BMWの大型SUV「X5」にBMW M社が手がけたハイパフォーマンスモデルの「X5 M」がくわわった。試乗した今尾直樹の印象は?
スーパーSUVの世界
新型BMW X5 Mコンペティションは、かつてプロレス中継で古舘伊知郎が使った“過激なセンチメンタリズム”ということばを思い出させる、過激なスーパーSUVだった。
無理筋の魅力。過剰なマッチョイズム。ということばも浮かんできたけれど、考えてみたら、新型X5 Mは、X5 Mの3代目であって、初代の登場は2009年に遡る。つまり、X5 Mの属するスーパーSUVというジャンルは確立されて、すでにひさしい。
Hiromitsu Yasuiそれは、BMWがSAV(スポーツ・アクティビティ・ビークル)と名付けて、2000年に発表したオン・ロード用高級SUVであるX5から始まり、その2年後のポルシェ「カイエン」の大成功で火がついた。いまや、メルセデス・ベンツはもちろんのこと、マゼラーティにランボルギーニ、アストン・マーティンと、スーパーカー・ブランドまでもが参入し、現在の活況を見ていることは読者諸兄のご存じの通りである。
しかして、新型X5 Mコンペティションの魅力とは? ということについて書きながら考えてみたい。
Hiromitsu Yasui本国では2019年10月に発表となったこの超高性能SUVは、基本的に5シリーズと共通のプラットフォームと、現行M5と共通のパワートレインを備えている。
最近のBMW Mモデル同様、スタンダード・スペックのものと、車名の後ろにコンペティションと続く、さらなる高性能版の2種類が本国では設定があるけれど、日本に導入されるX5 MとそのクーペであるX6 Mは、ともにコンペティションのみとなる。
Hiromitsu Yasui目の当たりにすると、新型X5 Mコンペティションのでっかいことにあらためて驚いた。全長4955×全幅2015×全高1770mmというジャンボ・サイズである。都内のフツウの平地の駐車場の1台分の区画に止めるとパンパンで、しかも1台だけ山盛りのシルエットになっている。背丈は日本人男性の平均身長より5cmほども高い。
もちろん、でっかい、ということはそれだけで価値がある。チョコレートから奈良の大仏まで、大きいことはいいことだ。
Hiromitsu YasuiさほどにでっかいBMW X5の、キドニー・グリルが黒びかりしている。窓枠も、キドニー・グリルの下の冷却口もまたブラック仕上げで、いわば、奈良の大仏、は大きすぎるとして、アンドレ・ザ・ジャイアントみたいに大きなひとがサングラスをかけてそこにいるようなものだ。それだけで威圧感がある。バウンサー(用心棒)のようでもあり、黒社会的な雰囲気が漂うわけである、最近のBMW M社のブラック仕上げスタイルは。
これに、でっかいホイールと超薄っぺらいタイヤが迫力をくわえる。フロントが295/35ZR21、リアが315/30ZR22(!!)という、これぞスーパーカー・サイズである。タイヤ銘柄は高性能タイヤの代名詞、ミシュラン・パイロット・スポーツで、サーキットのことは想定内でも、オフ・ロードのことなんぞは微塵も考えていない。
スパルタンな乗り心地
ドアを開けて、ヨッコラショと運転席に乗り込むと、BMW的SUVの解釈であるSAVならではの、しかもそのMバージョンならではの、超高性能、スポーティ&ラグジュアリーな空間が広がっている。Aピラーは立っていて、天井は高く、その一方、ステアリング・ホイール、デジタルのスクリーン等はM5やM8等と共通している。シートは大柄で、クッションは明らかに硬めだ。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiシフトレバー近くの赤いスターター・ボタンを押すと、瞬時に4.4リッターV型8気筒ガソリンツイン・ターボが爆裂音を発して目を覚ます。フロント・ノーズに潜むM社特製のこのV8ユニットは改良の積み重ねによって、初代の555psから2代目の575psを経て、3代目X5 Mでは600ps、同コンペティションでは625psにまで強化されている。
都内の一般道を走り出した直後、いかにも大きなものに乗っている安心感とゆったり感に包まれる。ところが、国道246を経て、首都高速にあがり、さらに高速道路を走っていると、ボディがちょっぴりフワフワすることに気づく。もうちょっとフラットなほうが筆者の好みだ……と、思い始める。
Hiromitsu Yasuiいわゆるドライブ・モードには、「ロード」「スポーツ」、そしてサーキット専用の「トラック」の3種類の設定がある。Mモデル共通の仕掛けとして、エンジン、シャシー、ステアリング、ブレーキ、M xDriveの5つのパートを個別に切り替えることもできる。
エンジンとシャシーにのみ、スポーツとスポーツ・プラスの2段階がある。シャシーをスポーツにしてみると、乗り心地が俄然引き締まり、さらにスポーツ・プラスにすると、スーパーSUVにふさわしい硬さに変貌する。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiこのほうが625psのモンスターにふさわしい。この引き締まった、スパルタンといってもいい乗り心地に満足しつつ、小田原厚木道路あたりまでやってくると、ボディの上下動が気になってきた。足が硬くなったことにより、路面の凸凹によって、放り上げられるような突き上げがある。
エア・サスがあればいいのに……。
そうすれば、完璧なコンフォートが得られるのではあるまいか? 現にランボルギーニ・ウルスやベントレー・ベンテイガ、あるいはポルシェ・カイエン、基本的には全部おなじプラットフォームですけれど、などがそうであるように。あるいは同じBMWグループのロールズ・ロイス・カリナンのように。
Hiromitsu Yasuiハードボイルドな走り
やがて山道へと至り、エンジンとシャシーはスポーツ・プラスに、ステアリングとブレーキはスポーツに、M xDriveと表示される4WDシステムの制御は4WDスポーツに切り替えた。
エンジンは8速オートマチックがギアを選ぶことによって回転が1000rpmほど増え、レスポンスが俄然よくなる。あわせて排気音が明瞭に大きくなってドライバーを鼓舞する。ステアリングはしっとり重くなり、ブレーキはレスポンスが鋭くなる。4WDスポーツは、前後トルク配分がほぼ後輪駆動になる。ということで、動きが軽快になる。ように筆者にも思えた。
Hiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiアクセルを深々と踏み込むと、スポーツ・プラス・モードの4.4リッターV8ツイン・ターボは、ぐおおおおおおおおおッ、ぐおおおおおおおおおおおおッ、と雄叫びをあげる。バスとバリトンのバイエルン男声合唱団が魅力的でレーシーな歓喜の歌を合唱する。
おなじパワートレーンのM8コンペティションにはなかったターボが効きはじめるまでの“ため”を一瞬感じさせるのは、車重がM8コンペティションより500kg近く重いためだろう。その“ため”のあとのターボ・バンの強烈な加速ときたら、もう全開は無理っす。というのはM8コンペティションでもそうでしたけれど、それ以上に重たい隕石がばびゅーんとすっ飛んでいく。はらほれひれはら。
Hiromitsu Yasuiスペック上、X5 Mコンペティションは、その巨体を、静止状態から100km/hの速度に、3.8秒で到達させる。最高速度は250km/hでリミッターが働くけれど、オプションのMドライバーズ・パッケージを選べば上限は290km/hに達する。これはポルシェ・カイエン・ターボの、4.1秒と286km/hを上まわる。
コーナーでは、重いだけに、手前で十分に減速し、エイペックスをカットしてから加速する。を繰り返す。強烈な速さに、ほとんど無言。あっけにとられた。足まわりの硬さなんてものは気にならなくなる。いや、この硬さがあればこそのコーナリング能力であろう。6000rpmぐらいで、いっそうエンジンのサウンドが吶喊しつつ、重々しくも豪快に突っ走る。
Hiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiそれは奈良の大仏が100m、10秒を切るのにも似た、あり得ない豪快さである。奈良の大仏のほうは絶対にあり得ないわけですけれど、比喩ということで許していただいて、ともかく、こんな怪物を操るにはドライバーにも豪胆さ、タフなスピリットが求められる。
重くて重心の高いものを、むりやり速く走らせる。無理筋の話だけれど、これはこれで、ある種の爽快さを伴うモータースポーツである。戦いのロマン、過激なセンチメンタリズムがある。たぶん、エア・サスがないから、この豪快で、足が地についたような味わいがあるのだ。
Hiromitsu Yasui乗り心地が多少ラフだということが、SUVのタフさの表現になってもいる。もしも、X5 Mコンペティションにエア・サスがあったら、あまたのスーパーSUVのなかに埋没してしまったかもしれない。楽チンなスーパーSUVをお望みなら、ほかを当たるべし。X5 Mコンペティションはハードボイルドなのだ。
価格は1859万円。自動運転アシストを備えているところが、その類を持たないポルシェ・カイエン・ターボ、1983万円に対するアドヴァンティッジかもしれない。X5 Mコンペティションはくたびれたドライバーに対して、ハードだけれど、ジェントルな一面もあるのだ。やさしくなければ、生きている資格がないから。
Hiromitsu Yasui文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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みんなのコメント
なるほど、
煽り運転X5の宮崎サンのことですね!