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ニューモデル 2019.2.16

「GT」ほんとうに名乗れるクルマは 元祖GTからトンデモGTまでジャッジ 前編

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アルファとGMC GTの意味

自動車世界では対極に位置するアルファ・ロメオとGMCだが、どちらも他よりもスポーティだという理由から自社のモデルにGTを名乗らせている。

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もちろん、確かに他社よりも優れたGTを創り出すことに成功したメーカーも存在するが、それでも20世紀後半には、GTやそれに類する名を冠したクルマづくりを、ほとんどすべてのメーカーが一度は試みている。

ほとんどの自動車史家がGTはイタリア語でグランドツーリングを意味するGran Turismoを意味しているということで一致している。

もともとは、長距離移動に求められる十分なスペースに、快適装備を備えた高性能モデルを意味する言葉であり、当初は、無駄を排したサーキット専用モデルの対極に位置するのがGTだったが、レースの世界にもGTの名は広がり、時にはGTクラスといった呼び方をされるようにもなっている。

だが、すべてのメーカーがこのふたつの基本的な意味でGTの名を使っているわけではない……。

GTのオリジナルとも言えるランチア製グランドツアラーから、ターボエンジンを積んだクライスラーPTクルーザーまで、その出来にかかわらず、GTのバッジを付けて登場したモデルをご紹介しよう。
注:写真はランボルギーニ 400 GT


ランチア・アウレリア B20 GT(1951年)

GTの名は、1951年にランチアから登場したアウレリア B20 GTで初めて量産モデルに与えられている。4ドアモデルのアウレリア B10をベースとしたB20 GTは、傾斜したルーフラインと、スポーティさを増したインテリアを持つ豪華なクーペモデルだった。

4ドアのアウレリアが初めてV6エンジンを積んだモデルだった一方で、ピニンファリーナ作のB20 GTでは、1991ccの6気筒エンジンにさらに改良を加え、初期モデルでは76psのパワーを発揮していた。

ランチアでは、後にGTの名を数多くのモデルに冠しており、その中にはフルビア・ベルリーナの高性能バージョンであるGTEや、初代デルタのホットバージョンなどが含まれる。


判定:合格


フェラーリ 250 GTクーペ(1954年)

フェラーリと、ピニンファリーナといったコーチビルダーからは、数多く250のバリエーションモデルが登場している。

1954年のパリ・モーターショーで発表された250 GTクーペは、フェラーリが「一般的なドライバー」と考える顧客向けに初めて真剣に開発を行ったモデルであり、GTの名は、このクルマがイタリア中を快適に長距離移動することができることを率直に表していた。

フェラーリでもっとも成功したモデルの多くが「G」と「T」の名を冠しており、250GTOやディーノ206 GT、さらには365 GTB/4といった名がすぐに思い浮かぶだろう。

2018年時点では、GTC4 ルッソと488GTBがこの伝統を受け継いでいる。


判定:合格
注:写真は1959年製250 GT


マセラティ 3500 GT(1957年)

A6をデビューさせた後、マセラティは自社の製品により分かり易いモデル名を与えるようになった。

1957年発表の3500 GTは3500ccの直列6気筒エンジンを積み、グランドツアラーというコンセプトを完ぺきに体現したモデルであり、1959年発売の5000GTもこの法則に則ったモデル名を与えられていた。

その後、マセラティはこうした数字とアルファベットの組み合わせによる名称を止め、ギブリやミストラル、セブリングにクアトロポルテといったモデル名を採用するようになったが、1998年から2002年にかけて生産された3200 GTで、久しぶりにマセラティにGTの名が帰ってきている。

2018年現在、マセラティではクーペのグランツーリスモで、グレードのひとつとしてGTSを名乗っており、この名はレヴァンテとクアトロポルテでも使用されている。


判定:合格
注:写真は3500 GT ヴィグナーレ


サーブGT750(1958年)

サーブはイタリアで成立したGTの定義を大胆にも最初に逸脱したメーカーのひとつであり、1958年デビューのGT750には、大陸横断レースでマセラティ3500 GTに対抗するだけのパフォーマンスは備わっていなかったが、サーブがGTの名をこのクルマに与えたことに意義を唱えるものはいなかった。

GT750は93のスポーティバージョンとして、サーブのラリーの血脈を注ぎ込まれたモデルであり、だからこそGTを名乗ることを許されたのだ。


判定:合格


アストン マーティンDB4 GT(1959年)

1959年のロンドン・モーターショーで、アストン マーティンはDB4のGTバージョンを発表している。

その名が示すとおり、このクルマはGTクラスのレース参戦のためにDB4に改良を加えたモデルであり、ボディはベースモデルよりも短縮されるとともに、劇的な軽量化がほどこされ、パワーアップしたエンジンと四輪ディスクブレーキを備えていた。

DB4 GTは正式デビュー前からそのサーキットでの実力を証明しており、プロトタイプのステアリングを握ったスターリング・モスによって、デイリー・エクスプレス・シルバーストーン・メイ・ミーティングにおけるGTレースで勝利を飾っている。

さらにDB4 GTは、2018年現在、アストン製モデルとしてはもっとも希少で価値あるクラシックモデルとして評価されているDB4 GTザガートのベースでもあった。

だが、グランドツアラーというコンセプトに忠実であり続けるブランドとして、DB4 GT以降、アストン マーティンから登場したGTの名を持つモデルは驚くほど少ない。


判定:合格


スチュードベーカー・グランツーリスモ・ホーク(1962年)

1962年、ホークの最終進化版でスチュードベーカーは米国ブランドで初めてGTの名称を使用したメーカーとなった。

メルセデス・ベンツによく似た力強いグリルや、シャープなルーフライン、1960年代のトレンドに則った新たなリアエンドの処理など、エクステリア変更を受けたホークをベースに、グランツーリスモ・ホークは誕生している。

パワートレインは、自然吸気V8か、モデルライフ後半に登場した293psを発揮するスーパーチャージャー付きV8などから選択することができた。

グランツーリスモ・ホーク自体も大胆なモデルだったが、スチュードベーカーを救おうという無謀な試みまで託されていた。

1963年12月にインディアナ州にあったサウスベンドの工場が閉鎖されると、このクルマもそのモデルライフを終えている。


判定:合格、但し葉巻は不要だ。


ダッジ・ランサーGT 2ドア・ハードトップ(1962年)

1962年にGTを名乗ったもうひとつの米国メーカーであるダッジは、1962年モデルとして改良を加えたランサー2ドア・ハードトップをベースに、厚みを増したカーペットとバケットシート、ダッシュボードへのウッドトリムに加え、すべてのホイールにカバーを与えて、GTの名を冠している。

ダッジではランサーGTをパフォーマンスモデルとしており、102psを発揮するクライスラーグループの「スラント・シックス」と呼ばれた直列6気筒エンジンを搭載するとともに、さらなるパワーを求める顧客向けには、排気量を拡大し147psにまでパワーを高めたスラント・シックスエンジンをオプション設定していた。

1963年、ランサーは3代目ダートにその地位を譲っているが、ダートもトップモデルのコンバーチブルとクーペモデルでGTを名乗るとともに、4代目ではもっともスポーティなバージョンでGTSの名を与えられている。

2013年には、アルファ・ロメオ・ジュリエッタをベースとしたダートのトップモデルでGTの名を復活させているが、このクルマの高性能ぶりはそのルックスだけだった。


判定:不合格


アルファ・ロメオ・スプリントGT(1963年)

1960年代初頭までに、各自動車メーカーはGTの名が顧客に与えるポジティブな影響を理解していた。
1963年、アルファ・ロメオは、ジュリエッタ・スプリントをベルトーネデザインの美しいクーペモデルへとモデルチェンジする際、ジュリア・スプリントGTの名を与え、このクルマからはパワーを増したジュリア・スプリントGT ベローチェ(のちのGTV)やコンバーチブルのGTC、エントリーモデルのGTジュニアや、サーキット向けのGTAとGTAmといったモデルが誕生している。

ジュリアベースのさまざまクーペモデルの生産終了後も、アルファではGTの名を使い続けており、アルフェッタGTがジュリアベースのGTVの後を受け、さらにその後、GTVとGTV6へと繋がっている。

GTVの名は1994年に前輪駆動のクーペモデルで復活し、さらにアルファは2003年登場の156ベースのクーペで、再びGTを名乗らせている。


判定:合格


ランボルギーニ350 GTV(1963年)

フェルッチオ・ランボルギーニはランボルギーニ初のモデルとして公開した車両に350 GTVの名を与えている。

350が意味するのは、そのV12エンジンの3500ccという排気量であり、GTVはこの生まれたばかりのメーカーが、グランツーリスモの世界において、マセラティやフェラーリといったビッグネームに対抗する意思を表していた。

プロトタイプとして1963年のトリノ・モーターショーで発表された350 GTVだが、ランボルギーニが期待したポジティブな反応を得ることができなかったために、デザイン部隊は再び製図台へと向かうことになった。

まったく新しいデザインと改良されたV12エンジンを与えられ、その名も350 GTへと変更されたことで、ランボルギーニ初の量産モデル(写真)は誕生し、1966年には、4000cc V12エンジンを搭載した400 GTへとモデルチェンジを行っている。

ランボルギーニのミッションは常にGTモデルを創り出すことであり、1970年代にはいくつかのモデルにGTとそのバリエーションであるGTSといったモデル名を冠していたが、その後、限定モデルのディアブロGTといったモデルを覗いて、GTの名が使われることはなくなっている。


判定:合格


フォードGT40(1964年)

フェラーリを打ち倒すべく開発されたフォード GT40のデビューレースとなったのが、1964年のニュルブルクリンク1000km耐久だった。

しかし、このレースをフィニッシュすることはできず、この年のル・マン24時間には3台が送り込まれたものの、いずれもが途中リタイヤの憂き目に会っている。続く1965年もデイトナ2000では勝利を収めたものの、年間通して見れば、決して満足のいくシーズンとは言えなかった。

つまり、フォードが望んだようなスタートをGT40は切れなかったということであり、その結果、フォードのマーケティング部門は1965年モデルのマスタングに、GTエキップメントシリーズ導入を決定している。

このシリーズでは、ツインエグゾーストパイプといったパフォーマンスパーツに加え、GTエンブレム付きフューエルキャップといった単なるコスメティック部品までオプション設定されていた。

さらに、フォードは短命に終わった英国生産のコンサル・カプリの79ps仕様にまでGTの名を与えている。

2018年現在、フォードではマスタングのV8モデルと、GT40の系譜に連なる限定モデルにGTの名を冠している。


判定:合格
注:写真は1966年製GT40


ポンティアックGTO(1964年)

ポンティアックGTOは最初のアメリカン・マッスルカーと呼ぶべき存在であり、ポンティアックが親会社のGMが決めた330キュービックインチ(5408cc)という最大排気量のルールを破ることなく、よりパワフルなテンペルを創り出そうとして生み出されたモデルだった。

だが、この排気量制限は量産モデル向けであり、オプションパッケージには適用されないことに気付いたポンティアックは、389キュービックインチ(6375cc)のV8エンジンを、オプション設定したテンペスト・ル・マンを登場させており、1964年には3万2000台以上がこのGTOオプションを選択している。

ポンティアックのチーフエンジニアだったジョン・デローリアン(そう、あのデローリアンだ)は、臆面もなくル・マン・ウィナーの250 GTOからGTOの名を借りながら、GTOとはGrand Tempest Optionの略だと主張していた。

1966年にはGTOは独立モデルとなり、1974年までいくつかの改良を受けながらそのモデルライフは続いた。

1999年にレトロブームの波が頂点に達すると、ポンティアックはデトロイト・モーターショーでGTOと名付けたコンセプトカーを発表している。このクーペモデルが量産に移されることはなかったが、2004年にはオーストリア産のホールデン・モナーロのポンティアック版として、GTOの名はたびたびショールームを賑わせていた。


判定:合格


プリンス・スカイライン 2000GT(1964年)

日産の由緒あるGTの名はプリンス自動車にまで遡る。1964年、プリンスはグロリア(写真)が積む直列6気筒エンジンをスカイラインに搭載してレースへ参戦しており、このクルマの期待以上の活躍が、量産モデルのスカイライン2000GT誕生へと繋がっている。

1966年に日産とプリンスが合併すると、スカイラインとグロリアの名称は日産のものとなり、1969年には1998cc 直列6気筒エンジンを積んだ4ドアの初代スカイラインGT-Rを生み出している。

およそ40年が経過した現在も、GT-Rの名はスーパーカーキラーのクーペとして存続している。


判定:合格


ポルシェ904 GTS(1964年)

ポルシェが初めてGTSの名をもつモデルを創り出したのはタルガ・フローリオ参戦を目指してのことだった。

シチリア島を舞台に戦われるこの過酷なレースでは、速さと安全性に加え、快適性を備えたモデルでなければ、表彰台のトップを狙うことは不可能であり、904 グランツーリスモ・スポーツ(GTS)は1964年に見事勝利を飾っている。

以降、GTSの名を冠したポルシェの数あるモデルのなかには、928、911、ケイマン、パナメーラにケイマンといった車種が含まれる。

ポルシェでもっとも有名なGTの1台は、2003年登場のV10エンジンを積んだカレラGTだろう。このクルマの後継モデルがGTの名を冠することはなかったが、2018年現在、ポルシェからはGT3やGT2を含め、多くのGTモデルがラインナップされている。


判定:合格


トヨタ 2000GT(1965年)

基本的にはヤマハの設計となる2000GTは、本来であればトヨタのトップモデルではなく、日産のラインナップに加わるはずだった。

だが、日産トップがこのクルマの価値を認めなかったために、トヨタが日本の自動車メーカーとして初めてジャガー Eタイプのライバルモデルを登場させるという栄誉を得ている。2000GTは、全方位にわたってまさに真のグランドツアラーと呼ぶべきモデルだった。

トヨタのGTの系譜はここで終わることはなく、有名なところではセリカなどのグレード名として使用するとともに、1986年にはホモロゲーション取得用としてGT-Fourをデビューさせている。

さらに最近では、トヨタがスバルと共同開発したクーペのモデル名として、英国を含めたいくつかの市場ではGT86の名を冠している。


判定:合格

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(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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