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ニューモデル 2019.4.14

世界ご長寿モデルランキング トップ33 11位~1位

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11位:ルノー12(1969~2006)-37年間

ルノーのトップは、12が世界中で販売される真のグルーバルカーになると信じていたのであり、彼らの予測は驚くほど正確だった。

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12がもっとも売れたのは西側欧州だったが、東欧や米州大陸、豪州でもルノーのラインナップに加えられている。

このクルマは、長年にわたり、ルーマニアのダチアを支えたモデルでもあり、フランスで最後の12がラインオフしてから26年間も生産が続けられていた。

1410と呼ばれたスポーティーなクーペや、1320の名を持つリフトバック、さらには2ドアと4ドアのふたつのボディスタイルを持つピックアップなど、各市場向けに数多くのバリエーションモデルを産み出したが、最終的には、ベーシックで手ごろな移動手段としての役割は、初代ダチア・ローガンに譲ることとなった。

1999年のルノーによる買収以降、ダチアはこのフランスメーカーのディフュージョンブランドとしてその存在感を発揮しており、2018年の70万台以上という販売台数は2010年の2倍に達している。

10位:メルセデス・ベンツGクラス(1979~2017)-38年間

もともとメルセデス・ベンツの商用車部門によって考案されたGクラスは、戦場からビバリーヒルズへと自らの居場所を変えるなかで、国境や社会階層を超越し、自動車世界におけるアメリカンドリームの体現者となっていった。

単なるオフローダーから、メルセデスのラインナップ中もっとも高価な1台へと上り詰めたこのクルマは、ラグジュアリーとパフォーマンス、そして独特の美意識を象徴する存在でもある。

初代Gクラスの生産が終了したのは2017年のことであり、新型のスタイリングもそれほど変わったようには見えないが、その中味は完全新設計のプラットフォームであり、インテリアで使用されている最新テクノロジーの一部はSクラスからもたらされたものだ。

9位:プジョー504(1968~2006)-38年間

1969年、誰もが憧れる欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞すると、プジョー504は先代同様、新興市場のドライバーに向けた丈夫な移動手段となっていった。

アフリカの一部地域では、キング・オブ・ザ・ロードとして知られることとなり、その生産はアルゼンチン、中国といったさまざまな国で行われている。ナイジェリア仕様の最終モデルが生産を終えたのは2006年のことだった。

2010年、当時のイラン大統領、マフムード・アフマディネジャドは、自身が所有していた1977年モデルの504をオークションに出品しており、250万ドルで落札されたこのクルマは、史上もっとも高価なプジョーの1台になるとともに、その収益金は低所得者向け住宅の建設資金として活用されたと言う。

8位:ヒルマン・ハンター(1966~2005)-39年間

1966年にルーツグループによって生産が開始されたハンターは、英国における13年間のモデルライフにおいて、ベストセラーの1台となったが、そのことを覚えているひとなどほとんどいないだろう。

生産開始直後には、イランの国営自動車メーカーが、ルーツ社が提供するキットを用いたノックダウン生産を行うことで合意しており、こうして生み出されたクルマはペイカン(写真)と名付けられ、タクシーや警察車両として活躍したことで、またたく間にイランの国民車として広く知られるようになった。

いまではプジョー傘下となっている旧ルーツ社の工場設備を使って、1985年から完全組立が開始されたモデルに積まれていたのは、プジョー504のエンジンだった。

21世紀に入ると完全に時代遅れのモデルとなり、より新しいプジョー405をベースとしたサマンドへとモデルチェンジしている。

7位:ミニ(1959~2000)-41年間

530万台が生産された初代ミニは、英国自動車業界におけるビートルズとも呼べる存在だ。アレック・イシゴニスの天才的なエンジニアリングの閃きによって、このクルマがデザインスケッチから実際の生産までに要した時間は、わずか27カ月というものだった。

小さなボディに4人を詰め込むパッケージ自体も素晴らしいが、このクルマでもっとも革新的だったのは、そのエンジンルームであり、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)は、4速マニュアルトランスミッションの真上に水冷4気筒エンジンを横置きし、ドライブトレインに必要な面積を大幅に削減することに成功していた。

ミニは小型モデルだけでなく、スーパーカーにまで影響を与えている。

ランボルギーニがミウラのキャビン後方に4.0ℓV12エンジンを搭載できず悩んでいた時、その解決のヒントとなったのは、あるエンジニアが駐車場に停まっていたミニのエンジンルームを覗き込んだことがきっかけだった。

6位:ワズ2121/ラーダ・ニーバ/ラーダ4×4(1977~現役)-42年間(継続中)

ロシアのラーダは、シベリアでも使用可能な、丈夫で実用的なオフローダーを求める声に応えるべく、ニーバを開発している。

パーツの一部はフィアットベースの2101と共用だが、ニーバの設計はラーダ自身が行っており、一夜にしてヒットモデルとなった軽量コンパクトで手ごろなこのクルマは、ラーダ最大の輸出モデルでもある。

その品質は決して高いとは言えないが、それでも、ニーバは南極のロシア基地におけるサポート車両の役割を10年にわたって務められるだけの信頼性は確保していた。

生産はいまも続いており、現在では単にラーダ4×4と呼ばれているが、内部情報筋によれば、ついに後継モデルの開発が始められたという。

5位:シトロエン2CV(1948~1990)-42年間

辞書の「時代錯誤」の項には、シトロエン2CVの写真を載せても良いかも知れない。

このブリキのカタツムリは、想定された現役期間どころか、本来後継となるはずだったダイアンやビザをも超え、数十年にわたり生き永らえることに成功しているが、その長寿の秘密は、決してシトロエンがこのクルマのキャブレターに不老不死の薬を振りかけたからではなく、そのシンプルさが理由だった。

すべてが機能優先のデザインであり、それは跳ね上げ式のフロントウインドウや、初期モデルにおける速度計が駆動するワイパーといった部分にも見て取ることができる。

自然体で付き合える貴重な1台であり、120万台のバンモデルを含め、シトロエンからは510万台の2CVが送り出されているが、アミやダイアン、メアリといったこのクルマをベースにしたモデルまで含めれば、その数は900万台に達する。

4位:ヒンドゥスタン・アンバサダー(1958~2007)-49年間

ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)からモーリス・オックスフォード・シリーズIIIの製造権を購入したヒンドゥスタンモーターによってアンバサダーは発売されている。

この契約に関係した人物のなかで、オックスフォードの基本的なデザインが、およそ半世紀も生き永らえることになるなどと想像したものはいないだろう。2004年発売のより現代的なルックスをしたアヴィゴを除けば、そのモデルライフ中、アンバサダーはほとんどその姿を変えていない。

2017年、22年の空白期間を経てインド市場への再進出を狙うプジョーが、1200万ドルでアンバサダー・ブランドを買収している。

3位:モーガン4/4(1955~現役)-64年間(継続中)

もし、モーガンが基本的な自動車進化のルールに囚われていたなら、1960年代のどこかの時点で4/4は退役となり、後進に道を譲っていたはずであり、いかなる業界の習慣にも背を向けていたからこそ、彼らはこのロードスターモデルの生産継続を決めたのだ。

ドライビング性能と実用性を向上させるべく、長年にわたってマイナーチェンジを重ねてはいるものの、その時代に逆行したかのようなデザインは、1950年代からなにも変わってはいない。

その誕生以来、4/4にはフォード製エンジンが積まれてきたが、1980年代には、短期間ながらフィアット製4気筒を積んだモデルも登場している。現行モデルが積むのは、モンデオやフォーカス、フィエスタと同じ1.6ℓシグマエンジンだ。

2位:フォルクスワーゲン・タイプ2(1949~2013)-63年間

親しみを込めてバスやコンビと呼ばれるフォルクスワーゲン・タイプ2は、オランダのフォルクスワーゲンインポーターが、ヴォルフスブルク工場周辺でパーツの輸送に使われていたタイプ1のベアシャシーの販売許可を求めたことがきっかけで誕生したモデルであり、欧州ではビジネス用として活躍する一方、米国市場ではキャンパー仕様が人気となった。

それぞれ、カラベル/トランスポルターへとモデルチェンジしたものの、メキシコやブラジルといった南米市場ではそのまま生産が継続されており、モデルライフ後半には、空冷フレット4に替えて、ボディ前方にラジエータを配置することで、81psを発揮する水冷直列4気筒エンジンが搭載されている。

2010年代初頭になっても、ブラジルでは高い人気を誇っていたが、当時導入された新規制に対応すべく、コストを掛けてエアバッグとABSの装着を行うよりも、フォルクスワーゲンはこのクルマの生産を終了するほうを選んだ。

最後の600台には、「ラスト・エディション」の名が与えられ、ブラジル国内だけで販売されており、その総生産台数は1000万台以上に達している。

1位:フォルクスワーゲン・ビートル(1938~2003)-65年間

このランキングの最後を飾るモデルこそ、フォルクスワーゲン・ビートルであり、このクルマには単なるクラシックモデルを越えた人気が備わっている。世界中でこのクルマは、少なくともコカ・コーラと同じくらいの知名度を誇っているのだ。

だが、現在のこの地位は予想外のものだった。ビートルは単にドイツ人にモータリゼーションをもたらすべく生み出されたモデルであり、1930年代後半の販売開始が予定されていたものの、第2次世界大戦によって、その計画は延期を余儀なくされている。

ビートルのアイデアは、英国か米国によって引き継がれる可能性もあったが、戦後、英国メーカーでこのクルマに興味を示すところはなく、それはフォードも同じだった。

「このクルマは自動車に求められる基本的技術レベルにすら達していない」とある英国の政府担当者は書き残しており、「一般的なドライバーにとってはまったく魅力のないクルマであり、商業的に成功する見込みはない」とまで述べている。

ヒトラーの国民車構想が、1960年代のフラワームーブメントで重要な役割を果たすことになるなど、まったく想定外のことだっただろう。

ついに厳しい排ガス規制がビートルにも適用されることになり、ウルティマ・エディチオンと名付けられたクラシックな限定モデルを最後に、2003年、メキシコでの生産は終了しているが、それまでに、15カ国もの国々で、2100万台以上のビートルが生み出されている。

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(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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