現在位置: carview! > ニュース > ニューモデル > 足るを知るとは? アルピーヌA110/マクラーレン・セナ同時テスト 後編

ここから本文です
ニューモデル 2019.3.3

足るを知るとは? アルピーヌA110/マクラーレン・セナ同時テスト 後編

  • みんカラ つぶやく
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

もくじ

ー セナの実力は
ー 有り余るパワー
ー 底なしの実力を持つクルマ
ー 持ち味を生かせるか
ー 過ぎたるものの良さ
ー 番外編:馬力競争はどこまでいくか

    『セナvsアルピーヌA110』すべての画像をみる

セナの実力は

セナでおなじ作業をくり返す。まず手はじめに、トラクションコントロールのスイッチを切る。馬鹿なことは承知だが、前に入れたまま乗ったときの感じはさしずめ「ダイエット・セナ」というべきもので、実力の片鱗すらうかがえないほど控えめな印象に終始したことが頭にあったのだ。

もうそのときとはちがう。こんどは熱狂を解きはなつための努力ではない。おそらくほとんどの状況で聖者のような自制心をためされることになろうことは、はじめからお見通しだ。この道を安全に走れるペースなどはるかに超える高性能なのだから、ほんのちょっと味見できればいい方だろう。

ということで、1、2速のことなど、エンジンのトップエンドとともにすっぱり忘れてしまうことにした。クルマが許すかぎり、高いギアで回転を抑えて走ることになるだろう。それでも、思わぬトルクの波がやってきたらとたんに仕事は忙しくなる。そのことだけでも、セナはドライバーにおおくを要求するクルマといえる。

とはいえ、わたしは気にしない。心奪われるような興奮する体験になるだろうし、運転技術への挑戦状ともとれるからだ。必ずしもヒースの生いしげる野原へすっ飛ばされるわけではないし―もっとも、不用意に扱えばそうなるはずだ―持てる経験のすべてを出して、ありったけの集中力を振りしぼらねばならないということだ。

有り余るパワー

ステアリングはあまり強く握らないようにする。わかってはいるのだが、こうまでタイヤが幅広だと勝手にチョロチョロ動いてしまうのだ。

落ちつこう。間違っても脱兎のように加速しようとはしないことだ。エンジンは800ps、ひと踏みで郵便配達の担当区域のひとつふたつくらいはあっという間なのだ。

楽しもう。手のひらの汗は気にせず、ヘンな音がしても心配しないことだ。音のもとはクルマではなく、ドライバーなのだ。

行儀のいいドライビングに専念しよう。グリップの心配などせずにアペックスをしっかり見る。たしかに直線性能もバカバカしいほどあり余っているが、コーナリングもそれ以上なのだ。滑らかに操作するのはもちろん、慎重さも大事だ。

がんじがらめのようだが、そんなふうに感じられない時だってちゃんとある。いうならば、過剰という底なしの大海に浸るようなものだ。

しかし、果たしてそれは堂々たる体験なのか、はたまた単に苛立たしくなるだけなのだろうか。

底なしの実力を持つクルマ

どちらともいえるが、どちらかといえば前者だろう。今回の試乗でも魅せられたスピード感だが、それを演出するもっとも重要な要素とは速度そのものではなく、環境のめまぐるしい移り変わりなのだ。高度1万2000mを960km/hという速さで飛ぶボーイング747の中に座っているのがどんな感じかといえば、意味はおわかり頂けるだろう。

公道上ではセナの性能のすべてどころかほんのすこししか味わえないからといって、まるで面白みがないということにはならないのだ。じっさい、能力が底なしとわかればクルマ固有の特質も引きだせる。

安全の範囲内でクルマの能力をどれだけ深いところまで垣間見られるかわかれば、それ自体がとびきりの体験になる。要求される技能と厳しさは、とうていアルピーヌの比ではない。

とはいっても、カン違いしないでほしい。ありがたいことに、わたしは長い高速コースのエストリル・サーキットで思う存分セナを走らせ、レースモードに入れてそれこそほかのロードカーでは到底ありえない速さも味わったこともある。だがそれとて自制心からは逃れられず、すこし悶々とさせられる体験だったのだ。

持ち味を生かせるか

そして今回は、現代の公道用タイヤの技術的限界が立ちはだかる。セナは、ほかのどのナンバー付きのクルマよりもサーキットでスリックタイヤを鳴らして走るのがふさわしいクルマだし、来年登場とされるGTRバージョンにはスリックがつくだろう。

肝心なのは、どこでどんなクルマににどう乗ろうが、必ずしも万事最高とはいかないということだ。パワーがちょっと足りない、はたまたありすぎる、路面が悪い、天気が悪い、などだ。

それに対する秘訣としては、持ち味を存分に発揮できる機会のできるだけおおい、絶妙のバランスを身につけたクルマを選ぶことだろう。それに必ずしも速さがすべてではないとなれば、アルピーヌがおおくの分野でどの市販車よりも良い得点を挙げたのもそこに理由があるのだ。

とはいえ、まだ本質的な逆説的問題がのこっている。例えるなら、英国でいうウェイトローズあたりのスーパーでも売っている上等なワインを1本もらうのと、シャトー・ペトリュス(世界最高級ワインのひとつ)をひと口だけ味見するのと、どちらがいいかということだ。

過ぎたるものの良さ

この問題に正解などない。ワインその他もろもろについて俗物を自認するわたしなら、ウェイトローズのほうを取るだろう。だが、世界一のぶどう酒で舌をうるおしたらどんな感じだろうと空想して人生をおくってきたひともいるはずだ。それを体験できるとなれば、その辺のワイン1本いや1箱でも到底かなわない、そのひとにとって生涯にわたる糧になるはずだ。セナは、まさにそのペトリュスなのだ。

それで、もういちど乗りたくなるのはどちらなのか。

ふつうはアルピーヌと答える、はずだ。性能は公道で分別を持ってちょうど使い切れるところにある。運転は楽しいし、すばらしく明晰な思想のもとに生まれた、天才がつくったクルマといってもいい。

だが本音のところでは、わたしはセナをとりたい。あなただってそうではないだろうか。何てったってセナなのだ。あのめくるめく体験を袖にするなんてできないだろう。画面がちいさすぎるから旅客機で5つ星の映画は見ないというのといっしょだ。たとえふさわしい状況でなくとも、味わう機会に恵まれたらぜひものにしたくなる。

たしかに、アルピーヌは文字どおり「じゅうぶん」で、セナが純粋に体現するのは「過剰」というしかない。だが、過ぎたるものもときに途方もなくすばらしくみえるものだと気づくのは、何もわたしに限ったことではないはずだ。

番外編:馬力競争はどこまでいくか

30年前のフェラーリ・テスタロッサは395ps、800psのセナの半分にも満たなかった。となると、2049年には1600psのクルマが現れるのだろうか。1200psくらいはあり得るかもしれない。怖がりすぎだろうか。

いずれにせよ、わたしには競争のあるべき姿が見えている。それはセナやA110がめざす方向だ。それに、オーナーたちも出力値そのものよりパワーウェイトレシオを自慢するようになれば、業界も軽量化にかじを切るはずだ。

ロータスの創設者コーリン・チャップマンは半世紀も前に「パワーを上げても直線で速くなるだけ、軽くすればすべての局面で速くなる」と看破したが、それは今の時代にもあてはまる。軽くなればなるほど、乗ってみても良いクルマになるのだ。

軽量化はさらなる好循環も引きおこす。たとえばボディと動力系を軽くしたとしよう。そうなればサスペンションもやたらと頑丈に造らなくてすむし、ブレーキもちいさく、タイヤも細くてすむ。つまりますます軽く造れるのだ。

ただ問題がひとつある。単純にパワーを上げるより、軽量化にはコストがはるかにかかるのだ。それでも、アルピーヌはA110で車重1100kgをわずかに上まわる程度に抑えつつ、5万ポンド(717万円)以下の価格を実現している。となれば、ほかのメーカーだって追随できるはずだ。

おおざっぱに言うなら、たとえばブガッティ・シロンは1500psで車重2トンだ。もしこれを750psで1トンにできたなら、パワーウェイトレシオこそおなじでもまさに生まれ変わったような運転感覚になるはずだ。

  • みんカラ つぶやく
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

(AUTOCAR JAPAN 編集部)

コメントの使い方

みんなのコメント

ログインしてコメントを書く

(株)カービュー関連サービス

メールマガジン メールマガジン

愛車無料一括査定

あなたの愛車今いくら?

車の種類を選択
事故車 商用車
お住まいの郵便番号を入力
-
※郵便番号がわからない方はこちら

※(株)カービューのページへ移動します