世界最高峰のサルーンを生み出すジャガー
リソースに恵まれていたジャガーは、1960年代には希望通りのサルーンを生み出すことが可能だった。類まれな逸品を仕立てることも、食材とシェフに恵まれたレストランのように難しくはなかったようだ。
【画像】最高峰のサルーン ヴァンデンプラ 4リッターR ジャガーSタイプ 3.4 同時期の英国車も 全103枚
ジャガーMk2や420、MkXに至るまで、採用されていたエンジンやトランスミッション、スタイリングは、当時は世界最高峰の内容といっても過言ではなかった。他の自動車メーカーへ、影響を与えるのに充分といえた。
特にコストパフォーマンスで長けていたのが、大排気量エンジンを搭載していたMk2だろう。さらにそれをベースに、1963年から1968年にかけて展開されたSタイプは、圧倒的な完成度を誇ったことは間違いない。
グレートブリテン島の中部、コベントリー・ブラウンズレーンで働く技術者は、当然のことのように高い水準を達成した。その頃のジャガーらしく。
美しいサルーンボディを形作り、シャシーには最新技術といえた独立懸架式のリア・サスペンションを採用。ダンパーは片側に2本組まれていた。インテリアには、高級な素材と見事な装飾が選びぬかれて投入された。
フラッグシップ・モデルとして君臨していたMkXに迫る豪華さと、スポーティでコンパクトなMk2に劣らない走行性能や乗り心地を両立。Sタイプは、1960年代で同社最高のサルーンとして評価できる。筆者の意見では、XJ6登場以前のベストだ。
ロールス・ロイス・エンジンのプリンセス
3.4Lか3.8Lの直列6気筒エンジンが選べたSタイプは、約2万5000台が製造されている。1961年以降の英国では、2000ポンド以下の社用車に減税措置が取られていたこともあり、少なくない購買層が存在していた。
一方で、ヴァンデンプラ・プリンセス 4リッターRが登場したきっかけも、その優遇措置にあった。1964年の発売時の英国価格が、1994ポンドという戦略的な設定だったことからも明らかだ。
Sタイプへの対抗として、BMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)によって画策されたのが、プリンセス 3リッターの進化版となる4リッターR。エンジンは、アルミニウム製のロールス・ロイスFB60型、直列6気筒ユニットが載っている。
全長4775mmあるボディは、従来より剛性を向上。前後のガラスの角度を起こし、リアシートを後ろ寄りにレイアウトすることで、ゆとりある車内空間を実現させていた。
ホイールサイズは、13インチと当時としても小径だった。タイヤを肉厚にし、スプリングレートを落とすことで、柔らかい乗り心地が狙われていた。リア・サスペンションは、リーフスプリングにリジットアクスルという組み合わせだが。
BMC自慢の高級ブランド、ヴァンデンプラのモデルとして、プリンセス 4リッターRの仕上がりはほぼ完璧といえた。それ以前の3リッターは毎週100台も売れていたため、好調なセールスが期待されていた。経営陣は、失敗を想像できなかっただろう。
共同でベントレーのサルーンを開発
ロールス・ロイスとの協力関係は、1960年代初頭に始まっていた。当初は、安価に生産し多売できる、ベントレー・ブランドのサルーンを開発することが目的だった。オースチンA110などと同じ、ADO10と呼ばれるボディシェルをベースに。
そのプロジェクトでは、2台のプロトタイプが製作されている。1台にはベントレーのフロントグリルを装着。もう一方には、ロールス・ロイスの4速オートマティックが組まれた。動力性能は悪くなく、高速道路の試走では186km/hを達成したという。
しかし、ベントレーへ相応しい製品に仕上げることは、簡単ではなかった。1962年10月まで開発は続けられたが、ロールス・ロイス側は目立ったメリットを見いだせず、計画は中止されてしまう。ブランドの評価が下がることも恐れていただろう。
他方、BMC側はそのまま手を引かなかった。1964年8月に、ロールス・ロイスのエンジンを載せたヴァンデンプラ・プリンセス 4リッターRを生み出したのだ。
仕様は悪くない。パワーステアリングと、アメリカから輸入されたボルグワーナー社製の3速オートマティックが標準装備。ロールス・ロイスの強力なエンジンで、180km/hという最高速度を得ていた。
Cシリーズと呼ばれた直列6気筒を搭載したプリンセス 3リッターより、英国価格は5割も上昇していた。それでも、ライバルのSタイプより僅かに高額なだけだった。しかもジャガーは、パワーステアリングとオートマティックをオプションにしていた。
動力性能はロールス・ロイス級
FB60型と呼ばれるエンジンは、本来は軍用車両に開発されたもの。プリンセス 4リッターRに載ったのは、改良を加えたショートストロークの量産仕様で、油圧タペットに7枚のメインベアリングを採用。3909ccから177psの最高出力を発揮した。
0-97km/h加速は12.7秒。静止状態から45秒で160km/hに到達でき、動力性能としてはまさに当時のロールス・ロイス級だった。5.0km/L前後という、振るわない燃費も。
信頼性の向上も期待され、1964年は1910台、1965年は4000台と、プリンセス 4リッターRは好調に売れた。ところが、冷却水漏れやアルミ製ブロックとシリンダーヘッドを固定するボルトが抜けるなど、問題が多発。エンジンの質感も当初は良くなかった。
それが広く知られるようになると、販売数は急落。モデル末期の1967年には、200台へ留まっている。飛行場の空き地には、1400台の買い手の付かないクルマが野ざらしにされたそうだ。
当時、BMCの代表を努めていたレナード・ロード氏も、運転手付きでプリンセス 4リッターRに乗っていた。だが、少なくない批判を受けて「BMC 1」というナンバーをクルマから外している。モデルは改良が加えられながら、1968年5月に生産を終了した。
この続きは後編にて。
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