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ニューモデル 2018.11.24

魅惑のツインエンジンカー ビンテージレーサーから最新ハイブリッドまで 前編

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魅惑のツインエンジンカー 登場順にご紹介

排気量に勝るものはなく、エンジンの数を増やすなど問題外だろう。だが、1920年代には、サーキットとオフロードの双方で、パフォーマンス向上を目的に、ふたつのエンジンを積む方法が人気だった。ほとんどは市販されることはなく、それなりの数を販売したのはわずか1モデルに過ぎないが、それでも、運さえよければ数多くのツインエンジンカーを目にすることができるのだ。

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さらに、なぜかこうしたツインエンジンカーは興味をそそる存在であり、今回はわれわれお勧めのモデルをその登場順にご紹介しよう。

GNホーネット(1920年代/1990年代)


特別なビンテージモデルというのは素晴らしい発明品であり、ダンカン・ピッタウェイ作のGNホーネットはまさにその典型といえる。1920年代のシトロエン製シャシーを使い、自宅ガレージで創り出されたこのモデルには、JAプレストウィッチのVツインエンジンに替えて、2基のハーレーダビッドソン製ツインエンジンが搭載され、合計で2.5ℓに達する排気量から、メタノールを燃料に61psを発揮している。

ハーレーのエンジンを選んだのは、現在ではより古いエンジンよりもはるかに安く調達することができるという理由からだった。このグッドウッド・レーシングで好評を博したモデルには、特別なヴィンテージの名に恥じないよう、モーリス、アミルカーとGNのパーツが使われている。最高速は145km/hに達するが、ピッタウェイはコストなど考慮しておらず、販売されることはないだろう。

アルファ・ロメオ・ビモトーレ(1935年)


1934年のGPシーンでドイツ勢の後塵を拝したことで、アルファ・ロメオはその翌年となる1935年、軽量化したP3シャシーをベースにエンジンを2基搭載したビモトーレを登場させた。ビモトーレには、それぞれ2.9ℓと3.2ℓのエンジンを2基積んだバージョンが存在し、両モデルとも直線では驚異的なスピードを発揮した。3.2ℓモデルの最高速は335km/hに達したが、燃費とタイヤの問題から、ライバルを倒すにはピットで過ごす時間が長くなりすぎた。

ツインエンジンのモデルとしては珍しく、ビモトーレの駆動輪はリアのみであり、リアのエンジンからの出力は、センター配置のディフェレンシャルを経由してY字型のドライブシャフトから後輪へと伝達されていた。ビモトーレは1台のみが現存しており、もし販売されるとすれば、2017年のオークションで1934年製ティーポB P3が記録した343万ポンド(450万ドル)をはるかに凌ぐ価格になると考えられている。

テンポG1200(1936年)


テンポG1200はまるで双頭のモデルだが、これは米国でジープが登場する以前に、ドイツ軍向けの万能型車両を創り出そうとした真剣な試みだった。ハンブルクに拠点を置くヴィダル&ゾーン・テンポ・ヴェルケが生み出したG1200では、2ストローク2気筒から19psを発揮するエンジンがフロントとリアにそれぞれ搭載され、路上はリアのエンジンだけで走行し、オフロードになるとフロントのエンジンを作動させる仕組みだった。1943年までに1243台が生産され、武装親衛隊を含むすべてのドイツ軍で使用されている。

車体中央に取り付けられたスペアタイヤによって、駆動輪を6輪とすることも可能であり、テンポのオフロードにおける走破性向上を図っていた。現在G1200の価格は1万ポンド/1万3000ドル(145万円)ほどとなっている。テンポのモデルとしては、第2次世界大戦後、ライセンス生産を行ったランドローバーのほうがよく知られており、この車両はドイツ国境警備隊に供給されていた。

シトロエン2CV サハラ(1958年)


2CVは悪路も念頭に開発され、このブリキのカタツムリには、ほとんどの場所をものともしないモデルとの評価が与えられていた。しかし、シトロエンはそれでは満足できなかったのだ。その結果、誕生したのがトランクルームにも425ccフラットツインを積んだサハラであり、ダッシュにはこの追加されたエンジン専用のイグニッションキーが備わっていた。このふたつのエンジンはひとつのギアリンケージを共有しており、フロントエンジン単独か、ふたつのエンジンを使った四輪駆動走行を選択することができた。

重量増によって、もともと大したことはなかった2CVのパフォーマンスがさらに損なわれる結果となったが、驚異的なトラクション性能とともに、当時フランスが植民地を持っていたアフリカ大陸では人気を博している。しかし、1958年から1971年まで続いた生産期間にもかかわらず、サハラの生産台数は694台に留まっており、現在では非常に希少なモデルとして、もし完ぺきなレストアをほどこされた車両を発見できたとしても、その価格は7万ポンド/9万2000ドル(1012万円)に達するだろう。

サーブ93 モンストーレ(1959年)


サーブはつねに独創的なエンジンやレイアウトを採用していたとはいえ、それでもモンストーレはこのメーカーにとっても驚愕のモデルだった。モンスターを意味するこの車名は、2基の2ストローク3気筒748ccのエンジンをフロントアクスル前方に横向きに隣り合わせて積んだことに由来しており、強化したギアボックスを介してフロントタイヤを駆動していた。

ツインエンジンが発揮する140psを受け止めるにはこの強化トランスミッションが必要であり、その強烈な加速によって、このクルマの最高速は196km/hに達していた。唯一の問題は、高速走行中そのボディ形状ゆえにリアが安定感を失い、ハンドリングが扱い辛くなることであり、それがこのクルマの愛称にもなっている。モンストーレは1台が製作されたのみであり、現在ではスウェーデンのトロルヘッタンにあるサーブ博物館に展示されている。

ミニ・ツインモーク(1963年)


ミニのメーカーであるブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)が利益の多い軍事契約を獲得しようとしたとき、実用的なミニ・モークに目を付けた。軽量かつ簡素な構造がメリットとなったものの、四輪駆動システムを持たなかったために、アレック・イシゴニスは1098cc Aシリーズ横置きエンジンとギアボックスを、既存のフロントサブフレームを使って2列目シートの後ろに搭載するという、シンプルなアイデアを思い付いた。

初期テストの結果は非常に良好であり、当初は米軍までツインモークへの興味を示していた。だが、追加したエンジンのせいで、ヘリコプターでの空輸に最適と考えられていたモークよりも車重は増し、最低地上高が不足したことで、ツインエンジンのモークはランドローバーやジープほどのオフロード性能を発揮することができなかった。その結果、BMCは受注に失敗し、いまではそのプロトタイプの販売車両見つけ出すことは不可能だが、スタンダードな前輪駆動のモークであれば英国では1万2000ポンド(173万円)、米国では2万5000ドル(285万円)から見つけ出すことができる。

ミニ・ツイン(1963年)


ツインモークの経験から、BMCとアレック・イシゴニスはミニの四輪駆動モデルの能力を証明しようと決意した。このツイニと名付けられたモデルでは、サーキットとラリーの双方で成功を収めつつあったクーパーに倣い、パフォーマンス向上に力を入れることにしたのだ。2台が作り出され、最初のモデルには排気量997ccのクーパー仕様エンジンが、2台目にはダウントン・チューンのエンジンがそれぞれ2基搭載されていた。2台目のミニ・ツインはシチリア島で開催された1963年のタルガ・フローリオに出場したものの、残念ながらリアのラジエタートラブルにより、リタイヤを余儀なくされている。

この2台ともがBMCによってスクラップにされたが、ジョン・クーパーはこのアイデアをベースに自身の手でオリジナルのツイニを創り出している。フロントにはFIAグループ3仕様にチューンされ83psを発揮する1088ccエンジンを、リアには出力97psの1212ccエンジンがそれぞれ搭載されていた。このふたつのエンジンによって、超軽量なミニはまさに翼を与えられたごとくであり、ブランズ・ハッチとグッドウッドでジョン・ウィットモア卿により行われたテストで、その速さを証明している。だが、その後ジョン・クーパーがロンドン近郊のサービトン・バイパスでこの独創のモデルをクラッシュさせ、自身も大けがを負うとともに、このツイニの冒険物語にも終止符を打つこととなった。

フォルクスワーゲン・ツインジェット(1981年)


このツインジェットが発表されるまで、フォルクスワーゲンにとってはゴルフGTIがもっとも大胆なモデルだった。明るい黄色に塗られたこのモデルは、もはやありきたりなジェッタなどではなく、最大の驚きはそのリアタイヤの間に搭載されたふたつ目のエンジンだった。GTI由来となる完全同一仕様の1.6ℓエンジンを2基搭載したツインジェットの出力は223psに達し、そのパワーを有効に路面へと伝達するため、クロースレシオのギアボックスとリミテッドスリップディフェレンシャルが採用されていた。

アウディによるクワトロの成功に触発されたフォルクスワーゲン・モータースポーツの手により生み出されたツインジェットだが、重すぎる車重とパワー不足により思うような活躍を見せることはできなかった。しかし、このクルマは、2018年のI.D. Rパイクス・ピークのはるか以前に活躍した、フォルクスワーゲン製ツインエンジンモデル開発の礎となっている。

ウォルフレース・ソニック(1981年)


1980年、英国のアフターマーケット向けアルミホイールメーカーであるウォルフレースからソニックシリーズが発売されたが、創業者のバリー・トレーシーは最大限の宣伝効果を狙って、ソニック・カーのアイデアを思い付いた。その曲線的なボディラインとは不釣り合いなポップアップ式ヘッドライトと、フロント2輪の6輪を採用したモデルには、2基のローバーV8が搭載されていた。ジャガー製ランニングギアにより見事な走りを見せるとともに、革新的なドライブ・バイ・ワイヤ式スロットルをも採用したモデルだった。

ソニックは英国Autocarの表紙を飾るとともに、同じ名を持つ25万本以上のホイール販売にも貢献している。2台が製作されたものの、1台は行方不明となっており、残る1台が100万ポンド(130万ドル)で売りに出されたが、のちにより現実的な1万8100ポンド(2万4000ポンド)の値で売却されている。それでも、10万ポンド(13万ドル)とされる製作コストを考えればバーゲンとも言える価格だった。

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(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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