ポルシェ911との比較でSLの本性に迫る
メルセデスAMGを名乗る以前の1990年代から、清潔な工房で特別なエンジンを組み立ててきたマイスターの1人、ティモ・ノードハイム氏。彼のような人物が、高貴で豪腕なAMG SLの背後には存在してきた。タガの外れたブラックシリーズも含めて。
【画像】ポルシェ911 カレラGTSとメルセデスAMG SL 55 先代と最新のSL 63、GT3も 全102枚
7.2LのV型12気筒エンジンを搭載し、傑作として名高いR129型もその1つ。だが、SLはメルセデス・ベンツの伝統と格式を備えるモデルであり、AMGはそれに華を添えただけともいえた。
しかし、2022年に大きな変化があった。メルセデス・ベンツではなく、メルセデスAMGの独自モデルへ鞍替えしたのだ。名家育ちの婦人が、ロックミュージシャンのノエル・ギャラガー氏と手を組んだようなもの。つまらない結果は想像できない。
ほぼ仕上がった状態のSLをチューニングするのではなく、AMG自ら精神を根本から見直し、開発までを担った。もはや、強化したシャシーにパワフルなV8エンジンを押し込んだ、ソフトでロングノーズなグランドツアラーではなくなった。
AMG仕様のSLという関係性ではない、シリアスなスポーツモデルとしてのAMGが目指されている。その結果、AMG GT ロードスターの存在が揺らぐことにもなるのだが。
それでは、どのフェイズのAMGが落とし込まれているのだろう。ガルウイングをまとうSLSのような、現在のブランドの象徴が目指されたのか。プラグイン・ハイブリッド(PHEV)化された4気筒を積む、最新のC 63に近いのか。
今回は、改めてR232型SLの本性に迫ってみたい。有能なライバル、ポルシェ911との比較で。
承認欲求の強いM177型V8エンジン
新型SLの国際発表会で、AMGの最高技術責任者を務めるヨッヘン・ヘルマン氏は、次のように話している。「SLの歴史を振り返ると、モータースポーツから始まったことがわかります。新しいモデルでは、その繋がりを再び生み出そうと考えました」
なかなか期待をもたせる発言といえる。今回持ち込むべきは、911 カレラGTS カブリオレではなく、911 GT3だったかもしれないと思わせるほど。
ただし、R232型にはSLとして史上初となる+2のリアシートが備わる。優雅なファブリックルーフを背負い、車重は1870kgと軽くはない。これらは、モータースポーツとの親和性が高いとはいえない。
それと同時に、ヘルマンの主張も理解はできる。真新しいアルミニウム製プラットフォームは、間もなく発表される第2世代のAMG GTと共有する有能なもの。現行のAMG GT GT3レーシングカーは、サーキットで確かな活躍を残している。
エンジンは、時流のダウンサイジング化を避けた。ノードハイム氏のプレートが、ヘッドカバーで誇らしげに輝いている。4本づつ並ぶシリンダーに挟まれた位置の、2基のターボチャージャーのすぐ隣で。
AMG謹製のM177型ユニットほど、承認欲求の強いエンジンは存在しないかもしれない。ステアリングホイールを握っていても、路肩で流麗なスタイリングのボディを見送っても、違いへ気付ける。
63では585psと81.4kg-mを発揮
量産モデルに搭載され始めたのは2015年からだが、最新のSL用としては、吸排気系へ改良が施され、専用品のオイルパンが組まれている。今回お借りした55グレードの場合、最高出力は475ps、最大トルクは71.2kg-mがうたわれる。
これで足りない人のために、63もある。こちらのチューニングでは最高出力が585psへ高められ、最大トルクは81.4kg-mを生み出す。最高速度も313km/hへ上昇する。
9速オートマティックと、4マティック+と呼ばれる4輪駆動システム、後輪操舵システムなどは55と63で共通。ちなみに、さらにパワフルなPHEV版も控えている。4気筒ターボの43が、エントリー側に据えられる。
SL 55の場合、サスペンションはセミ・アクティブダンパーにアンチロールバーという組み合わせ。SL 63では、マクラーレンの設計にも似た、クロスリンク状態の油圧ダンパーが装備される。
後者の方が洗練されたアイテムだが、約17万5000ポンド(約2800万円)の英国価格を踏まえれば当然といえるかもしれない。一方、SL 55は約14万8000ポンド(約2368万円)から。アクティブ・エンジンマウントと、電子制御LSDも省かれる。
内容を確認していくと、最も能力に長け、表現力が豊かな最新のSLは63だといえる。一方で、911 カレラGTS カブリオレの英国価格は約12万5000ポンド(約2000万円)から。比べればだいぶお手頃だ。
長距離を安楽に走る能力では911を凌駕
さて、SL 55は、ロンドンからグレートブリテン島の中東部に位置するノース・ヨーク・ムーアズ国立公園まで、約400kmを短時間に走りきった。凍えるような寒さでも。
このような上級モデルの場合、醸し出される雰囲気はとても重要。運転席に座っていると、ロングノーズであるこをとまじまじと実感するが、コクピットはAMG GTとは異なり、そこまでタイトではない。
ボディの低い位置へ埋まるような印象はなく、リアタイヤの接地感がしっかり伝わってくる。ロードノイズはAMG GTや911とは別次元の静かさ。内装はレザーで仕立てられ、ドライバーの正面では大きなモニターが光る。
コンフォート・モードを選んでいれば、乗り心地はいったって快適。V8エンジンは過度に主張することなく、淡々と仕事をこなす。一気に往復の800kmでも運転できそうな、心地良さがある。SLらしい、古き良き味わいを今に残している。
反面、沢山の外光が降り注いだ、先代のR231型の雰囲気とも異なる。驚くほど大容量の荷室も備わってはいない。だがそれは、リアシートが補う。ポルシェ911も荷室は狭いが、こちらはグランドツアラーに軸足を持たない。
長距離を走るという能力で、SL 55が911 カレラGTS カブリオレを凌駕することは間違いないだろう。V8エンジンはスムーズで、外界との隔離性も高い。
この続きは後編にて。
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