もくじ
ー マツダMX-5(ロードスター)で震えた1989年
ー BMWテヒニーク社による初めての研究成果
ー 完璧な重量配分に先進のサスペンション
ー 前輪駆動の課題に向き合った新開発ウイッシュボーン
ー エンジンとトランスミッションはいすゞ製
ー ロータスならではのハンドリング
ー BMWとロータス、それぞれの個性
ー オーナーの声
ー 2台のスペック
ロータス史上最高の3台 エランS2/エスプリ・スポーツ300/エリーゼS1 一気乗り
マツダMX-5(ロードスター)で震えた1989年
1989年という1年は、誰かの誕生日や記念日はあったにしろ、多くの人にとって深い記憶に残っている年ではないかもしれない。でもダスティン・ホフマンにとっては、映画レインマンでベルリン国際映画祭のゴールデンベアー賞を獲得したから、特別な年だろうけれど。
そんな1989年は、マツダMX-5(ロードスター)がシカゴ・オートショーでアンベールされた年でもあり、ロータスとBMWのデザイナーや経営責任者などは、強いショックで震えていたと思う。オリジナルのエランが打ち立てながらも廃れていた自動車のカテゴリーを、日本のメーカー1社で見事に復活させたのだから。マツダがインスピレーションを受けたであろうクルマは、かつてのロータスのカタログモデル。その衝撃は自動車メーカー全体へと広がり、ロータスの上層部にとっては、悔しい事実だったはず。
そしてその傷口に自ら塩を塗ってしまったようなクルマが、数カ月後にリリースされる。1989年後半に、シリーズ4のセブン以来初めてとなる、まったく新しいオープンスポーツカー、M100型エランが発表されたのだ。
一方でミュンヘンの自動車メーカーは、それほど悲観的には受け止めていなかったかもしれない。BMWはすでにZ1の計画を進めており、1987年のフランクフルト・モーターショーで発表の後、翌年にかけて5000台を超えるプレオーダーを受けていた。安価で軽量、運動性能にも優れたライバルの登場は歓迎できるニュースではなかったかもしれないが、BMWのニューモデルへの需要は強く、投機目的も含めて、注文数は増える一方。市場の注目もすぐに取り戻せると考えていた。
注文した動機に関わりなく、注文したひとびとはZ1のステアリングを握ることを心待ちにしていたに違いない。ドイツ語で未来や将来を意味する「Zukunft」や、BMWの技術部門の中心を意味する「Zentral Entwicklung」など、様々な言葉を連想させる「Z」の頭文字が付いていたのだから。
BMWテヒニーク社による初めての研究成果
Z1はエンジニアのウルリッヒ・ベッツ博士によるプロジェクトで、BMWの技術開発を請け負う、BMWテヒニーク社(BMW Technik GmbH) として初めて生み出されたモデル。新技術や新素材に注目し、垂直にスライドしサイドシルに格納されるドアなど、特徴的なデザインを備えていた。また、横方向の制御に2本、縦方向に1本のコントロールアームを備える、マルチリンク式のリアサスペンションを装備した、初めてのBMWでもある。
シャシーも特別で、従来のBMW性のモデルとは一線を画す設計になっている。亜鉛メッキ処理されたスチール製のモノコックに、プラスティック製のフロアパネルが接着され、ボディパネルはゼネラル・エレクトリック社製の耐衝撃性に優れたゼノイ樹脂が用いられていた。ただし、ボンネットやトランクリッドなどは一般的なFRPを使用している。
すべてのボディパネルはゴム製のマウントとトルクスネジを用いてシャシーに固定され、ある程度の可動領域が確保されつつ、走行機能を持つベアシャシーから取り外すことも可能だった。BMWによれば、ボディパネル一式の取り外しに要する時間は40分としており、パネルを交換すればボディの色を変更できることから、注文者には交換用ボディパネル・セットの購入も勧めていた。しかし実際は、それ以上の時間(数時間)を要し、アマチュアメカニックの貴重な週末を浪費させることになるのだが。
複雑なボディ構造や新開発のシャシーとサスペンションに多額の開発費用が投じられたが、ドライブトレインはE30型の3シリーズのものが流用されている。2.5ℓのM62型直列6気筒エンジンは触媒が付かず、170psを発生。組み合わされた5速マニュアルは、軽量化の目的でトランスミッションケースの素材がアルミに置き換えられていたものの、ギアレシオは3シリーズのまま。強固なトルクチューブがトランスミッションとディファレンシャルギアを直結している。E30の少しロングギア比すぎた3.46:1のファイナルレシオを、3.64:1にまでショート化することで、加速性能を向上させていた。
軽量化の努力をしたもののZ1の車重は1290kgで、ドライブトレインの流用もととなった325iよりも重くなっている。ちなみに、ロータスのライバルモデル、エランの車重は1022kgとだいぶ軽量だった。
完璧な重量配分に先進のサスペンション
さて、今回ご登場願ったのはジェフ・ヒューイソンのBMW Z1。乗り込む時に、まずはボタンを押してドアをスライドさせるのだが、美しくサイドシルに格納されるメカニズムはスムーズであるものの、オーバーエンジニアリングとも取れる構造で、クルマの重さも実感できる。例えが古いが、ダンヒルのローラガス・ライターやモンブランのボールペンのように。
直6エンジン自体はいつものBMWのものだから、滑らかで活発に回転し、スムーズで静かにアイドリングする。分厚いサイドシルに囲まれていることもあって、スライド式のドアは下げたままクルマを走らせることも可能。コンバーチブルを初めて運転したときのような特別な開放感を味わえるものの、案外すぐに慣れてしまう。サイドサポートが立ち上がった深く座れるシートのおかげで、コーナーを攻めてもウイリス・ジープのように身体が車外に放り出されることはない。でも、タックイン時と大きなボディロールにはご注意を。
エンジンだけでなく5速マニュアルも堅牢で、積極的に変速したくなる正確なシフトフィールを備えており、楽しさを引き出せるドライブトレインだ。エンジンの回転数を上げれば、英国南部、サウス・ダウンズの海岸線に広がる道を、とてもタイトに走ることがわかる。
エランが搭載する4気筒に付いてるターボは備わらなくても、排気量の大きなBMW製ユニットは驚くほど逞しい。非常に優れたエンジンなことはもちろんだが、6気筒ならではのサウンドが心地よく、アクセルから足を離させなくさせることも一因だろう。
Z1最大のスロトングポイントは、E36に先んじて投入された先進的なサスペンション構造が、完璧な重量配分を持つロードスターに組み合わされていること。実際、コーナーへ侵入していくと、期待以上の深い味わいが返ってくる。まるで、有名パティシエが生み出す風味豊かなスイーツのようだ。メカニカルグリップも充分で、ボディロールが大きくなってもシャシーは完全にコントロールできている。
前輪駆動の課題に向き合った新開発ウイッシュボーン
たとえブレーキを強く踏み込んでも、優れたZアスクルのおかげで、ボディが激しく沈み込んだりノーズダイブすることもない。加えてストローク時のホイールアライメントも維持し、キャンバー角やトー角は適切に保たれる。その結果、路面が荒れていたり轍がひどい場合でもタイヤの接地性が担保され、乗り心地やハンドリングをBMWらしい良質なものにしている。トリッキーなスライドドアを積んだことによるボディの重量増の悪影響も、最小限に留めているといえる。
新車当時のAUTOCARのロードテストの評価も高かった。1989年にドイツの南西部のホッケンハイム・サーキット周辺でテストしたインプレッションでは、「シャシーの動力性能は、記憶にあるクルマの中でも屈指の仕上がり。ランボルギーニ・カウンタックやアウディ・クワトロ、ロータス・エスプリですら霞んでしまう」と記されている。このロードテストは、1989年のAUTOCAR8月号の表紙を飾ったロータスのニューモデルM100型エランを試乗する前のこと。
気になることといえば、主にドイツ市場を意識して生み出された都合で、左ハンドルしか選べなかった点。高まるエンスージャストの気持ちとは裏腹に、生け垣が迫り、道幅はより狭く感じるだろう。しかも収穫期になると大きなトラクターがセンターラインを割って走るから、ヒヤヒヤしてしまうのだった。
一方で、息の長いエスプリやBMW Z1とは異なり、M100型エランはロータスとして初めての前輪駆動モデル。これまでの経験とは異なるものが要求されたはず。しかし、他のメーカーが前輪駆動ならではのトルクステアやエンジンの振動、サスペンション設定に悩む中で、ロータスのエンジニア、ロジャー・ベッカーは解決策を見出した。
インタラクティブ・ウイッシュボーンとロータスが呼び特許を取得したサスペンションがそれで、比較的一般的な、横にした「A」の形状をしたサスペンションアーム構成を持っているが、堅牢なブッシュとアルミニウム製の部品を組み合わせることで、サスペンションに革命を起こした。走行スピードに影響されることなく、キャスター角が不変となるため、タイヤは路面に張り付き、ロードノイズや振動の低減も顕著だった。
エンジンとトランスミッションはいすゞ製
M100型ロータス・エランを多くの自動車メーカーは、革命児としてもてはやしたが、そもそもロータスといえば、軽量なスポーツカーのパイオニア。オリジナルのエランと同様に、M100もまたセントラル・バックボーンシャシーに独立したフロアパンを持ち、スチール製のアウトリガー部にリベットと接着剤を用いて固定されていた。さらにボディ下部とドアのインナーパネルがボディ剛性を高める役目も果たしている。
BMW Z1と同様に、エランもプラスティック素材と整形技術の向上を活用。アシュランド社が開発した、温水で加熱された金属型に樹脂を注入する成形技術により、硬化時間を半分へと短くしている。
1980年代のロータスは、年間1000台を超える程度の数しかクルマを生産しておらず、最も開発費用がかかるコンポーネンツには、大手自動車メーカーからの供給が不可欠だった。そこで発表されたのが、当時の親会社であったゼネラルモーターズではなく、日本の商用車メーカーのいすゞとの連携。エンジンなどのパワートレインの供給を受けることになる。
当時のいすゞは、ジェミニなど魅力的でエキゾチックなクルマも販売しており、選ばれたのは1588ccの4気筒ターボエンジンで、SEとS2グレードがラインナップされた。また、ごく少数ながら自然吸気の1.6ℓモデルも製造されている。
横置きに搭載された4気筒エンジンには、マルチポイント・フュエルインジェクションが組み合わされ、ロータスでチューニングを受けることで167psを発生。ライバルのZ1とほぼ肩を並べると同時に、MX-5(ロードスター)より遥かにパワフルだった。また5速マニュアルもいすゞからの提供だったが、ファイナルレシオ変更し、容量の大きいクラッチを装備することで、エランの不足のないパワーをしっかりと受け止めた。
ロータスならではのハンドリング
ポール・フラーがオーナーの、M100型ロータス・エランに座ってみる。スペックシートの数字だけでなく、ドライビングポジションもドイツのライバルより低く、上下にスライドするドアを持つZ1と比較すると囲まれ感も適度で、インテリアの雰囲気はスポーティ。シートは快適だし、肘周りの空間も充分あり、背の高いドライバーでも不足ない車内高も確保されている。
いろいろな意味でエランは時代を先取りした存在だったが、大きく傾斜したフロントガラスや奥行きが深いダッシュボードを見ると、今でも若々しく感じられる。細身だったエランと比較すると、安定性を向上させるために広げられた、想像以上に幅のある全幅に驚かされる。
M100型のずんぐりとしたプロポーションは、先代のライトウェイト然としたイメージとはかけ離れているが、流石はロータス生まれ。ハンドリングは秀逸でZ1を含む当時のライバルたちよりも、明確に速いペースで大地に延びる道を走り抜ける。
最高速度はエランとZ1ともに218km/hとなっているが、ターボエンジンを搭載するエランの方が加速は素早い。0-96km/h加速で見ると1.4秒の差があるが、実際に走らせてみるとそれ以上の違いが感じられる。実際、80km/h-112km/hの加速時間は、エランが7.7秒なのに対し、Z1は13.2秒と倍近い時間差がある。ロータスのクルージングスピードの高さもさることながら、4000rpm以上になるとターボブーストが掛かり、ほうれん草を食べたポパイよろしく、背中を押し付けられるような加速を見せてくれる。明確なトルクステアを生じながら。
BMWとロータス、それぞれの個性
郊外のうねった道でペースを高めていくと、インタラクティブ・ウイッシュボーンを搭載したフロントサスペンションの効果を体験できる。BMWのような一般的な後輪駆動のクルマと異なり、前輪駆動のエランは、グリップの限界領域になるほど、コーナーをさらに攻め込んでいくことができるのだ。
一線を越えてしまっても、アンダーステアの挙動は先が読みやすく、コーナーの途中で急にアクセルを戻さない限り、徐々にグリップは回復していく。フォルクスワーゲン・ゴルフやプジョー205などで肩を慣らしたドライバーにとっては、いつものことだろう。
恐らく、ロータスのエンジニアは予算を意識したクルマの開発に慣れていたからだと思うが、エランはZ1より遥かに手頃な価格が設定された。新車当時の英国でのプライスタグは1万9850ポンド(293万円)で、BMW Z1はといえば、BMWらしいハンドリングが楽しめるとはいえ、3万7728ポンド(558万円)と倍近い差がある。新車当時の価格差はその後徐々に大きくなり、現在のエランとZ1との差は、様々な要因があるとはいえ、目を疑うほどになってしまった。
今振り返れば、エランはホットハッチから屋根を取り払ったクルマとして、ドライバースカーとしての役目を果たしたといえる。いかにもロータスらしい、目的を明確に絞ったクルマだった。反面Z1は、目標を見出すのに悩んでいたようにすら思える。BMW Z1が生産されたのはわずか2年で、素晴らしいシャシーバランスに見合った充分なパワーを得ることは、最後までなかった。
ドライバーズカーというより、エンジニアのための実験台に近かった印象の残るZ1。しかし、よく晴れた午後にドアを下げたまま心地よい風を受けながら走っていると、その実験は成功だったといえるかもしれない。
オーナーの声
BMW Z1:ジェフ・ヒューイソン
BMWの技術力に惹かれたヒューイソンは、Z1が気に入り、オーナーになった。「Z1を初めて見たのは2001年のオークションでした。わたしは以前からクラシックモデルをチェックはしていたのですが、Z1は今まで聞いたこともなく、一目惚れ状態でした。いつか維持できる日がきたら、購入すると決めたのです」と話すヒューイソン。
Z1をオークションで見てから5年後、ヒューイソンは地元の専門店でBMWを運転する機会を得る。「それはZ1ではなく、オークションでよく見ていた車種でしたが、直6エンジンの魅力に引き込まれました。そして、妻に購入すると告げたのです」と、12年前を振り返る。
「運転は楽しいとしても、あくまでも趣味のクルマ。自動車のイベントに出かけたり、短いドライブツアーを楽しむためのようなクルマです。わたしがよく出かけるのは、ロンドンのクラシックカーショーやシルバーストーンサーキット、ロンドンの西の街、ザッチャムなどでのイベント。そのために年間1300kmくらいは走ります」
「このクルマは自動車工学のマスターピースで、素晴らしい仕上がりだと思いますが、地方の路面が痛んだ道を走ると、ボディパネルを損傷する恐れがあるんです。それと、わたしがオーナーになってから、ガレージにバックで駐車する際、リアバンパーをぶつけてダメージを与えてしまいました」
「リアバンパーはもうスペアパーツが出てこないので、修復してくれるひとを見つけました。再塗装はBMWに頼み、1200ポンド(18万円)も掛かりましたよ。殆どの部品は今でも入手可能ですが、全体的に価格は上がってきていますね」
ロータス・エランS2:ポール・フラー
古くからロータス・エランのファンだったフラー。「わたしがまだ10代だった頃、通学に使っていたカバンにロータスのステッカーを貼っていたんです。きっとそれが今に影響していると思います。何しろ今もそのカバンを持っているんですから」
「長い間ロータスを手に入れたいと夢見てきましたが、2010年に、いくつかのモデルを検討したあとで、このエランに決めたんです。私はこのM100をとても気に入っています。郊外の道だけでなく、高速道路でもサーキットでも、非常に優れた走りをしてくれます。既に20年以上前のクルマですが、いまでもエンジンは一発で始動しますよ」
「8年間所有していますが、定期的なメンテナンス以外ではタイヤを数セット購入したことと、ブレーキランプの電球とバッテリーを交換した程度。いままで所有してきた中で、最も信頼性のあるクルマだと思います。ハンドメイドなので、いくつかの欠点はあります。ルーフの防水性は完璧ではないですし、破れたり水漏れすることもあります。今のところ、新しいソフトトップとウェザーストリップ類の交換が最大の出費ですね」と楽しそうに話すフラー。
「つまり、私は常にロータスに乗っていて、屋根を閉めて走る機会も少なくないんです。中には全幅が広すぎるというひともいますが、わたしはこのクルマが非常に美しいと思いますし、所有していることを誇りにしています。沢山のオーナーズクラブやウェブサイトもありますよ。私のおすすめは、Club Lotusと、Lotus Elanというサイト。購入を考えているのなら、まず覗いてみはどうでしょう」
2台のスペック
BMW Z1のスペック
■新車価格(当時) 3万7728ポンド(547万円)
■全長×全幅×全高 3925×1690×1277mm
■最高速度 218km/h
0-96km/h加速 7.9秒
■燃費 9.9km/ℓ
■CO2排出量 ー
■乾燥重量 1290kg
■パワートレイン 直列6気筒2494cc
■使用燃料 ガソリン
■最高出力 170ps/5800rpm
■最大トルク 22.6kg-m/4300rpm
■ギアボックス 5速マニュアル
ロータス・エランS2(M100)のスペック
■新車価格(当時) 1万9850ポンド(287万円)
■全長×全幅×全高 3803×1885×1230mm
■最高速度 218km/h
0-96km/h加速 6.5秒
■燃費 7.0km/ℓ
■CO2排出量 ー
■乾燥重量 1023kg
■パワートレイン 直列4気筒1588ccターボ
■使用燃料 ガソリン
■最高出力 167ps/6600rpm
■最大トルク 20.4kg-m/4200rpm
■ギアボックス 5速マニュアル
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