年収700万円以上というビジョン
先日、日本経済新聞のインタビューで、路線便大手の福山通運・小丸成洋社長は、「集配車のドライバーは年収600万円以上、長距離ドライバーは年収700万円以上を最低基準とする」と発言した。
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あくまで筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)が耳にしている範囲ではあるが、福山通運に限らず、大手運送会社はこのあたりの給与レンジを狙っている。
当然ながら、運賃の値上げだけで実現できるものではない。福山通運に関していえば、本来はライバルであるはずのセイノーホールディングスや浪速運輸らとの共同配送、あるいは山梨県小菅村で行われているドローン配送実証実験への参画など、事業変革に向けたさまざまな取り組みを行っている。
ドライバーの収入アップは、長時間労働や手荷役の削減といった待遇改善と合わせ、事業拡大・生産性向上・省力化といった事業変革の結果として実現されるものなのだ。
運送会社がドライバーを採用したい理由
前回の記事「物流危機の本質! トラックドライバー自体は増えているのに、人手不足がさらに“深刻化”するワケ なぜ相反するのか。」(2024年4月21日配信)の内容をおさらいする。
・ドライバーの数は、微増傾向にある。コロナ禍の2021年には84万人まで減少したものの、2022年には86万人、2023年には88万人まで増えている。
・国内貨物量は過去11年間減少し続けている。
・ECの増加に伴うドライバー不足の影響は限定的。宅配便は、ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の3社で、全体の95%を占めており、国内運送会社6万3000社強への影響は限定的。
またEC等個人宅配送への担い手である営業用軽貨物自動車の登録は2016年から2021年までの5年間で、31.4%も増加している。
・積載効率の低下も、ここ10年ほどの積載効率は35~38%の間で横ばい。
・逆に、トラック1台あたりの輸送トンキロ(※輸送貨物の重量(トン)に輸送距離(キロ)を乗じた値である。貨物輸送の実態を把握するための指標)の平均は2013年と比べ、2021年には約13%アップしており、輸送効率は向上している。
・年間労働時間についても、ここ5年間は横ばい。
にもかかわらず、ドライバー採用における有効求人倍率は増えている。
コロナ禍の2020年、2021年は落ち込んだものの、2024年1月には2.83倍まで上昇している。全職業の有効求人倍率が1.27倍だから、いかにドライバー不足が逼迫しているかがわかるだろう。
荷物が減り、逆に生産性向上も実現していて、かつ人数そのものは(微増とはいえど)増加傾向にある。にもかかわらず、ドライバー不足が加速しているのはなぜか。筆者が考える、トラックドライバーが不足する理由は次のとおりだ。
●ドライバーの高齢化
現役トラックドライバーの半分(48.8%)は50代以上であり、逆に20代のドライバーは9%しかいない。今後、急激にドライバーが減少するのは目に見えており、今から若年層を取り込みたいと考える運送会社が多いため。
●「物流の2024年問題(以下、2024年問題)」の影響
今まで長時間労働を行っていた運送会社が、時間外労働上限規制に対応するため、ドライバーを増やしてトラック輸送リソースと売り上げのキープをもくろんでいるため。
●事業拡大
運送会社の売り上げは、ドライバーが支えている。事業拡大(=売り上げアップ)には、ドライバーを増やさなければならないため。
採用情報サイト担当者の意見
筆者の考察について、リクルート系就職情報サイトや、インディードの代理店を務めるトラコム・小西磨秀氏に意見を伺った。
「いずれもそのとおりだと思います。ドライバー採用に関しては、大手中小の区別なく、各社苦戦しています。特に、採用や人材育成に関する方針を見直すことができていない会社は苦戦しています」(小西氏)
「採用や人材育成に関する方針を見直す」とはどういうことか。
「若手が欲しいのは、どの運送会社でも同じです。そこで、あえて、60代、70代でも積極的にドライバー採用している運送会社もあります。もちろん、手積み手卸のような身体に負担の多い仕事はさせられませんけれども」(小西氏)
また、40代、50代の未経験者が、ドライバーへの転職を希望するケースも増えているという。まったくの異業種からの転職希望者もいるが、
・倉庫で働いていた元フォークリフトオペレーター
・工場作業員
・軽作業の作業員
こういった、物流業界内でのジョブチェンジ、あるいは製造業のブルーワーカーが、ドライバーへの転職を希望するそうだ。
運送業界に限らず、どの業界でも未経験者の採用は敬遠しがちである。ましてや20代、30代ならまだしも、40代、50代になってくると腰が引ける企業も少なくないだろう。一部の運送会社では、他社が敬遠するような人材をあえて採用することで、ドライバーを充足させている例もあるというのだ。
「所長などの中間管理職が多忙な運送会社も多いです。こういった会社では、所長などの次期幹部候補を増やすため、ドライバー採用にチカラを入れています」(小西氏)
営業活動を積極的に行い、事業拡大を狙いたいと考える運送会社でも、営業活動の担い手となるはずの所長や配車担当者等の中間管理職が日常業務に追われているケースも多い。なかには、ドライバー不足のために、自らハンドルを握らざるを得ない中間管理職もいる。
こういった現状を憂い、将来の中間管理職候補とすべく、ドライバーを増やしたいと考えている運送会社も多いという。これらはあくまで小西氏が日々多くの運送会社と面談を繰り返しているなかで得た肌感覚に基づくものではあるが、とても考えさせられる。
特に、「採用や人材育成に関する方針を見直すことができていない会社は苦戦している」という採用のプロの助言は、今、ドライバー不足に悩む運送会社は胸に手を当てて検証すべきではなかろうか。
2024年問題の影響
現在のドライバー不足は、「今この瞬間にもドライバーが不足しているから」という切迫した事情よりも、近い将来への不安感(ドライバーの高齢化など)や、あるいはよくも悪くも2024年問題の影響によって生じていると、筆者は考えている。
よいほうの影響から考えよう。日東物流(千葉県四街道市、菅原拓也社長、従業員数107名(2023年12月現在))は、ドライバーの長時間労働是正や収入アップなどの待遇改善を実現したこと、あるいは同社が取り組むホワイト物流への取り組みなどが評価され、若手や未経験者を含むドライバー採用を着実に実現できている。
日東物流の場合、2024年問題以前から、事業改革に取り組み、不採算荷主からの撤退や、運賃値上げ交渉を行ってきた。その取り組みは、さまざまなメディアで取り上げられている。2024年問題という逆風が吹く今、日東物流の地道な取り組みが内外から評価され、逆に日東物流においては追い風となっているのだろう。
ただし一方で、2024年問題が逆風となり、悪い方向へと作用している運送会社もいる。むしろ、こういった運送会社のほうが、業界では多いのではないか。
1.2024年問題によって残業に上限が課されたことによって、ドライバーの残業時間が減る。
2.残業が減り、収入が減るため、ドライバーが離職してしまう。
3.ドライバー採用をかけるも、以前よりも収入が減っているため、応募状況も芳しくない。
絵に描いたような負のスパイラルである。
運送会社経営者がまず行うべきこと
ちまたからは、「2024年問題によって残業ができなくなってしまったから、給料が減ってしまった」というドライバーやら運送会社経営者の恨み節が聞こえてくる。
こういった恨み節は、テレビ・新聞・ラジオ・雑誌などでも、最近報道されるようになった。ドライバーが嘆くのはわかるし、同情する。だが、運送会社経営者が嘆くのは、少し違うのではないか。「社長にさ、『残業ができなくなったんだから、残業代が減って、給料が減るのは仕方ないだろう』ってこんこんと説得されてさ……」などという話も聞こえてくるが。
そもそも2024年問題は、以前からわかっていた話である。2019年に働き方改革関連法が施行された時点で、「ドライバーは長時間労働が常態化しているから、5年間猶予をあげるね」といわれていたのだ。その間に、荷主と価格交渉を行い、長時間労働の原因となる自主荷役や待機時間の是正を荷主に提案することはできたはずだ。
「それが難しいんだよ」
それもわかっている。だが、実際にそれを成し遂げた運送会社もいるし、現在進行形で取り組んでいる運送会社も多い。2024年問題に対し、前向きに取り組んでいる運送会社の経営者と話していると、皆さんが口をそろえていう言葉がある。
「コンプライアンス違反を行う運送会社を野放しにしないでほしい。正直者がバカを見るような結果は許せない」
2024年問題に向き合う勇気と行動力を持てず、コンプライアンス違反を行う事業者や、あるいはその痛みをドライバーに押し付けることで一時しのぎをしようとする運送会社経営者がいる限り、運送業界はよくならない。ある運送会社役員は、このようにいった。
「極論ですけど、全国の運送会社6万3000社が、皆一斉に運賃値上げ交渉をし始めたら、荷主との交渉だってもっと楽なはずです。絶対必要なはずなのに、運賃値上げ交渉を行わない運送会社がいるから、なんとか値上げせずに済ませようという荷主が生まれるんですよ」
人手不足倒産を恐れていない政府
今後、運送会社は「二極化」が進んでいくと、筆者は考えている。
・ドライバーの待遇を改善して「事業拡大ができる運送会社」
・ドライバーの待遇を悪化させ「ジリ貧になっていく運送会社」
である。そもそも、政府が推し進める「物流革新」政策が、このような傾向にある。
ドライバーの労務コンプライアンス(改善基準告示)を強化し、他にも待機時間や荷役時間に関する規制を設け、あるいはトラックの安全支援装置などを義務化していく。いずれも、「ついてこれない者(会社)は排除していこう」という流れである。かわいそうなのは、経営者に言葉巧みに説得され、
「そうか今の時代、給料が減っても仕方がないんだな」
と洗脳されてしまうドライバーである。
今後、ドライバーに対する求人倍率はさらに上昇していくだろう。だが実態は、高待遇を提示することでドライバー採用を実現できる運送会社と、低待遇を継続し求職者から見向きされなくなる運送会社という二極化が進んでいくものと推測する。
ある運送会社の役員は、
「運送会社がつぶれても、トラックとドライバーは残る」
といった。確かにそのとおりで、仮にブラック運送会社が、人手不足倒産でつぶれたとしても、残されたトラックとドライバーが健全な経営をしているホワイト運送会社に引き取られれば、業界全体としてはそのほうが望ましいとまで政府が考えているというのは、うがった見方なのだろうか。
厳しい時代になった。残念ながら、荷主のいうがままに荷物を運んでいれば、仮に“低空飛行”であったとしても運送会社を維持継続できる時代は終焉(しゅうえん)を迎えようとしている。
繰り返すが、政府は、長時間労働・低賃金を継続する運送会社を生き残らせるつもりはない。ドライバーは運送会社の原資であり、売り上げを生み出すために必要不可欠な存在である以上、ドライバーの待遇改善を図ろうとしない運送会社は、人手不足倒産に陥る可能性が高い。
そして、ドライバーの待遇改善を図るためには、事業の見直しが不可欠であり、そのためには過剰要求を繰り返す「ブラック荷主」との決別も不可欠なのだ。
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これは間違いない。