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ニューモデル 2019.6.15

BMW謹製Mモデルの歴史 写真で振り返る41台 前編

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伝統のM 最新モデルはM8

BMWのなかでMを名乗ることを許されてきたのは、つねにもっともパワフルでスポーティな最速モデルたちであり、13万ポンド/15万ドル(1790万円)というプライスタグを掲げ、クーペとコンバーチブルのふたつのボディスタイルで登場したM8コンペティションは、BMWの旗艦モデルの座とともに、この世界最高のシリーズのひとつであるMの称号も手に入れている。

    BMW M8クーペ/コンバーチブル 625psの4.4ℓV8 まずはコンペティションから

1978年のパリモーターショーで、BMWのモータースポーツディビジョンから初のロードゴーイングモデルが登場した時、Mモデルがこれほどの成功を収めると予期したものはほとんどいなかった。

当初、Mはごく少数が生産される希少な存在に留まっていたが、いまや、BMWではほぼすべてのモデルラインナップにこの名を冠したモデルを用意しており、Mモデルは、スタンダードな車両に比べ(はるかに)素晴らしいだけでなく、そこには共通する特徴というものが存在している。

つまり、ほとんどが優れたドライビングプレジャーを持つ速いモデルであるだけでなく、多くの場合、非常に高い収集価値まで備えているということだ。

BMW 3.0 CSL(1973年)


サーキット向けに開発された車両であり、ホモロゲーション取得のため、BMWでは3.0 CSLの公道仕様を生産する必要があった。

軽量化のため、ボンネットとトランクリッド、ドアにはアルミニウムが使用されるとともに、サイドウインドウはプレキシガラス製となり、インテリアからは不要なものが撤去されていた。

生産台数はわずか1039台に留まっており、いまや、多くが求めるコンディション良好な個体は貴重な存在だ。

BMW M1(1978年)


BMWのMディビジョンが創り出した初の公道モデルであり、これまでのところ、Mから登場した唯一のミッドエンジンスーパーカーとなっている。

グループ5参戦を念頭に開発が進められたものの、予定よりも長引いた検討期間によって、実際に参戦できたのは、M1だけを集めたワンメイクシリーズだけだった。

ジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたM1は、BMWが誇る3453ccストレート6を初めて搭載したモデルでもあり、生産台数はわずか453台に留まる。

BMW M535i(1980年)


見事なパフォーマンスと、羊の革を被った狼とも呼べるルックス、さらには、ファミリーユースにも最適な実用性を見事に融合したこのクルマは、Mモデルの定型を創り出したとも言えるモデルだ。

M1と同じ3.5ℓストレート6は、223psを発揮しており、当時の水準で言えば十分に速い7.5秒の0-100km/h加速を実現していたが、そのポテンシャルを示すのは、低く構えたフロントスポイラーだけだった。

BMW M5 E28(1984年)


初代M5は、ディーゼルエンジンを積んだファミリーセダンとほとんど見分けが付かないルックスながらも、1984年のデビュー当時には世界最速の4ドアサルーンだった。

M5が注目を集める一方、E12の5シリーズをベースとしたM535i同様、同じM1由来の223psエンジンを積んだM535iも併売されていた。

BMW M635 CSi(1984年)


実質的にはM5のクーペバージョンとも言えるM635 CSi(米国ではM6を名乗っていた)は、ポルシェ911のライバルとなるべく登場している。

M635は、スタンダードなE24型6シリーズ同等の実用性を備えながらも、驚くべき速さを誇り、286psを発揮するストレート6によって、このクルマはわずか6.4秒で静止状態から100km/hに到達することができた。

BMW M3 E30(1985年)


膨らんだブリスターフェンダーによって、初代M3は他のMモデルとは異なる存在感を放っていたが、だからと言って、それがこのクルマの価値を貶めているわけではない。

すべてが左ハンドル仕様のこのクルマには、200psを発揮する2.3ℓ4気筒エンジンが積まれ、後にはカブリオレとEvoも登場している。

コンディション良好な個体は非常に希少な存在であり、いまや路上で見かけることも稀なモデルだ。

BMW M3 E30ピックアップ(1986年)


BMWのMディビジョンが創り出したモデルとは言え、このクルマをMモデルと呼ぶのは難しいだろう。

E30のコンバーチブルをベースに、Mディビジョンが拠点を置くガルヒング周辺での荷物運搬用に創り出されたMモデルであり、当初は192psを発揮する320iSのエンジンが積まれていたものの、後にE30型M3と同じ200psのパワーを誇るS14型2.3ℓユニットへと換装されている。

BMW M5 E34(1988年)


E34型M5は、メルセデスのW124型Eクラスに対抗すべく生み出されたモデルであり、見事な組立品質だけでなく、フロントに積まれた315psのストレート6は、驚くべき速さを誇った。

1991年からはエンジンが340psを発揮する3.8ℓユニットへと変更されている。

BMW M5 E34コンバーチブル(1989年)


すべてのM3にオープンモデルが存在する一方で、M5にコンバーチブルが設定されたことは一度としてなかった。

1989年、ソフトトップを与えられたM5が創り出され、その年のジュネーブモーターショーで公開されることで、この状況にも変化が訪れるかと思われたが、土壇場で3シリーズ・コンバーチブルとの競合を恐れたBMWによって、計画はキャンセルされている。

BMW M8(1991年)


BMWが558psを発揮するV12エンジンを積んだ、このE31型8シリーズの存在意義を認識するのに、約20年の歳月が必要だったのかも知れない。

実質的には2基の3.0ℓストレート6を合わせたとも言える、この6.1ℓV12ユニットからのパワーは、マニュアルギアボックスを介して後輪へと伝えられており、サーキット向けのふたつのバケットシートと、レーシングスペックのブレーキ、さらには、攻撃的なボディワークを与えられたM8は、素晴らしいBMWのフラッグシップモデルになることが期待されたが、残念ながら、そうはならなかった。

以来、2020年モデルとしてM8クーペとコンバーチブルが登場するまで、公式にM8を名乗るモデルは存在していなかったのだ。

BMW M5 E34ツーリング(1992年)


1992年、Mのモデルラインナップを拡充するべく、BMWはM5ツーリングを登場させている。

左ハンドル仕様のみだったこのクルマの生産台数は、わずか891台に留まっており、セールス面では成功とは言えなかったために、続くE39型M5でツーリングモデルが登場することはなかった。

しかし、アウディとメルセデスによる高速エステートモデルの成功を受け、ふたたびM5にもツーリングモデルが設定されるようになっている。

BMW M3 E36(1992年)


優れた実用性を備えながらも、足りない刺激が、多くのエンスージァストたちに、Mモデル最良の日々は過去のものになったと思わせることとなった。

もちろん、十分に速いモデル(0-100km/h加速は6秒を記録している)だったが、ドライバーとの繋がりが不足しており、SMGギアボックスの仕上がりもいまひとつだった。

Mも時には失敗することがあるということだろう。

BMW 850 CSi(1992年)


Mのバッジこそ付いていないものの、BMWのモータースポーツディビジョンが生み出したモデルであり、例えそうは名乗らなくとも、実質的にはM8と呼ぶべきモデルとして、MのVINナンバーまで与えられている。

1台だけ製作されたM8のプロトタイプに比べれば、インテリアとボディワークはトーンダウンしていたが、380psを発揮する5.6ℓV12エンジンを積んで、見事なパフォーマンスを披露している。

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(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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