ランドローバー のみんなの質問

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イギリスの自動車メーカー:ジャガー・ロールスロイス・ランドローバー…など、
なぜ海外資本に買収されているのでしょうか?

金融に強いイギリスでも、メーカー経営は苦手??
技術がありすぎてこだわりすぎる? 個性が強い?
いい車が多いと思いますが、理由があるのでしょうか?

ドイツ・フランス…などは、強いメーカーがありますが…違いはなんでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

イギリスの自動車産業は昔から海外資本が強かったんです。大衆車としてはオースチンやナッフィールド(モーリス)、ルーツ・グループ(ヒルマン)などがありましたが、アメリカからフォードが進出して工場を建てると、一気に立場が弱くなりました。イギリスでの日本で言うトヨタにあたるメーカーはフォードで、業界のルールもフォードを基準に決められています。アングリア……ハリー・ポッターに出てくる空飛ぶ車もフォード製ですね。

加えて社会の構造が変わり、国産車を買い支えてきた中産階級(資本家や地方貴族)、機関車トーマスに出てくるトップハムハット卿みたいな人がいなくなりました。ウーズレイ、ハンバー、アームストロング=シドレーなどの中級車がことごとくなくなり、今ではジャガーしか残っていないのはそのためです。ともかく、いよいよイギリス車は立つ瀬がなくなってしまったのです。恐らく、自動車産業だけに限った話ではなかったと思いますが。

そこでイギリス政府は、自国の産業を守るために国内資本のメーカーを可能な限りひとつにまとめるように裏で動きます。有名なミニにしても、中東の戦争で原油の供給が危うくなったために開発された"国策自動車"です。その結果、ブリティッシュ・レイランド(BL)というデトロイトに次ぐ規模の大メーカーが出来上がるのですが、この会社が問題だらけでまたたく間に経営に行き詰まり、やむなく国営化されることになってしまいます。

国の手引きで誕生した会社とはいえ、民間企業と国営企業では全然違います。莫大な額の税金が注ぎ込まれるわけですからね。BLの国営は約10年に渡って続き、政府は大ひんしゅくをかいました。以来すっかり懲りて、どんどん外資を受け入れるようになったのです。その結果イギリスの経済はよみがえりましたが、その反動が今年、ブレグジットという形で表面化したと言えます。



〉金融に強い

確かにそうなのですが、あまりにもいい印象がありません。1990年代にBLの後進型であるローバーの日本法人が、スマート・オーナーシップというリースに近いような売り方を展開していました。いかにも金融大国らしいやり方だと、当初は賞賛されていたものです。

しかしこのやり方は、ローバー車の車としての価値がちゃんと担保されていてはじめて成り立つものでした。ほかの回答者さんもおっしゃっていますが、とにかくイギリス車は故障が多く、耐久性がありません。そこでローバーは提携先である日本のホンダの車をベースに、内外の見た目だけを変えて車を造っていたのですが、にもかかわらずホンダの兄弟車ではあり得ないような故障が頻発する始末。"日本車ベースだから安心"というセールスポイントが完全に罠になっていたんですよ。

そんなわけで、全国各地のディーラーが鉄クズ同然のローバー車を抱え込んで次々と倒産。その多くはミニを目当てに開業した経験の浅いところだったんですが、一部のマスコミにも糾弾されてイギリス車の因業の深さを印象付けることになりました。先日のしくじり先生に出ていたマネーの虎こと南原竜樹氏が路頭に迷うことになったのも、ローバーのそのまた後進型であるMGローバーの経営破綻のためでした。

英国政府にしろホンダにしろ、その後に親会社になったBMWにしろ、みんなこのBLという会社にひどい目にあわされている。ここに比べたらまだ三菱なんて可愛いもんですよ。

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質問者からのお礼コメント

2016.10.1 15:45

皆様ありがとうございました。
短いなかに、ストーリーがあり大変面白く 益々UKに興味が湧きました。
強いメーカーにも、旬があり UK USA ドイツ 日本 …
時代・戦争・各国策・政治・ルール…
色んな要素の中で車ができていたのを改めて感じました。

その他の回答 (5件)

  • 海外あった植民地を巻き込んで、原材料の輸入・製品の輸出を特恵関税(特定の商品或いは国家に対してのみ適用される特別な低税率のこと)の上にあぐらをかいてエグい金儲けをして来たのが第二次大戦前のイギリス。豪・印・南ア等はまさにイギリスの言いなりだったと。

    それら植民地が次々と独立してしまい、数ある戦勝国でもいちばんの苦境に立たされたのが第二次大戦後のイギリス。食料統制は西ドイツよりも遅くまで解かれず、スエズ動乱の時は他のヨーロッパ諸国では想像もできないくらい深刻なガソリン欠乏を経験したそうで。

    知識と教養を美徳とする国民性から、国家が経済的な苦境に立たされた時、もっとも現実に即した政策を打ち出し(輸出振興・外貨獲得が重要な課題と位置付け)、知恵を出したのがオースチンとモーリスの合併だったとか。

    伝統と企業力を持った強者同士が合併というのは例が無く、「どちらもダメ同士」か「好調な一方がダメなもう一方を吸収」というペア以外考えられなかったそうで、生産性の向上とコスト削減・輸出拡大による市場拡大を狙うには企業個々の金儲けといった欲を捨て、大乗的な見地から出来た大英断だったそうです。

  • 一つは人気があって一台当たり利益が出なくても総売り上げで商売が成り立つ。
    もう一つは価格が高いため一台あたりの利益率が良い。
    もう一つは故障に対する改善の余地があり、これを解決できれば売れ行きが伸びる可能性がある。
    こんなところですよ。

  • 60年代の英国自動車産業は、アメリカ向け輸出で成り立っていました。
    そのアメリカが、排ガス対策や安全性向上を強く打ち出し始めます。
    当時、技術力で対応出来る英国車はありませんでした。
    結果、アメリカの自動車市場は、排ガス対策をモノにした日本車が席巻。
    英国政府は、危機的状況に陥ったトライアンフ、ジャガー、ローバー、
    ダイムラー等のブランドを国有化。
    国策会社ブリティッシュ・レイランドを設立し、各ブランドを配しました。
    しかしその後、オイルショックが襲い、燃費等の経済性で日本車に劣る英国車は、
    益々アメリカ市場を失っていきます。

    経営努力や技術革新は国営企業には馴染まず、そこに労働争議も頻発。
    ブリティッシュ・レイランドも破綻の道へ。
    保有していたブランドは、海外の企業に売却。
    売れ残ったブランドは、ブリティッシュ・レイランドの存続会社だった
    MGローバーへ移行します。
    しかしそのMGローバーも、10年ほど前に倒産しました。

    英国に産まれれば、ゆりかごから墓場までと呼ばれる手厚い保障が、
    当時の英国にありました。
    社会保障の充実は、労働者の労働意欲を失わせます。
    税金は強烈な累進課税。企業経営者は80%以上の課税を負わされます。
    そこにストライキが頻発し、工場の操業度も悪化。じり貧ですね。
    当時日本ではこの英国の状況を『英国病』と呼びました。
    産業革命で近代的な工業を確立し、世界中に植民地を持った
    超勝ち組国家英国は、その発展が没落を招いたのです。

    当時の独仏は英国ほどの工業国ではなく、富の蓄積も英国に劣り、
    社会保障に過剰に回せるほどの財源もありませんでした。
    そこが、結果的に英国病に罹ることなく、
    現在まで民族系資本の自動車産業が生き残れた原因と思われます。

  • 私は、英国製は品があり過ぎるのだと思っています。 こうでなければならないという流儀にこだわり、販売戦略に疎い部分があり、大量生産に向いていない部分を感じます。 ドイツフランスは、強かさがあり、押しが強く映画や広告に大金を投入、イメージ作りに長けていると思いますね。 日本のスズキ自動車がVW社に乗っ取られそうになり、慌てて関係を解消した話を地元のスズキのディーラーの経営者としていたのですが、やはり欧州の強かさは、半端ではない、日本の古風な技術者魂では太刀打ち出来ない老獪さがあると教えてくれました。

  • 販売台数が少ないからです。強いメーカーは数を売ってるので。余談ですが私も英車DHC乗ってますが 国産の5倍以上故障が多いですよ。

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