ロールス・ロイス初のピュアEV(電気自動車)である「スペクター」が、日本に上陸した! テストドライブの印象を小川フミオがリポートする。
“静かですねぇ”
ロールス・ロイスのピュアEVであるスペクターが、いよいよ日本の路上を走り出す。これこそ創始者が目指したプロダクトなどと言われるだけあって、クオリティ、走り、静粛性、乗り心地と、多くの点で目をみはる出来だ。
2023年にデビューしたスペクター。日本仕様に乗れたのは、2024年3月末の東京だった。全長5490mmにおよぶ堂々たる雰囲気の2ドアクーペで、フロントの巨大な「パンテオン」グリルとともに、圧倒的な存在感がある。
昔からロールス・ロイスの魅力とは、大きな車体とともに、“粛々と”という言葉が似合う、ものすごく高い静粛性と、空飛ぶじゅうたんなどと言われるふわりとした乗り心地だ。スペクターは自分でハンドルを握るひとに向けたクーペで、特徴はすべてそなえている。
「『いつかロールス・ロイスのプロダクトはガソリンエンジンから電気モーターに移行するだろう』と、言っていたのは創始者(技師のフレデリック・ヘンリー・ロイスか)でした」
2023年6月、私がアメリカのナパバレーでおこなわれたジャーナリスト向け試乗会に参加したとき、エンジニアリングを統括するドクター・ミヒヤー・アヨウビはそう語った。「なぜなら静粛性こそ真のラグジュアリーだから」とのことだ。
いま電気自動車が増えてきて、静粛性が高いクルマも多くなってきた。それでも、スペクターの大きなドアを開けて、低い着座位置のシートに腰をおろし、ぶ厚いカーペットに足を載せて走りだすと、フォトグラファーたちは「静かですねぇ」と、感想をもらした。全体の雰囲気も貢献しているのだろう。
スペクターの強烈な特異性スペクターは、102kWhという大容量の駆動用バッテリーを搭載。前後に1基ずつ搭載されたモーターは、フロントが190kWの最高出力と305Nmの最大トルクを、リアが360kWと595Nmと、数値からみても力強さがわかる。
「ラグジュアリーエレクトリックスーパークーペ」と、ロールス・ロイス自身が定義したスペクター。これはすごい! と、ドライブしていて焦るのは、“とてつもない”と、表現したい加速力だ。あっというまに速度が上がる。自動車の試乗記で“加速感”と、書くこともあるけれど、速度が上がっていく感覚はほぼ皆無。そこもスペクターの強烈な特異性だ。
速度感がいまひとつつかみにくい理由は、車体のコントロール性のよさにある。ステアリングの感覚、ボディの揺れ、そういうものは速度が上がっていっても、まったく変わらない。このクルマを買える余裕があるひとは、いちど体験する価値があると思う。
ロールス・ロイス車の操縦は、かつてこそ“送りハンドル”が基本だった。手の位置を8時20分ぐらいに固定して、右に行くときは右手を動かしてハンドルを押していく。左はその逆。急激な動きを避けるためである。
現在のロールス・ロイスのクーペは、そんな伝統とは無縁。スポーツカーに慣れたひとが、9時15分で握って、なにも考えずに切り込んでいっても、ビシっと安定した姿勢でどんな小さなカーブでもさっと曲がっていく。
アルミニウムの押出し材を惜しみなく使ったスペースフレームによる堅牢なシャシーと、走行状況に応じて車両の姿勢をコントロールするエアサスペンションシステム、それに走りによってつながったり切れたりするアンチロールバーなどが、いい仕事をしているのだ。
車幅が2015mmあるので、扱いにくいかというと、後輪操舵システムが装備されているので、予想以上にクルマとの一体感が味わえる。車庫入れもけっこうラクである。
感心するのは、ドライビングポジションがしっかり設計されている点。大きなバッテリーを搭載しているのだから、床は高くなるはずだけれど、そうはなっていない、低めのスポーティな着座位置が守られているのだ。バッテリーを分散して搭載するなど、エンジニアの努力の賜物といえる。
独特のファストバックのシルエットも存在感に大きく寄与している。一般的な審美性はロールス・ロイスに関係ない、ほかと違っていること、それが重要。そう語っていたのは、ヘッドオブデザインを務めるアンダース・ワーミングだ。あらゆる点で、ほかとちがう。それがスペクターなのだと、東京であらためて実感した。
文・小川フミオ 写真・安井宏充(Weekend.) 編集・稲垣邦康(GQ)
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