アストンマーティンの2シータースポーツ「ヴァンテージ」に追加された7MTモデルに今尾直樹が試乗した。ほとんどのスーパーカーのトランスミッションがATになるなか、MTで操る醍醐味とは?
2020年からMTをオプション設定
スーパーカーのマニュアル トランスミッション。クラッチ ペダル付き、7速の!
V型8気筒エンジン搭載車のマニュアルなんて、いつ以来だろう……。いやぁ、ドキドキします。ともかくダッシュボードに設けられた丸いスターター・ボタンを押す。
ぶおんッ!
と、雷鳴のようなサウンドが轟く。いいですねぇ。それからクラッチを踏んで、レザーに包まれたシフトノブを、ダブルH型ゲートからドッグ レッグに左下に飛び出している1速ギアの位置にガッチャンコと持っていく。クラッチ、重いです。さすが最高出力510ps、最高速314km/hのスーパーカーである。
爽快なドライビング体験に興奮度を増やすべく、アストン マーティン「ヴァンテージ」に、2020年からオプションとして選べるようになった、マニュアル・トランスミッション。試乗車は、そのMT車である。
クラッチをゆっくりつなぐ。最初は重いと思ったけれど、反発力はさほどでもない。筆者の想像よりスムーズかつ軽やかに、スッとヴァンテージは動き始めた。
現行ヴァンテージは2017年11月に発表された、アストン マーティンのエントリー モデルである。
といっても税込2000万円ほどするわけですけれど、2+2の「DB11」比でホイールベースが100mm短くて、ピュア2シーターで、グッと軽量に仕上がっている。価格的にもサーキットでも、ポルシェ「911」を意識した、GTカーのDB11よりスポーツカー純度の高い、イギリスの悍馬なのだ。
時代の流れというべきか、現行ヴァンテージも当初用意されていたギアボックスは8速オートマティックのみだった。それが、2019年5月に発表した限定モデルのヴァンテージAMRでマニュアルが復活した。
AMRとは、FIA世界耐久選手権に参戦しているAston Martin Racingをバックボーンとするアストン マーティンのサブブランドで、レース活動から生まれたあれやこれやを既存のモデルに注入して、レーシーに仕立てたスペシャルを指す。
ヴァンテージAMRは7速マニュアルとカーボン ブレーキを標準装備し、95kgの軽量化を実現した200台ぽっきりの限定生産だった。ところが、骨っぽいイギリスのサラブレッド・スポーツカー・メーカーはマニュアルの生産をこれっきりにしなかった。時代にあらがい、繰り返しになりますが、2020年からカタログ モデルでもオプションでMTを選べるようにしたのだ。
期待と不安
筆者は、前後の巨大なカーボン製ウィングを見て、試乗車はてっきり、筆者の知らないGT3とかGT4カテゴリーのホモロゲーション スペシャルかと思った。しかし、試乗車はノーマルのヴァンテージで、ウィング類はオプションなのであった。近頃のアストン マーティンはこんなパーツまで用意しているのだ。
外観のお祭りのようなド派手さに対して、インテリアがフツウな理由がこれでわかった。ダッシュボードの上部やドアの内張にブラックの人工皮革「アルカンターラ」、センター コンソールの一部にカーボンが使われてはいるものの、インフォテインメントをはじめ、装備はノーマルで、内外のギャップがちょっと不思議だった。もっとレーシーでもよいと思ったのだ。
前後の空力的付加物がオプションであると聞いたのは、担当編集のイナガキ氏と合流してからのことで、この時点での筆者は巨大なカーボン製のそれらに精神的に負けていた。ポルシェ911 GT3のようなレーシング カーのロード バージョンかもしれない……。V8のクラッチ・ペダルは996型GT3ぐらい重かった。逆にいえば、それぐらいの軽さともいえるけれど、4.0リッターV8はアイドリングでドボドボドボ、不穏なサウンドを奏でながら、ドライバーにその鼓動を伝えてくる。
青山一丁目(東京都)の交差点の角っこにあるアストン マーティン東京の駐車場を出て、青山通りを左折した。そのとき、私はドッキドキだった。ふと見ると、いわゆるドライブ モードはS(スポーツ)から始まっていて、そのさきにS+とトラックが待ち受けている。DB11やDBSみたいにGTというモードがない。
あとで知ったけれど、ヴァンテージにはGTモードの設定がなくて、Sから始まっているのだけれど、なんせ私はこれがスペシャルなモデルであると半分思っていた。Sモードが示すごとく、乗り心地はDB11やDBSのGTモードよりグッとソリッドで、ボディの剛性感もコンパクトな分、よりガッチリしている。
あいにくの雨模様で気温が低く、信号待ちで止まっていると、リアの排気管から白い湯気が吐き出されてきて、その白い湯気にメタリックの明るいグリーンのヴァンテージが包まれる。ドコドコドコドコというV8の鼓動と白い湯気。その昔、感じたポルシェ911GT3のざわめきにも似ている。あるいはフェラーリに乗っているときの、ザワザワ感。それはたとえば、博打をやっているときの、ルーレットが止まる直前の、あるいはパチンコの激アツ・モードが出たときのような、期待と不安……。黒い雲が広がる。
正直に言いましょう。坂道発進がうまくできるかどうか、自信がなかったのである。
坂は、早くも南青山3丁目の信号交差点を渡ったその先に待ち受けていた。ふだん、まったく気にしなかった緩やかな登り坂に、私は恐れおののいた。不穏な4リッターV8の排気音、小さな振動に、私はビビった。胸のなかに黒い雲がもくもくと広がり、その広がりゆく黒い雲のことを考えると、気持ちが悪くなりそうだった。
後ろにジャガー「XE」がいた。私はなるべく坂が緩やかなところにいようと、前のクルマとの車間距離をクルマ1台分ぐらいたっぷりとって停まった。すると、V8がストンと息をするのをやめた。
アイドリング ストップが作動したのだ。
なんとかせねば……。そう思った私は運転席まわりを探して発見した。センター・コンソールにあるアイドリング・ストップ機能停止のボタンを。そのボタンを押すと、すぐさまV8は蘇り、ボボボボボボッという迫力のある排気音を奏で始めた。
これで安心。いつ信号が変わって前のクルマが動き出そうと、モタモタしてエンストする失態を、後ろのジャガーのひとに見られることにはならないだろう。GT3カテゴリーのレース カーのように巨大なリア ウィングをつけたアストン マーティンが青山通りで坂道発進に失敗し、エンストして坂からズルリと下がるようなことになったら……、アストン マーティン全体の面目にかかわる。ジャガーのドライバー、もしくはほかのだれかが動画を撮っていて、いつYouTubeに投稿せぬとも知れぬ世のなかである。世界はiPhoneで満ちている。
いざ坂道発進の段になると、何事もなく発進した。なんせ、坂の傾斜が強くなる手前で停めていたから。クラッチを踏んでもクルマは微動だにせず、ローに入れて優しくクラッチを戻してやれば、いともたやすくスタートした。
冷静になって考えてみれば、アイドリング ストップ機能を止めずとも、クラッチを踏めば、エンジンは自動的に再始動する。ヴァンテージにもパーキング ブレーキというものが付いていて、ステアリングホイールの右側にあるボタンをプッシュすれば電気的にそれが作動し、ローに入れてアクセルを踏み込めば、自動的に解除される。心配ご無用なのである。
コツを要するギアチェンジ
坂道発進という壁を乗り越えた私のなかの黒雲は消えつつあった。そして、池尻から首都高速3号線にあがる頃にはすっかり晴れあがっていた。ただ、それまでも気づいてはいたけれど、シボレーとかマクラーレンとかにもギアボックスを供給しているイタリアのグラツィアーノが開発した7速マニュアルは3速ギアに入れるのがむずかしかった。
2―3、4―5、6―7の各ギアは、ダブルH、といってもこの場合、HとHは、昨今流行りのソーシャル ディスタンスをとるのではなくて、ピタッとくっつけて、縦3本のダブルHだけれど、2ndからシフト棒を3rdに下ろそうとした時に、へたをすると5thに入ってしまうのだ。3rdと4thと、2枚もギアを飛ばしてしまうわけである。
2速から5速へと一足飛びにミス・シフトすると、濃密だったトルクが一瞬、薄くなる感じはある。回転が一気に落ちるのだから当然だ。ところが、V8ツイン ターボのトルクとフレキシビリティはたいしたもので、そのままアクセルをじんわり踏み続け、エンジンの回転があがると、なんの痛痒もなくなる。
目の前にある大きなメーターは回転計で、アナログ画像になっていて、その丸型のタコメーターのなかに、ひとまわり小さい丸がもうひとつあって、その上半分に速度が、下半分に現在のギアのポジションが表示される。ギアのポジションは、エンジン回転が1500rpmになると、シフトアップを促す↑サインが現れる。
そのサインに従ってシフトアップしていく。100km/h巡航は7速トップで1800rpmぐらい。現代のクルマとしてはややロー・ギアードである。前がつまってきて、速度が60km/hにまで落ちる。トップで1000rpmぐらい。そこからアクセル ペダルを踏み続けていると、なんの問題もなく加速する。ハイウェイに上がってしまえば、7速ギア入れっぱなしで、ほとんどすべて用足りる。
フロント・ミドの4.0リッターV8はターボチャージャー2基を備えていて、最高出力510psを6000rpmで、625Nmというぶあつい最大トルクを2000~5000rpmで発揮する。でも、1000rpmからだって有効なトルクを生み出しているのだ、このV8は。
ドラマチックなMT
箱根の路面は濡れていて、少々ガスってもいた。それでも、トラック・モードにして、慎重に山道を走ってみた。タコメーターが真っ赤になり、ステアリングが重さを増して、乗り心地がいっそう締まり、エンジンの雄叫びが大きくなる。V8は4000を超えると雷鳴を伴いながら、ドラムを激しく叩く。
グラツィアーノの7速MTも、ガッチャンコ、ガッチャンコ、縦方向にはストロークが大きめではあるけれど、4速から上のHパターンはシフトアップもダウンもさほどむずかしくはない。シフトダウン時にエンジン回転を自動的に合わせてくれる「AMシフト」なる電子制御システムを装備しており、クラッチを切ってギアを、たとえば4thから3rdに入れようとすると、中ぶかしを入れてくれる。
しかしながら、横方向にはゲートの間隔が狭いから、ミスしそうで、おっかないこともまた確かだった。サーキットではなおさら。たぶん、左ハンドルだったら、2→3への動作も自然に自分の身体寄りに引くアクションになるから、ずいぶんイージーであるに違いない。もしマニュアルにするのだったら、あえて左ハンドルを選ぶというのもアリではあるまいか。
いずれにせよ、私とヴァンテージとの間には7速MTが立ちはだかったのだった。それはまるで、男と女のあいだにそそり立つ壁のようなものだった。
愛は障害があるといっそう燃え上がるという。実はよく知りませんが、『ロミオとジュリエット』だって、そういうことになっている。その壁を乗り越えた者だけが得られる快楽がある。スティックを入れたときの直結感は、高い壁があればこそなのだ。
ではあるけれど、ともかく、前時代の遺物であるマニュアルを得たアストン マーティン ヴァンテージは、よりドラマチックになった。“スーパーカーの人間復興”と、呼ぶことだってできるだろう。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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みんなのコメント
リアデザインは好みが分かれると思いますが、一目でヴァンテージと分かる斬新で機能的なデザインとして購買層にはウケると思いますね。
フェラーリにはMTの設定がなく、あまりにも高性能化させすぎて、自分で運転するということが希薄になってる今、ヴァンテージのマニュアルモデルの存在は魅力的だと思います。