F1アゼルバイジャンGP決勝の終盤では、首位走行中のマックス・フェルスタッペン(レッドブル)がタイヤバーストによってクラッシュ。赤旗再スタートとなったことで、セルジオ・ペレス(レッドブル)に押さえ込まれていたルイス・ハミルトン(メルセデス)に勝機が生まれた。ハミルトンは2番グリッドからスタンディングスタートを迎え、抜群の蹴り出しでペレスの前に立ったかと思われたが、ターン1でコースオフ。これによって目の前にあった勝利と、選手権リーダーを奪還する機会を失った。
ハミルトンはターン1へのブレーキングで激しくスモークを上げながらロックアップ。そのまま滑るようにしてエスケープゾーンに消えていった。
■フェルスタッペン、勝利目前でまさかのタイヤトラブル「ピレリはデブリのせいにするだろうけど……」
レース後ハミルトンは、メルセデスの有名な“ブレーキマジック”がコースオフの原因なのではないかと無線で口にした。
「マジックをオンにしたままだったの? 間違いなくオフにしたはずだったのに……」
ではこのマジックとはどんな設定で、具体的にどうなるものなのか?
時には“マジックパドル”とも呼ばれるこのシステムは度々チームラジオでも言及されており、昨年のサクヒールGPではメルセデスから代役出場を果たしたジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)が、“マジックボタン”を押す必要性について話していた。
ズバリ“ブレーキマジック”とは、ステアリングホイールの裏面に存在するボタンのこと。これはドライバーがフロントタイヤに素早く熱を入れる上で、非常に役立つ巧妙なツールだ。
F1のパワートレインがハイブリッドになったことに伴い、ブレーキシステムの見直しが必要となった。従来の機械式のブレーキと、MGU-Kを介しての回生ブレーキを併用することになったため、そのバランスをコントロールするために、電子制御する必要性が生じたのだ。
その結果、各チームはブレーキ・バイ・ワイヤ(ブレーキペダルの踏力を電気信号に変換してブレーキに伝えるシステム)に慣れる必要があり、MGU-Kによって回収したエネルギーの量を考慮しながら、ソフトウェア上でリヤの機械式及び回生式ブレーキの仕事量、そしてフロントブレーキ(フロントは機械式のみ)のバランスをコントロールするようになった(ブレーキ・バイ・ワイヤ導入以前は、ブレーキペダルの踏力を油圧を介して各ブレーキに伝達していた)。
前後のブレーキバランスはかつて、コックピット内にあるレバーなどによって調整していたが、現在ではステアリングホイールでの操作により、制御システムを調整するようになっている。
メルセデスW12のステアリングホイールを見ると、ブレーキバランスはボタンとダイヤルによって調整できるようになっているのが分かる。左右についたボタンでブレーキバランスをフロント寄り、リヤ寄りに動かすことができ、ダイヤルでその変動幅を調節するという仕組みだ。オンボード映像では、ドライバーが走行中にブレーキバランスを変更し、その数値がディスプレイ上に表示されるシーンを頻繁に目にすることができる。ちなみに、ブレーキバランスの変動幅を変更するダイヤル(BBAL)の反対側にあるダイヤル(EB)では、エンジンブレーキの大きさを変えることができる。
一方でマジックボタンを押すと、ブレーキバランスは通常のレース中ではあり得ないレベルで前寄りになる。通常、ドライバーはフロントのブレーキバランスを55%~60%の範囲に設定するものだが、マジックボタンを押すとそれが90%になる。これにより、ブレーキをかけるとフロントのブレーキディスクをキャリパーが強烈な力で挟み込み、その結果通常以上の摩擦熱が発生。それがフロントタイヤに伝わることで、通常よりも早くタイヤを温めることが可能になるのだ。
今回ハミルトンは、赤旗後の再スタートを前にしたフォーメーションラップで、フロントタイヤを温めるためにブレーキマジック機能を利用した。グリッドについたハミルトンのフロントブレーキから尋常ではない量の煙が上がっていたのはそのためだ。
ハミルトンはグリッド上でブレーキマジック機能を解除し、スタートに備えた。しかしながら彼は、スタート直後にペレスからの牽制を避けた際に誤ってマジックボタンを押してしまったようで、再びブレーキバランスが一気に前寄りに移動した。これでは強くブレーキを踏んだ際にロックアップするのを避けることはできず、ハミルトンはターン1のエスケープにまっすぐ突っ込んでしまったわけだ。
メルセデスはレース後に、ハミルトンがどのようにしてマジックブレーキを再び作動させてしまったのかについて調査し、二度とこのようなことが起こらないように、ステアリングホイールやソフトウェアのセッティングに手を加えることになるだろう。
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