本格的なものからは一歩下がる機能やスタイルを“なんちゃって”と呼ぶことがある。今回紹介する4WDシステムもまた“なんちゃって”などといわれているが、実際には合理性の高い優れモノだ。
文/長谷川 敦、写真/スズキ、トヨタ、日産、フォルクスワーゲン、FavCars.com
日産セレナにも搭載!! なんちゃって4WDなんて悪口言っちゃダメ!! パッシブ・オンデマンド4WDにはメリットがてんこ盛り
■4WDといっても形式はさまざま
2023年に販売が開始された日産 セレナの新型モデル。ガソリンエンジン車にはパッシブ・オンデマンド方式を採用したオートコントロール4WD仕様も用意される
かつては悪路走行用車両御用達の機能だった4WD(4輪駆動)も、現在では一般道を走る乗用車の多くに採用されている。
しかし、ひと言で4WDといっても実はいくつかのタイプに分類されるのをご存じだろうか?
乗用車の4WDシステムを大きく3つに分けると「フルタイム4WD」「パートタイム4WD」「スタンバイ4WD」になる。さらに細かい区分けもあるが、それは今回の主題ではないため、この3パターンで説明したい。
フルタイム4WDとは、文字どおり常に4輪に駆動力がかかっていること。メリットは高い悪路走破性だが、常時4輪を駆動していることもあって燃費面で不利になる。
パートタイム4WDとは、通常は2WDで走るものの必要に応じて4WDになる方式。
この2WD→4WDの切り換えはドライバーの操作によって行われる。必要なとき以外は2WDなので、フルタイム4WDよりも燃料消費が抑えられる。
そして最後がスタンバイ4WDだ。これもまた必要に応じて2WDから4WDに変化する方式だが、パートタイム4WDとは違って自動的に2WDから4WDへの変更が行われる。
スタンバイ4WDはさらに「パッシブ・オンデマンド4WD」と「アクティブ・オンデマンド4WD」に分類されるが、これまで主に採用されてきたのがパッシブ・オンデマンド4WDだ。
■4WDモデルの最大勢力
現代の4WDモデルでメジャーなのがパッシブ・オンデマンド方式といわれている。
これは通常走行用の2WDと、トラクションを得たいときの4WDを自動的に切り換えるシステム。
パッシブ・オンデマンドのほかにアクティブ・オンデマンド4WDと呼ばれるシステムがあるが、パッシブが機械的に駆動方式を変更するのに対し、アクティブは電子的に制御が行われる。
スタンバイ4WDを採用するクルマには、FWD(前輪駆動)をベースにしたものと、RWD(後輪駆動)をベースする2タイプがあり、通常は前/後輪のどちらかに駆動力が与えられている。
たとえばFWDベースのスタンバイ4WD車の場合、スリップなどの理由によって前輪の回転数が後輪のそれを上回った場合、特殊な機構によって後輪にも駆動力が分配されて車体の姿勢を安定させる。
4WDへの切り換えが前後輪の回転差を検知してから受動的に行われるのがパッシブ・オンデマンド4WD、電子制御によって能動的に駆動方式を変更するのがアクティブ・オンデマンド4WDということ。
このように能動的な制御になるため、パッシブ・オンデマンド4WDは“なんちゃって4WD”などと揶揄されることもある。だが、このシステムが多くのクルマに採用されるのはもちろん理由がある。
■コストパフォーマンスが光るパッシブ・オンデマンド4WD
日本車で初めてビスカスカップリング方式を採用した3代目日産 パルサー(1986年)。イージードライブを実現する新駆動システムとして高く評価された
ではなぜパッシブ・オンデマンド方式が一般的な4WD車で最もポピュラーなシステムになっているのか?
最大の理由はコストにある。システムが複雑になればなるほど部品点数が増え、単純に材料費が上がるとともに開発費も必要になる。
その点、比較的シンプルな構造のパッシブ・オンデマンド4WDであれば部品点数が抑えられ、電子回路も不要になるためコストを抑制できる。
そのことが車両価格の低下にもつながるのはいうまでもないだろう。
多くのパッシブ・オンデマンド4WD車には「ビスカスカップリング」という機構が用いられている。
これはシリコンオイルを使った一種のクラッチであり、前後輪が同じ回転数のときは特になにもせず、前後どちらかのタイヤが滑って回転差が生じた際に、遅いほうのタイヤに駆動力を配分する。
ビスカスカップリングでは、駆動力を伝える際にシリコンオイルの粘性を利用するのが特徴であり、簡素な構成ながら確実な作動を得ることができる。
しかし、能動的なシステムであることから、必要な駆動力を発生するまでのタイムラグが生じてしまうのも事実。
さらにいえば、流体の粘性を利用して駆動力を伝達するため、ギアによる駆動に比べると効率が落ちるという弱点もあった。
パッシブ・オンデマンド4WDがなんちゃって4WDと呼ばれたりするのはこのためだ。
とはいえ、このタイムラグもわずかなもので、極端な悪路でなければ十分に4WD車としての性能を発揮する。
ビスカスカップリングは西ドイツのビスコドライブ社(当時)が開発したものであり、これを採用する場合はビスコドライブ社へのパテントを支払う必要があった。
そこでビスカスカップリングに似た構造の独自機構を開発したメーカーもあるが、基本的な作動原理はほぼ同じといえる。
■フルタイムだけどフルタイムにあらず?
話をややこしくしてしまうのが、パッシブ・オンデマンド4WD方式を採用している車種であっても、それをメーカー側でフルタイム4WDと呼ぶケースがあることだ。
パッシブ・オンデマンド式は通常走行において前後輪のどちらかが駆動しているため、この時点では厳密にいうと2WDである。そして前後輪の回転差が生じると4WDになる。
これをフルタイム4WDと呼ぶのは少々無理があるように思えるが、パートタイム4WDのように2WD/4WDの明確な切り換えがあるわけではなく、オートマチックに変化するため、常に4WDのスタンバイ状態にある。
だからこそスタンバイ4WDと呼ばれるのだ。
つまり「4WDの能力はあるが、通常は2WDで走っている」ともいえるため、これをあえてフルタイム4WDと称している可能性がある。
さらにクルマのアピールとしてフルタイム4WDをうたうという理由も考えられる。
日本を代表する高級SUVのトヨタ ランドクルーザーはフルタイム4WDを採用しているが、高度な制御によって4輪の駆動力を変化させている。
要するにフルタイム4WDであっても、常に4輪に同じ駆動力がかかっているわけではない。
こうした理由から、4WDの各方式はあいまいに表現されることが多い。
また、電子制御技術が進化している現在では、電子制御式オンデマンド4WDのコストも下がることが考えられ、その点におけるパッシブ・オンデマンド4WDの優位性がなくなる可能性もある。
すべてのタイヤに駆動力を与えて走行安定性を高める4WD。その利点を比較的手軽に得られるパッシブ・オンデマンド4WDは、コストパフォーマンスと信頼性の高いシステムであり、なんちゃって4WDと呼ぶのは過小評価ともいえる。
たとえなんちゃってであっても、パッシブ・オンデマンド4WDが世界のモータリゼーションにもたらした恩恵は無視できない。
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