レーシングカー水準の性能をロードモデルへ
1938年、V型12気筒エンジンを動力源にしたスーパークーペが、フランスのドライエによって生み出された。それ以前にも、イスパノ・スイザやキャデラック、ラゴンダ、ロールス・ロイスなどがV12モデルを提供していたが、それは上質さを求めてだった。
【画像】フェラーリに8年先行したロードカー ドライエ・タイプ145 同時期のクラシックと比較 全151枚
しかし、ドライエの着想はレーシングカー水準の動力性能を、欧州大陸を横断するような2シーター・グランドツアラーへ与えること。ベースになったのは、同社のタイプ145というグランプリマシンだった。
サーキットを想定したシャシーへ、その頃のF1に相当するレースで活躍した4.5L V12エンジンが載せられた。このアイデアは、フェラーリより8年も先行したものといえた。
ところが悔やまれることに、ドイツ・ナチスが隣国への侵略を開始。ドライエの計画は、1939年に中止へ追い込まれてしまう。
シルバーアローと呼ばれたドイツ代表のメルセデス・ベンツ・チームに、ドライエは1938年のフランス・ポー・グランプリで勝利していた。それに気分を害したヒトラーが、車両の破壊命令を下していたという噂も流れていた。
戦後、無事に破壊を免れたタイプ145は、1台が穏やかにデチューンされ、フランスのコーチビルダー、フラネ社が取得。2台は高性能グランドツアラーの雛形を生み出したといえる、コーチビルダーのシャプロン社が購入した。
エレガントな戦前スタイルのクーペ
シャプロン社に渡った2台のタイプ145には、戦前のスタイルを踏襲したクーペ・ボディが与えられた。既に流線形が一般化しつつあったが、両脇へ張り出したフェンダーが特長になった。
長いボンネットには無数のルーバーが開けられ、伸びやかな後ろ姿はエレガント。流れるようなフォルムを印象づけるため、ボディサイドなど各部はクローム・モールで飾られた。1954年に消滅してしまうドライエへ、素晴らしい遺作を残したといえる。
フロントはドライエ流といえるデザインで、フェンシングのマスクに似たラジエターグリルが象徴的。シートの背面には荷物用のスペースが設けられ、その後方へスペアタイヤと燃料タンクが収まった。
ドアを開けば、美しく加工されたウッドが目に飛び込んでくる。ダッシュボードは両端でカーブを描き、ドアフレームも美しく覆われている。
スピードメーターは170km/hまで振られ、タコメーターは4000rpmまで。レザーシートには華やかなプリーツが施され、フロア・カーペットは微塵の隙間もない。3スポーク・ステアリングホイールが、レーシングカーとの血統を匂わせる。
3枚のペダルがタイトに並び、4速マニュアルのシフトレバーは長い。当時のライバル、ブガッティやタルボと同じく、車内には特別な雰囲気が充満している。しかし4.5L V12エンジンを目覚めさせると、鋭いサウンドが共鳴し、気持ちが鼓舞される。
アクセルペダルの操作へ、エンジンは敏感に反応。クリーミーに回り、即座に豊かなトルクが湧き出てくる。
グランプリマシンからの生まれ変わり
ステアリングの感触は軽くダイレクトで、キックバックはほぼない。ドラムブレーキはしっかり効くが、シフトレバーのストロークは長く、少し時代遅れに思える。
クラッチペダルは重いが、速度が増すほど統一感が出てくる。旋回時のロールは最小限。引き締まったシャシーなことが見えてくる。重量配分は前寄りで、勢いよくコーナーへ突っ込むと、アンダーステアが僅かに表れる。
出口が見えたところで右足へ力を込めると、滑らかにパワーが路面へ伝わる。ツイン・エグゾーストからドライな咆哮が奏でられ、前方からの熱が車内へ届く。フランス人ドライバー、ルネ・ドレフュス氏も、こんな体験をしたのだろうか。
木陰で小休憩。麗しいグランドツアラーが、当時最も醜いと揶揄されたグランプリマシンの生まれ変わりだとは信じがたい。メッシュの張られたサイドグリルから、その証拠がチラ見えする。
タイプ145の心臓が、技術者のジャン・フランソワ氏がフランスのレストラン、デュプランタンでの昼食中にナプキンへ描いたV12エンジンだ。ドライエを率いていた、チャールズ・ヴァイフェンバック氏へ提案したという。
ヴァイフェンバックは1936年の新レギュレーションを受け、ドイツ勢が開発へ力を入れていたスーパーチャージド3.0Lエンジンより、自然吸気の4.5Lにアドバンテージがあると考えた。グランプリでは、燃費や信頼性で勝るはずだと。
穏やかな出力特性によって、タイヤの寿命も伸びる可能性があった。ピット時間の短縮が狙えた。
プッシュロッド式の4.5L V12
ドライエで参戦していた、レーシングドライバーのルーシー・シェル氏は、V12エンジンの計画へ賛同。継続的な支援を約束したそうだ。
とはいえ資金繰りは厳しく、フランソワはオーバーヘッドカム構造を諦めるしかなかった。それまでの直列6気筒と同じく、プッシュロッド構造が採用された。
クランクシャフトは、7枚のローラーベアリングで支持。カムシャフトは、3枚のギアで駆動された。ギアの1枚はヘッドの間に置かれ、12枚の吸気バルブを開閉。2枚はブロックの両サイドに配置され、プッシュロッドを介して排気バルブを6枚づつ開閉した。
半球形の燃焼室には、2本のプラグ。バンク角は60度で、ゼニス・ストロンバーグ社製ダウンドラフト・キャブレターが3基並んだ。
軽量化を念頭に、フランソワはアルミニウムをヘッドに採用。ブロックやクランクケース、バルブカバーにはマグネシウムを用いた。熱膨張や製造品質の課題がつきまとったが、テストでは228ps/5500rpmの最高出力を達成している。
タイプ145のシャシー設計では、ル・マンやミッレ・ミリアなど、2シーター・スポーツカーとしての利用も想定。シングルシーターのグランプリマシンでは、ドライバーズシートがオフセットした。
サスペンションは、横置きのリーフスプリングに、コントロールアームとレバーアーム・ダンパーをフロントに採用。リアはリジットアクスルにリーフスプリングという、従来的な仕様が選ばれた。トランスミッションは、堅牢な4速マニュアルだ。
この続きは、ドライエ・タイプ145 シャプロン・ボディのスーパークーペ(2)にて。
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