機能面ではブレーキサイズを拡大できること意外はほとんど効果なし
インチアップとは、タイヤの外径を変えずに、ホイール径を大きくして、タイヤの偏平率を下げて(ロープロファイル化)、タイヤ幅を広げること。このインチアップ、とても身近なチューニングで、実践者も多いのだが、じつは誤解されていることが非常に多い。
・インチアップの効果と目的
インチアップ本来の狙いは、ホイール径を大きくして、ブレーキをサイズアップし、ストッピングパワーに余裕を持たせること。したがって、ブレーキサイズを変更しない限り、基本的にパフォーマンス面でのメリットはない。
・インチアップの誤解1 インチアップすると接地面積が広がる
タイヤの接地面積はタイヤにかかる荷重と空気圧が同じなら、ハイプロファイルタイヤでも、ロープロファイルタイヤでも変わらない。ゆえに、インチアップして幅広タイヤを履かせても、タイヤ1本当たりの接地面積そのものは、ハガキ一枚分のままで、それが縦長になるか、横長になるかの違いだけ。接地面積はタイヤの形状よりも、空気圧で左右される。
・インチアップの誤解2
ロープロファイルタイヤは「サイドウォールの剛性が高く、タイヤがよれにくい」これもよくある誤解。なぜなら、サイドウォールの剛性(張力剛性)は、サイドウォールの形状が短く丸いほど低くなるから。これには説明が必要だろう。タイヤはチューブなので、そこに入れられた空気は上下左右均等に広がっていこうとする。
つまり放っておくと、偏平率は限りなく100%に近づこうとし、本来なら、自転車のタイヤみたいに、接地面が極小になる。
そこでクルマのラジアルタイヤは、トレッド面に強度の強いベルトを張って、その接地面が平らになるように形を制限しているので、その分、サイドウォール側が膨らむことになるのだ。
簡単にいえば、柔らかいボールか風船を床において、上から手で押さえつけているような状態なので、上下に行き場を失った空気の力で、ボールや風船は当然横に広がっていく。「偏平」とはこのことを指すので、偏平率が低くなれば低くなるほどほど、サイドウォールの形状が短く丸くなり、剛性はダウンする。
つまりサイドの剛性は、ハイプロフィールタイヤ > ロープロファイルタイヤ ということ。(サイドウォールの剛性が低いと、ステアリングを切ってから、スリップアングルが生じるまでのラグが大きい。その代り乗り心地はソフトになる)
ロープロファイルタイヤを履いている大型トラックや大型バスは皆無なのは、ロープロファイルタイヤでは張力剛性が足りないからなのだ。
インチアップ=運動性能が上がるというのも誤解!
・インチアップの誤解3 インチアップするとエアボリュームが減る
インチアップして、ロープロファイルタイヤを履くと、タイヤのハイトが低くなった分、エアボリュームが少なくなると言われているが、これも大きな誤解。一例として、タイヤ径が等しい、225/50-16と255/35-18の二つのタイヤの容積を、ざっくり計算(サイドウォールの面積×トレッドの広さ)してみたところ、255/35-18の体積は、225/50-16の99.339014%で、その差はたったの0.7%しかなかった!
というわけで、世間で言われている、ロープロファイルタイヤの「入力がきつい」「ピーキーだ」といったデメリットは、エアボリュームの多寡の問題ではない。
・インチアップの誤解4 インチアップ=運動性能の向上
前記のとおり、インチアップしても接地面積は変わらないので、サイズの変更だけで比較すると、そうしたメリットは考えにくい。以前、F1用のタイヤでインチアップが検討された際、メルセデスAMGのエグゼクティブテクニカルディレクターのバディ・ロウは、「グリップ面でいいことではない。ホイールが大きくなるとグリップが低下するし、重量が大幅に増える。だからパフォーマンス面でいいことはないと考えられる。今後も13インチのままで行くことになるだろう」と答えている。
タイヤはたわんだ方がグリップする。ロープロファイルタイヤは、サイドウォール剛性が低いのに、リング剛性が高いので、荷重がかかっても外径の丸さを保つ力が強い(たわまない)ので、偏心性が大きい。より大きなグリップを得るには、適度なハイトが必要なのだ。F1用タイヤの扁平率が、フロント55%・リヤ45%である理由もここにある。
新型NSXのリヤタイヤは、305/30ZR20と超ロープロファイルだが、それでもハイトは、305×0.3=91.5ミリ。本当は、100ミリ近くあったほうがいいと思うが……。(335/30-20だと、100.5ミリ)
・インチアップのメリット
とはいえ、実際にサーキットなどで、標準サイズのタイヤとインチアップしたタイヤを比較すると、インチアップした方がタイム的に有利になるのはなぜなのか? ひとつには、ロープロファイル化すると、面内剛性が上がるというメリットがあるから。
幅の太いタイヤは、タイヤのベルトが広いので、平面的なねじり力が加わっても、ゆがみにくくなり、スリップアングルが付いた時に、CP(コーナリングパワー)やCF(コーナリングフォース)が高くなる。またサイドウォール剛性の不足分は、内部の補強で補われているし、あとはよりソフトなコンパウンドを使用していることも考えられる(その分ライフは短くなり、補強された分乗り心地は悪くなる)。
そしてもちろんドレスアップ!
はっきり言って、最大のメリットはこれに尽きる。大きなホイールで存在感を増し、個性を主張することができるのが魅力。コストをかけて、いいタイヤ、いいホイールを購入すれば、上記のようなデメリットも、ある程度相殺できる。
ただし、タイヤは消耗部品。ロープロファイルタイヤは高価というのが相場なので、ルックスと引き換えに、ランニングコストが跳ね上がるのは覚悟しておこう。
(文:藤田竜太)
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