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ニューモデル 2019.2.21

幻のセレニッシマ、3台を解説 スパイダーは5億円超え アールキュリアル・オークション

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もくじ

ー スクーデリア・セレニッシマとは
ー セレニッシマ・スパイダー
ー セレニッシマ・アジェナ
ー セレニッシマ・ギアGT

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スクーデリア・セレニッシマとは

イタリアの有力なプライベート・レーシング・チームとして1960年代初頭に活躍したのが、ジョヴァンニ・ヴォルピ伯爵が設立した「スクーデリア・セレニッシマ」だ。フェラーリ250GTブレッドバンや250TR61を駆り、素晴らしい結果を残している。

イタリア国旗の中央に地元ヴェネツィアを象徴する「有翼の獅子/Leone di Venezia」を配したチーム・ロゴは、目にした方もあろう。

こうしてフェラーリでスポーツカー/GTレースを闘ってきたが、1961年に勃発したフェラーリの社内反乱で、ヴォルピ伯爵は反隊勢力側を応援したことからエンツォ・フェラーリの逆鱗に触れ、注文していた250GTOがキャンセルされる事態になってしまう。

そこでヴォルピ伯爵は社内反乱でフェラーリを離れたF1マシン開発担当のカルロ・キティ、スポーツカーの開発責任者であるジオット・ビッザリーニ、そしてチームマネージャーだったロモロ・タヴァーニが起こしたATSを支援することにする。

フェラーリから販売を拒否された「スクーデリア・セレニッシマ」は自らマシンを製作。そこで協力を仰いだのが社内反乱でフェラーリを離れたスペシャリスト達だった。こうして最初のセレニッシマとしてベルリネッタの308/Vジェットが1964年に登場する。その後排気量を3ℓから3.5ℓに拡大した358/Vトルペードを送り出し、続いてボディを変更した358/Vユングルへ進化する。

まずは、アールキュリアル・レトロモビル・オークションで高額落札されたスパイダーを紹介しよう。

セレニッシマ・スパイダー

今回出品されたセレニッシマ・スパイダーは、308/Vジェット・ベルリネッタからファントッツィによりアルミ製のスパイダーに改装されたもので、エンジンはフェラーリで活躍したアルベルト・マッシミーノが開発した90°V8 OHC 3.5ℓユニットがミドに積まれる。

こうして誕生したセレニッシマ・スパイダーは1966年のル・マン24時間に挑む。この時期は「スクーデリア・セレニッシマ」が休止していたため、「スクーデリア・サンマルコ」からのエントリーで、写真家であるとともに、ボブスレーやモータースポーツでも活躍したジャン・クロード・ソエとジャン・ド・モルトマートにステアリングが託された。

出品された3台のセレニッシマは、オーナーであるヴォルピ伯爵のコレクションから放出されたもの。中でもセレニッシマ・スパイダーは、1966年のル・マン24時間を闘い終えたそのままの姿を保つバーン・ファインドといえる状態だ。

しかし、アルミ製のボディは経年の痛みが見られるものの、ゼッケンをはがした以外は完璧にオリジナルを保っている。アルベルト・マッシミーノが開発した90°V8 OHC 3.5ℓユニットも不動状態にあるがそのまま残されており、まさにタイムカプセルといえる1台である。


もはや現存しないと思われていたマシンの出現から入札がヒートアップし、最終的に421.88万ユーロ/5億2735万円で決着がついた。

アンチ・フェラーリで作られた独創的なその姿を、この後のクラシックカー・イベントで見られることを期待したい。

アールキュリアル・レトロモビル・オークションには、他にも2台のセレニッシマが出品されたので紹介しよう。

セレニッシマ・アジェナ

今回スパイダーとともに、セレニッシマ・アジェナとギアGTが出品されたので簡単にご紹介したい。

アジェナはセレニッシマのハイエンド・ミドシップGTとして開発されたプロトタイプとなる。スタイルはこの時代のテイストが感じられるもので、エンジンはこちらもマッシミーノ開発の90°V8 OHC 3.5ℓユニットを搭載。発表後はヴォルピ伯爵のコレクションとして寝たままで、今回のオークションで数十年ぶりに公開されたことになる。

プロトタイプということもあり、現状ではライセンス・プレートが取得できないためオークションでは5513万円で終えてしまった。

セレニッシマ・ギアGT

アジェナに続くGTモデルとして製作されたのが、当時のロードカーとしては最先端のメカニズムであるミドシップを採用したギアGT(ギア・クーペとも呼ばれる)だった。

デザインは当時ヴォルピ伯爵と交友のあったアレッサンドロ・デ・トマゾやカロッツェリア・ギアのラインを活かし、ギアに在籍していたトム・チャーダが担当。そのためか姿を現したギアGTはデ・トマゾ・マングスタとパンテーラの流れを汲むラインでまとめられていた。

エンジンは当初マッシミーノ開発の90°V8 OHC 3.5ℓユニットが搭載されていたが、1969年にアルフ・フランソワの手によるM-167ユニットに換装されている。

1968年のトリノ・ショーとニューヨーク・ショーで公開後、コンクルール・デレガンスでもその姿が見られたが、その後ファクトリーに戻され保管されていた。こちらも当時の姿をそのまま残した状態だったが、プロトタイプでメーカー認証がなく登録できないということもあり、5662万円で終えた。

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(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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みんなのコメント

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  • vin*****|2019/02/21 12:22

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    初めて聞いた車名ですが非常にレアな車両のようですね。
    スパイダーはローラあたり?ストラダーレは文中にあるようにマングスタ〜パンテーラあたりを意識したような印象ですが、急ごしらえだったのでしょうか?イタ車としてはスタイリングがいささか微妙。
    とは言えそのレア度やストーリーがエンスー心をくすぐるのでしょうが、それでも5億は凄い。
  • rak*****|2019/02/21 22:31

    違反報告

    『セレニッシマ』って、確か昔、マクラーレンのF1かF2のエンジンがセレニッシマだったんじゃと思って調べたら、確かにそうだった!

    子供の頃の記憶、おそるべし!

    (あらためて調べたら、マクラーレン最初のF1マシン『M2B』に、『Serenissima M166』と言う3リッターV8エンジンを搭載したらしいが、パワーはあまり出ず、しかも重いということで、より戦闘力の高いフォードエンジンに早々に切り替えたとか。)

    (で、より深く調べたら、この、いわば普通のフォードエンジンの裏で、マイクコスティンとキースダッグワースが、あの名エンジン『DFV』を開発していたそうな)

    まあ、全て「だからなに?」ってことだけどね・・・・・
  • sbt*****|2019/02/21 11:21

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    パイプフレームにエンジン、ミッション、足回り
    それらを包む薄皮はアルミの叩きだし、もしくはFRPで
    自分だけのレーシングカーをエンジンの咆哮をあげながら
    ルマンでフェラーリやポルシェと戦う
    羨まし過ぎるなぁ

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