2026年からのF1世界選手権への参入、それを受けたLMDh開発プログラムの中止により、相次いでワークスドライバーが流失しているアウディスポーツ。ヨーロッパのパドックではさまざまな噂がささやかれる中、アウディスポーツのカスタマーレーシング代表、クリストファー・ラインケに、今季の活動や噂の真意について直撃した。
■量産終了のR8、『Evo3』アップデートはあり得る
──今季のヨーロッパのアウディスポーツの活躍について、感想をお聞かせください。
2026年からF1参戦のアウディ、ザウバーとファクトリーチーム契約。株式取得の計画も
ラインケ:今年のGT3、GT4、GT2やTCRといったカスタマースポーツは総合的にみると世界中で非常によい活躍を見せ、数々のポディウムを飾ることができた。特に第50回記念大会のニュルブルクリンク24時間レースでの優勝は、非常に印象深いものがあった。
スパ24時間レースでは思ったような結果ではなく、失望した部分も多かったのは否めない。また、とくにDTM(ドイツツーリングカー選手権)では、ホッケンハイムの最終戦まで複数名のドライバーが高いレベルでチャンピオンタイトルを争うという、最後の最後まで緊張感があふれ、息を飲む展開となったことはとても良かったと思う。
──特にニュル24時間レースでは、レース序盤でマンタイレーシングのポルシェを駆るローレンス(兄)とフェニックスレーシングのアウディを駆るドリス(弟)のファントール兄弟による息を飲むバトルが繰り広げられ、かなりセンセーショナルな印象を残しましたが、アウディスポーツとしてはどうあのバトルを見ていましたか?
ラインケ:ローレンスはポルシェのワークスドライバーであるが、アウディで育ったドライバーであると同時に弟のドリスもアウディでプロとしてのキャリアが始まっただけに、彼らふたりの対決は特別な感慨でアウディとしては見守っていた。
また、アウディとポルシェはVWグループの企業同士でもあり、実の兄弟というなんとも特別な戦いで、兄がクラッシュするという悲劇の結末となってしまった。彼に怪我がなかったのだけが幸いだ。日頃は仲が良い兄弟の対決だけに、彼らふたりにしか分からない心情があっただろうと思われるし、非常にエモーショナルなバトルだった。
──現在のGT3、GT4、GT2のベース車両となっているR8ですが、量販車の製造は今後終了することがすでに発表されています。今後、これらのカスタマーレーシング用のマシンのベースモデルが変更される可能性はありますか?
ラインケ:R8の量販車は遅かれ早かれライフサイクルが終了する。その日が訪れることを見越して、アウディとしては当然ながら以前から準備をしている。ただ、現時点ではR8はまだホモロゲーションが有効であり、すぐに新モデルが登場することはない。
GT3、GT4、GT2はすべてR8がベースモデルとなり、アウディのスーパースポーツカーを象徴しているとおり、世界中のレースで非常に成功を収めている。このサクセスストーリーはR8とともにまだまだ続く。Evo3という形でアップデートする可能性もあり得る。
──それではR8の後継モデルとして、RS5がベースとなるGT3等の車両が出ることはない、ということでしょうか。DTMのクラス1の時のようにRS5をベース車両としてレーシングカーを作ることは不可能ではないと思いますが。
ラインケ:私の考えではそのオプションもあり得ると思うが、理想を言うなら、アウディが次期アイコンとなるようなスーパースポーツカーを作り、それをベースにカスタマー用のレーシングカーの製造と販売を行う、ということだろう。もしも今後そのようなモデルが出なかった場合は、たとえばBMWのM4のようにスポーツクーペをベースにするという方法も議題に上げる必要が出てくる可能性もある。
■「才能ある若手」をラインアップに加える可能性も
──あなたは長らくアウディのLMP1にエンジニアとして携わり、その後カスタマーレーシングのトップに就任されました。LMP1出身ということで、アウディのLMDh開発プログラムの中止はどう思われましたか?
ラインケ:私がアウディへ入社する前はGTやF1を経験し、LMP1のエンジニアを経て、LMP1のプロジェクト代表となった経験上、アウディにとっても私にとってもル・マンは特別な場所であり、特別なレースだということはいまも間違いない。しかし、アウディはLMDhよりもF1で世界へ挑戦する道を選んだ。
テクノロジーのエポックとして、新たにハイパーカークラスが誕生し、新マシンを開発するということは、事前に長い準備と開発への集中力が一貫として必要とされる。各社が相当の覚悟と希望を持って技術的野心を抱き、WECやIMSAなどへは相当な時間も金額も費やして挑まなければならない。私もそれを長年経験してきただけに、アウディのLMDhの開発プロジェクトが中止となったことは非常に残念だ。
──アウディを駆り、大成功を収めたベルギーに拠点を置く大型カスタマーチームのWRTがBMWへとスイッチすることを発表した際には、かなりの衝撃でしたが、あなたはそれをWRTの幹部から打ち明けられた際にはどう感じましたか?
ラインケ:WRTは長年アウディのカスタマーチームとして大きな功績を遂げた素晴らしいチームだ。しかし、彼らが所有する5台という数は、アウディが世界に送り出したGT3マシンのほんの数パーセントに過ぎず、世界中に数多く存在するアウディのカスタマーチームがWRTに代わって今後の更なる活躍に期待したい。
ただ、アウディのLMDhプロジェクトについて話し合っていた際に、かなり早くの段階からWRTからのコミットメントがあり、LMDhのカスタマーチームとして再びアウディがル・マンへ参戦するというディメンションを描き、夢見ていた仲間であったのは事実だ。
アウディスポーツがLMDhプロジェクトから抜けた後、WRTが独自でWECやル・マン参戦は不可能となった。従って、彼らがアウディを去り、BMWとともにル・マンへの道を歩むという決断に至ったことに対しては理解を示したし、それを止めることはできなかった。WRTと多くの勝利を喜び、素晴らしい時間と密接な関係であったことから彼らとの別れの決断に、私の心は複雑で非常に残念で仕方がなかったといえる。
──アウディを代表すると言っても過言ではないワークスドライバーのマイク・ロッケンフェラー、レネ・ラスト、ニコ・ミューラーが次々とアウディ離脱を発表しました。特にラストやミューラーは、もしもLMDhプログラムが継続したのならば移籍はしなかった、このままアウディに留まりたかったと語っています。
ラインケ:特に私のLMP1時代には、ロッケンフェラーとラストとは多く時間をともに過ごした。ミューラーはDTMからアウディに加入したドライバーで、3人はともにドライバーとして非常に優れ、人間的にも素晴らしいく、私としても彼らがどうにかアウディにこのまま残ってくれないかと願ったものだ。
しかし、彼らにはプロのレーシングドライバーとして描くキャリアのビジョンや、ハイパーカークラスでル・マンの頂点に立ちたいという強い目標がある。その目標に向かって邁進していたところ、突如会社都合で中止となり、将来が閉ざされたのだから、彼らの失望も相当なものだったに違いない。従って、彼らの決断には理解ができたし、まだ若い彼らに与えられたチャンスを奪うわけにはいかなかったので、快く彼らを送り出したいと思った。
──WRTの所属でアウディのドライバーとなったドリス・ファントーアやフレデリック・バービッシュといったドライバーもWRTと共に移籍するとも噂されており、一気にアウディのワークスドライバーが減りますが、新たなドライバーを来季に向けて補充する予定はありますか?
ラインケ:現時点では明言できないが、才能ある若手を新たに迎え入れる可能性はある。
(編註:この取材後、10月30日付で、ドリス・ファントールとシャルル・ウィーツのアウディスポーツ離脱が発表された)
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