは、オーストラリアより料金が2倍近く高いことが判明した。
現在はギルバート自動車博物館の展示車に
一生に1度という大冒険は、想像以上に過酷な体験ではあったが、ギネス記録へ認定されることにもなった。子どもたちの慈善団体へ向けた募金額は、25万ポンド(現在の価値で49万5000ポンド、約8167万円)以上に達した。
ロンドンタクシーは砂埃が流され、チームは解散した。それから15年後、とある人物と飛行機で出会うことがなければ、生涯の思い出として記憶にしまわれていただろう。
ある日、アデレード発シンガポール行きの機内で、隣の男性にわたしは声を掛けた。「こんにちは。どの地域の出身ですか?」
彼はウェールズ地方独特のアクセントで答えた。筆者もサウスウェールズ州から引っ越し20年が経過していたが、例のナマリが自然とよみがえった。ヒストリック・ロータス・レジスターの会員、マイク・ベネット氏だった。今では冒険家としての友人でもある。
彼との数年の付き合いを通じて、ロンドンタクシーでの冒険にマイクは関心を示した。これをきっかけに、オーストラリア・ビクトリア州の郊外で余生を過ごす、カーボディーズFX4の発見につながった。
世界最長の賃走を終えたロンドンタクシーは、今は南オーストラリア州ストラサルビンにある、ギルバート自動車博物館へ展示されている。1958年のモナコ・グランプリを戦ったロータス12の隣で、いぶし銀に輝いている。
寄稿:John Morgan(ジョン・モーガン)
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