「ミニバンブーム」の火付け役はオレだぜ!
今でもカーセンサーnetでオレを検索してもらえれば、100台ばかりヒットする。そんなオマエが、なにをボヤくのかって?
オレにはオレだけの、人知れずの寂しさってもんがあるのさ……。
オレが生まれ故郷のアメリカで発売されたのは1985年。アメリカでは、こんなずうたいでもバンとしては小さな部類だから「ミニバン」と呼ばれたのさ。日本ではむしろビッグサイズなわけだが、故郷での呼び方がそのまま使われたってわけ。
結果、今じゃこの国は「ビッグなミニバン」だらけになっちまった。
日本に最初に上陸したのは1990年代の初め、先行隊は並行輸入車として来日した。アメリカのスタークラフトって会社がカスタマイズした豪華なコンバージョンモデルだったんだけど、バブルの絶頂期だったこともあって、それがメチャウケた。
今の若い連中には信じられないかもしれないが、あの頃は街のいたる所で仲間とすれ違ったもんだ。
1993年にGMのインポーターだったヤナセさんが正規輸入を開始。並行上陸した仲間と兄弟分のGMC サファリを併せて、年間1万台近くが上陸したときもあったくらい日本で一番売れたアメ車、それがオレなんだ。
当然、そんな盛り上がりを日本の自動車メーカーが指をくわえて眺めているわけがないわな。
もともとオレはこの国ではデカすぎるし、左ハンドルだし、日本人が大好きなスライドドアも右側にしかなかった。ならばと、各国産メーカーから国内仕様のミニバンが次々に登場することになって、オレの人気もしぼんでいったってわけさ。
だから、今でも胸を張って言わせてもらうぜ。
日本の「ミニバンブーム」の火付け役はオレだぜ! とね。
寂しい理由を聞いてくれるかい?
アストロブームといわれたくらいに大量の仲間たちがアメリカから上陸したんだから、今も中古車市場には100台くらいが流通している。
じゃあ、なにも寂しがることはないじゃないか! と他の絶滅危惧車たちは憤慨するかもしれない。
だが、しかし…… まぁ、聞いてくれ。
21世紀に入ると国産ミニバンの台頭によって、いつしかオレの存在など忘れ去られてしまった。今じゃ、街で仲間とすれ違うこともほとんどない。一時はあんなにもてはやされたけど、その人気はまさにバブルのようにはじけて消えてしまった。
オレたちは、日本で見捨てられちまったのさ。
そして、さらに……
バブル景気に沸いたあの時代、日本は世界中のあらゆるものを買いあさっていた。
アメリカの象徴でもあるニューヨークの「エンパイア・ステート・ビル」や「ロックフェラー・センター」までも手に入れた。だからこそのアストロブームでもあったわけだが、当時海を渡ってやって来たアメ車は、もちろんオレたちだけじゃない。
50年代のクラシックカー、60年代のマッスルカー……。これまたアメリカの象徴でもあるドリームカーたち(それも程度のいいものばかり)を、日本の輸入業者や中古車業者たちが全米から根こそぎ持ち去っていったわけよ。
やがてバブルは崩壊し、日本を不況の波が襲う。すると今度は、アメリカの輸入業者たちが日本にやって来て、日本にあったアメ車を片っ端から買い集めて本国に送り返した。なにしろバブル期に輸入された、本国でもお目にかかれないような極上のアメ車が当時の日本にはゴロゴロしてたからな。
なのに、オレたちがアメリカに送り返されることはなかった。
そりゃ、そうだ。故郷に帰ればオレたちは「小さな実用車」でしかないわけで……。テールフィンのキャデラックならともかく、また500馬力のダッジならともかく……。
つまり、オレたちは日本だけでなく、故郷であるアメリカにも見捨てられたのさ。
な? 寂しくもなるだろう?
本場のミニバンを道具として使い倒す!
日本では「デカい」と言われ、アメリカでは「小さい」と言われ散々なオレたちだけど、見捨てられはしても、なにも捨て去られたわけじゃないぜ。
仲間たちは寂しい思いをしながらも、まだまだけなげに頑張っている。
街にあふれるのが、どれも似たり寄ったりの国産ミニバンばかりだからこそ、逆に一部では再び注目され始めたりもしているようだ。
そこで、これから手に入れようと思っているブラザーたちに、アドバイスをひとつ。
豪華な装備で人気を集めたコンバージョンモデルだけど、装備が豪華になればなるほど電装関係が複雑となり、そこが壊れやすい。だから手練れのブラザー以外は、できるだけノーマルな状態が保たれた個体を選んだ方がいい。
当時は、みんなが競ってドレスアップに励んでくれたけど、これからはドレスダウンして、本場アメリカのミニバンを道具として使い倒す、なんて付き合い方がカッコいいんじゃないかと思うぞ。
ゆったりとドライブを楽しめる。たくさんの荷物を運べる。車中泊だってできる。四駆仕様を選べば、雪道だってイケる。
今こそ、アストロに乗る。
夢を積むのに、デカすぎるってことはないはずさ。
だから今度は、どうか見捨てないで。店頭で待ってるぜ。
文/夢野忠則、写真/シボレー、EDGE編集部
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