ジュリア GTAmで冬のアルプス山脈を越える
イタリア北部に、バロッコという小さな町がある。トリノも含まれるピエモンテ州にある水田に囲まれた場所で、約250名の人が穏やかに暮らしている。
【画像】はかなく素晴らしい アルファ・ロメオ・ジュリア GTAm 往年のスプリント GTAも 全84枚
そんな牧歌的な景色が映し出されるのも、つかの間。アルファ・ロメオ TZ2のツインカム4気筒エンジンが、クオーッと轟音を響かせる。昼寝をしていた飼い犬が、驚いて塀の向こうに走っていく。
エンジニアは、笑みを浮かべながら仕上がりに自信を見せる。ボンネットの先端がわずかに高い、ステップノーズのアルファ・ロメオ・ジュリア・スプリント GTAがその後ろを追う。
こんな6分間のドキュメンタリー・プロモーション映像が、かつて存在した。ジュリア・スプリント GTAが誕生した翌年、1966年に制作されたもので、戦後最も輝いていた時代の名門ブランドの傑作マシンが、フィルムに残されている。
今回筆者は、フォトグラファーのマックス・エドルストンと一緒に、冬のアルプス山脈を越えることになった。このドキュメンタリーを、自ら再現するように。
もちろんクルマは、アルファ・ロメオ。しかもジュリアのロードレーサー、GTAmだ。案の定、旅は想定ほど順調には進まなかったけれど。
ジュリア・スプリントGTAの子孫
1966年のフィルムでは、欧州で最も整ったアルファ・ロメオのテストコースが、バロッコにあると説明されていた。レーシングマシンが磨き込まれ、そこで得られた知見は、量産車へ落とし込まれてきた。それは今でも変わらない。
ただし、現在のグーグルマップで見られるのは、映像とは別のコース。1970年代以降、試験場は約2平方kmに2つのコースという構成から、約4.7平方kmに27本のコースへと拡張されている。
ターマックにグラベル、高速オーバル、ワインディング、スキッドパッドなど多種多様。ピエモンテ州の田舎道を再現した、全長約21kmのランゲ・コースもある。
もはやTZ2は走っていないが、今ではステランティス・グループの施設として、純EVのフィアット500からSUVのプジョー3008まで、多彩なモデルが試験を重ねている。
かつてのジュリア・スプリント GTAは、サーキットから公道へフィードバックされた、代表的な1台だった。量産ラインから引き抜かれ、アルミニウムやマグネシウムなどで作られた部品が与えられた。
約200kgのダイエットを果たし、アルファ・ロメオが買収したアウトデルタ社によって、臨戦準備が整えられた。バロッコのテストコースを、全開で走り込んで。
レース参戦規定を満たすため、公道仕様のGTAストラダーレも500台が作られた。現在はクラシックカーとして価値を高め、35万ポンド(約5425万円)ほど用意しなければ、状態の良い例の入手は難しい。
うれしいことに、2022年をその子孫が生き抜いている。もはやオーダーは終了したが、15万ポンド(約2325万円)程度で新車に近いGTAmが流通している。
真にGTAを名乗れる最後のモデル
生粋のホモロゲーション・マシンとは異なる。だが、自動車文化としての重要性を考えれば、金額にも納得できる。電動化時代が目前へ迫っている。われわれが想像するような存在として、ジュリアで最後に「GTA」を名乗るモデルだと考えて良い。
500kgの駆動用バッテリーを搭載したクルマが、軽量化を意味するアレジェリータ(Alleggerita)を冠することは似つかわしくない。少々野蛮で時代錯誤で、ドイツ勢に対するイタリアからの挑戦状。世界遺産級といって良い。
今回は、モントリオール・グリーンに染められた、ジュリア GTAmでバロッコを目指す。内燃エンジンの歴史を締めくくる前に、聖地巡礼といえる旅をすべきだと考えた。アウトバーンとアルプスを越えて。
イタリアへ戻ると、このクルマは広報車両としての任務が解かれる。シリアルナンバーは、320/500番。整備を受けて中古車市場へ放出されるという。
旅のプランは、北海を渡りドイツを南下し、オーストリアを経由してイタリアを目指すというもの。途中、有名なステルヴィオ峠とミラノを通過する。バロッコの自動車試験場がゴールだ。
ところが、ステルヴィオ峠はその日の午後から冬季閉鎖に入ることを、アルファ・ロメオ側も筆者も知らずにいた。予想外の出来事には慣れっこだが、これにはガッカリした。欧州随一のワインディングを楽しめないとは。
ジュリア GTAmは、税金の関係でスイスを通過できないという。アルプス山脈の中腹にある、ソンドリオという町へ立ち寄りたいのだが、平坦な谷沿いを走るしかないようだ。
812 スーパーファストに近い感覚
英国からオーストリアまでの道のりは、至って順調だった。特別なクルマなだけに、印象深いものでもあった。
特に、信じられないほどソフトな乗り心地と、路面の波打ちや白線に対する敏感さが心に刻まれた。アウトバーンでは、路面が多少濡れていると、車線変更時に僅かにブレる瞬間もあった。
筆者の経験では、ここまで繊細な感覚を備えている現行モデルは、ほかにフェラーリ812 スーパーファストくらい。さらにGTAmには、そのスーパー・グランドツアラーのサルーン版と表現しても良いような、類似性も備わっていた。
ステアリングは軽くクイックで、コーナー外側へ荷重を掛けていく、比較的大きなボディロールが生じる。それでいて、フロントがダブルウイッシュボーン式のサスペンションは、正確に進行方向を整えてくれる。
この812 スーパーファストと共通する柔らかいコーナリングスタイルは、当初は少し不安を感じさせる。しかし慣れてしまえば、クルマとドライバー、アスファルトとの、素晴らしい一体感を味わえる。
こんなドライビング体験を与えてくれる、別のラテン系スポーツカーを思い出した。崇高なアルピーヌA110だ。
鮮烈なボディカラーや独特のオーラも、モデナのモデルに近い。魅了されてしまう。
この続きは中編にて。
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高性能な車でも、いつも修理じゃ乗る気にならない。