GSX-R600、GSX-R750も無い今……
GSX-R1000Rが2022年に販売終了となった後、大型車のフルカウルスポーツはハヤブサのみとなっていたスズキ。
一方、ホンダ、ヤマハ、カワサキは600~800ccクラスのフルカウルスポーツをラインアップし続けているほか、アプリリアやトライアンフなどヨーロッパメーカーも同クラスで存在感を見せている。
そうしたなか、スズキは2024年モデルとしてフルカウルスポーツの新型車GSX-8Rを投入。日本では1月25日から販売が始まっている。
【画像11点】スズキ新型フルカウルモデル「GSX-8R」のメカニズムを写真で解説
GSX-8RはアドベンチャーのVストローム800、ネイキッドのGSX-8Sとエンジン・フレームを共有するプラットフォーム展開から生まれたモデルであり、「GSX-R」を名乗るモデルではない。
だが、開発チームによればサーキットでスポーツライディングも楽しめるバイクになっているという。その走行性能とは? また、同じくロードスポーツであるGSX-8Sと走りの特性はどう違うのか。
スズキは2024年2月に同車の国内報道陣向け技術説明会を開催。開発チームから6名が登壇し、コンセプトや採用技術に関して解説が行われた。当記事ではそのコメントとともに、GSX-8Rの走行性能について迫っていく。
新開発の775cc並列2気筒、名機650ccVツインの後継となる?
トルク感が大きな特徴だというエンジンについて、エンジン設計グループの八木慎太郎さんはこう語る。
「ロードスポーツとアドベンチャーを両立できるエンジン、その答えがパラレルツイン(並列2気筒)でした。左右幅は広がりますが、前後長を短くできるので車体レイアウトの自由度を高められます。さらにフレームをコンパクトにできるので、スイングアームを長くすることもできます」
プラットフォームという重要な要素は、エンジンの排気量、ボアとストロークの決定にも欠かせないものだったと八木さんは続ける。
「ライダーの実用域を想像したとき、低速からの太いトルクと立ち上がりがキーポイントで、ボアとストロークのバランスが重要であると考えました。その結果、スズキのこのカテゴリーとしてはストロークを長めの70mmに、ボアを84mmとして775ccの排気量に辿り着きました。これはバイクのキャラクターを左右する重要なファクターのため、これだと決めるまでにいっぱい悩んだことを覚えています」
ミドルクラスという大まかな目標はあっただろうが、排気量ありきで設計されたのではなく、あくまで特性を優先して設計した結果が、700ccでも800ccでもない、775ccというわけだ。
「このエンジンはスムーズでリニアで、とてもトルクフルです。私たちのすべての知識、新しい技術、なにより情熱を注ぎ込んで設計しました。エンジンはとてもコンパクトなので、フレーム幅はSV650よりもさらにスリムです。動力性能、振動、機能、外観、多角的に努力した結晶です。カタログスペックには表れない部分にもこだわって作り上げました。私たちはエンジンを作ったのではなく、バイクを作り上げたのだといっても過言でないと思っています。今後20年、それ以上に皆様に愛され続け、名機と呼ばれるよう進化、成長を続けていきます」
エンジン実験グループの柴野 謙さんからはエンジンの特性について説明が行われた。
「出力特性は低回転の力強さと、中から高回転の伸びやかなバランスについて、SV650のものを基本にこれを強化する方向で開発しました。そのため、最高出力発生回転数はSV650と同等としながら、低回転から中回転のトルクに厚みを持たせたものとしています。最大トルク発生回転数もSV650と同等の6800回転ですが、その90%を5000回転で発生して力強い走りを実現しました」
裏を読むと、新開発されたこの並列2気筒エンジンはSV650、Vストローム650に搭載されるV型2気筒エンジンの後継機として開発され、近い将来にあの名機、645cc90度V型2気筒エンジンがなくなってしまうのか……と邪推してしまうが、今回そのような公式コメントはなかった。
「GSX-8Rには電子制御システム『S.I.R.S.』を搭載しています。まず電子制御スロットルですが、アクセルワイヤーを持たないグリップ一体型のアクセルポジションセンサーを採用しています。これはVストローム1050から採用しているもので、800シリーズのものはバージョンアップ版です。変更は3ヵ所あり、1つは、アクセルグリップに安定感を出すため、機械的なアソビを追加しました。2つめは、全閉から開けはじめのイニシャル荷重を高め、微開度の操作性を向上したことです。3つめはスロットルを開けていくときの荷重の傾きを寝かせることで、リニアな操作性と疲労軽減を実現しました」
ライディングモードは『A:アクティブ』、『B:ベーシック』、『C:コンフォート』の3モードを搭載するが、開発で最も注力したのは中回転域の出力特性だという。
「最高出力と発生回転数はどのモードも同じですが、Cモードは中回転領域をやや抑制していて、この領域でアクセルを全開にしても、出力は最大になりません。3つのモードの差をわかりやすくし、ライダーの走行状況に応じて使い分けていただくことを想定しています」
そのほか、Vストローム1000で初採用した、MotoGPのノウハウをフィードバックしたトラクションコントロール(STCS)、アップ/ダウン対応の双方向クイックシフトシステム(オフも可能)、イージースタートシステム、ローRPMアシストも含め、電子制御デバイスはGSX-8Sと同じものを搭載している。
「Vストローム800/DEとGSX-8S/8Rの4機種はほぼ同時に開発が進み、エンジンの開発はすべて同じメンバーで行われました。ひとつの機種の作り込みを行うなかで、別機種の作り込みでさらに良いものがあれば、立ち戻って採用する作業を行なったため、単独の開発よりも大量のフィードバックが得られました。そのぶん担当者は大変でしたが、結果として完成度がとても高い車両ができたと自負しております。スペックに表れない部分も大事に開発しました」
ショーワ製SFF-BP採用の狙い
GSX-8Rはネイキッドをベースにただカウルを装備しただけではない。専用開発のサスペンションを採用したほか、細かな調整も行われている。車体設計を担当したプラットフォーム設計グループの岡村拓哉さんは具体的な狙いについて次にように語る。
「快適性とスポーツ性を両立するため、GSX-8Sから4つを変更しました。カウリングを装着し((1))、ハンドル位置を下げることで前輪分担荷重が増し((2))、フロントの接地感を向上させました。ヘッドライトとメーターのマウント位置をハンドルからカウリングに変更((3))することで、ステアリング周りの慣性力を低減させ、軽快なハンドリングを可能にしました。サスペンションはGSX-8R専用に開発((4))しました。セッティングの変更はもちろんのこと、加速性能と最高速が向上し、前輪分担荷重が増えたGSX-8Rの運動性能を最大限に引き出すため、フロントフォークのアンダーブラケットの掴み部を3mm大きくして剛性を向上させています。
快適性とスポーツ性を両立するため、サスペンションは軽量で作動性が良く、微小なストロークから必要な減衰力を出せる特性が必要だと判断しました。そのために最適なものが、ショーワのSFF-BPでした。このサスペンションはフォークの左右で機能を分離させ(SFF=セパレートファンクションフォーク)、減衰発生機構を片側に集約しています。それにより部品点数が減り、軽量化につながっています。また、ピストンがひとつになることで、フリクションの低減にも貢献しています」
SFF-BPはその名の通り「ビッグピストン(BP)」であることがもうひとつの特徴。フォークインナーチューブ径が41mmの場合、一般的に直径20mmのピストンが使われるが、SFF-BFでは直径37.6mmピストンを使う。受圧面積が増えることで、微小なストロークから高い減衰力を発生することができ、低速ではしなやかで快適、高速ではしっかりと安定した性能を発揮する、と岡村さん。
「入力(サスペンションを縮める力)が小さな街乗りではしなやかにサスペンションが動き、スポーツ走行などではノーズダイブを抑えることができます。この特性を生かしてGSX-8R専用にセッティングを進めていきました。しかし、テストライダーからの『GSX-8Sのようなニュートラルで軽いハンドリング』という要求が非常に高く、満足のいく操縦安定性をなかなか作り込むことができませんでした。
結果が出たのは、フォークのスプリングをシングルレート化し、ストロークに対する特性変化を少なくしたことです。これにより150gの軽量化にも貢献しています。そしてバルブセッティングを繰り返し、低速から高速までリニアに減衰が発生する諸元を作り込みました。どこかひとつを変えると、ほかとの関係が悪くなる、ということの繰り返しで、テストした諸元は100をゆうに超えます」
テストライダーが語る実力「サーキットを攻め込んでも非常に安定して走れる」
テストライダーを務めた品質管理グループの佐藤洋輔さんはGSX-8Rの走りのキャラクターについて、開発時に苦労した点を交えながらこのように説明する。
「これまでのスズキのどのバイクも、ライダーの走行フィーリングを重視して開発しています。GSX-8Rを開発していくなかでスズキがこだわったところを説明いたします。まずエンジンは、リニアなトルクと広いパワーバンド、各操作性……たとえば電子制御スロットルですとかクイックシフトですね、操作性を重視して開発しました。モードを選択できるSDMSですが、以前のミドルクラスGSX-S750にはついていませんでした。なぜならメカニカルスロットルだったので、出力を3種類に分けることがむずかしかったのです。
極端な話をすると、電子制御スロットルだと、たった1°開けただけでもエンジンを全開にすることができます。当然、危ないからそんなことは絶対にやりませんけど、そういう制御ができるようになったということで、たとえばAモードではスロットルを開けていく過渡の領域でのスペック以上の体感出力を得ることも可能になりました。逆にCモードは雨の日でも、いつもと同じように開けていける。それくらい出力の差を設けることができるようになりました。何度もCモードのテストをしましたが、雨の日……走るのイヤだなと思って走りはじめるんですけど、それでもスロットルをガンガンと開けて走れると、『雨の日もこんなに走るの楽しいんだ』と思えるようになりました」
走行モードはずっと固定したまま乗っている人も多いものだが、それでは最新技術がもったいない。GSX-8Rでは違いを明確にすることで、ライダーが積極的にモードを変更して「安全と楽しさ」を両立できる設定としている。
「ライディングポジションは、サーキットを本気で走るのならもっと前傾にしてステップも上げたり後ろへ下げたりする必要がありますが、そうすると自然で乗りやすいポジションではなくなってしまいます。それでもフレームの剛性やサスペンションの限界性能が高いので、ステップを擦るほど攻め込んでも車体は非常に安定したまま走れます」
メインステージはあくまで一般道であって、ワンランク上のスポーツライディングを楽しむサーキットも不満ないレベルで走れる拡張性を持つ。それがGSX-8Sと最も異なるGSX-8Rの魅力であり、個性なのだろう。
「さまざまな機種開発に携わったなかで、自分には共通のコンセプトというようなものができました。それは自然で乗りやすいバイクが理想ということです。乗りはじめてすぐ手に馴染むというか、以前からずっとこのバイクに乗ってたんじゃないかと感じられることが私の理想です。乗りやすいマシンは楽しいし、速くも走れるます。GSX-8Rはエンジンもハンドリングも私の理想に近い、非常に自然で乗りやすいバイクに仕上がっていると思います」
GSX-Rのスピリッツを伝えるバイク
かつてスズキのラインアップには、その排気量と車格が絶妙だったスーパースポーツGSX-R750があった。さらにレースにも対応できるGSX-R600と、GSX-R1000があった。しかし残念なことに、いずれも日本・欧州では販売終了となった。
サーキット走行を視野に入れられるフルカウルスポーツバイク。その跡目を継げるのは現在のラインアップに見当たらない。だからこそGSX-8Rにはサーキット走行を楽しめるポテンシャルが必要だったし、それこそがGSX-8Sとの最も大きな差異といえるのかもしれない。
GSX-8R。「R」という文字に込めたスズキの思いや意義の正確なところはわからないが、優れたスポーツ性を有するモデルに冠される文字であることは疑いようがない。GSX-Rシリーズとは「R」の位置が異なるし、エンジン型式も排気量も違うが、GSX-8Rはスズキスーパースポーツの流れを受け継ぎ、現代、そして次世代へそのスピリットを伝えていく重責を担ったバイクといえそうだ。
レポート●山下 剛 写真●山下 剛/スズキ 編集●上野茂岐
スズキ GSX-8R主要諸元
【エンジン・性能】
種類:水冷4ストローク並列2気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク:84.0×70.0mm 総排気量:775cc 最高出力:59kW(80ps)/8500rpm 最大トルク:76Nm(7.7kgm)/6800rpm 燃料タンク容量:14L 変速機:6段リターン
【寸法・重量】全長:2115 全幅:770 全高:1135 ホイールベース:1465 シート高:810(各mm) 車両重量:205kg タイヤサイズ:F120/70ZR17 R180/55ZR17
【カラー】
トリトンブルーメタリック、マットソードシルバーメタリック、マットブラックメタリックNo.2
【価格】
114万4000円
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