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ニューモデル 2018.7.27

追悼 セルジオ・マルキオンネ 画像で振り返るその人生 後編

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クライスラーへの投資(2009年)

クライスラーはダイムラーとの提携が短期間に終わり、経済的に困窮していた。同社は2008年の金融危機が原因となり米国市場での売れ行きが悪化したため、倒産の危機に瀕していた。オバマ政権はGMに支援の手を差し伸べる一方、クライスラーに対しては倒産させることが真剣に検討されていた。マルキオンネはクライスラーが復活できると考えていた。彼は大西洋の両岸にまたがる巨大な自動車メーカーへと発展させる好機と見たのだ。

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2009年4月、フィアットはサーベラス・キャピタル・マネジメントからクライスラー株の20%を取得した。これはクライスラーが破産申請をした直後のことであった。これはクライスラーにとって最後の望みであると同時に、彼らが欲していた小型車の製造技術を手に入れることに繋がった。2019年型ジープ・グランドチェロキーもフィアットのプラットフォームを使用しているのだ。

他方、この提携により、マルキオンネが利益を維持するために望んでいた会社規模を実現するとともに、北米市場へのアクセスを容易にした。彼は2009年、オートモーティブ・ニュース・ヨーロッパの取材に対し「独立したままではビジネスを続けることはできません。利益を生み出すためには、最低でも年産550万から600万台の水準に達する必要があります」と語っていた。

FCAの積極的モデル展開(2010年代)

彼の率いる経営陣とともに、マルキオンネはFCAの中でも優良部門を見極めていった。彼は2007年にフィアット500の生産を承認したほか、レネゲードを含むいくつかのモデルの開発を許可した。そしてダッジにおいてはヘルキャットなどのパフォーマンスモデルを増強する決断をした。

しかし、彼は必要な時には躊躇なく削減を行った。アルファ・ロメオ・ジュリエッタのプラットフォームを使用していたクライスラー200(写真)やダッジ・ダートなどを廃止したのだ。これらのモデルは2016年以降販売が急降下していた。2018年までに、ライバルのフォードも同様の決断を下している。マルキオンネはランチアの終了や、ダッジ・バイパーの廃止も決断した。

FCAの形成(2014年)

フィアットは急速にクライスラーを吸収していった。2012年には株式保有率を58.5%まで高めた。2014年に残りをユナイテッド・オート・ワーカーズから買収すると、フィアット・クライスラー・オートモビルズ(FCA)を立ち上げた。その後フェラーリを独立させると発表し、2016年までに完了させたが、マルキオンネはその後も2018年7月の退任までその運営に関わった。

フェラーリが独立すると、FCAの株主たちはその80%を受け取った。フェラーリ株はその10%がIPOとして販売され、残りの10%がエンツォ・フェラーリの息子であるピエロ・フェラーリに譲渡された。フェラーリの株式は好調な値動きを見せ、2016年4月の34ドル(3768円)から133ドル(14740円)まで値上がりした。時価総額は330億ドル(3兆6572億円)に達している。

各所で波紋を呼ぶ出来事も

確固たる信念を持ち、歯に衣着せぬ物言いをすることから、彼の在職中数々の波紋を呼ぶ出来事もあった。しかし彼の透明性や粘り強さは、自動車業界の他のCEOとは一線を画すものであった。

2011年、彼はジープ・コマンダー(写真)について「人類の消費生活にあっていない」と評した。「しばらくの間販売したが、わたしはなぜひとびとがこのクルマを買うのかわからない」といった。

2014年、彼は完全電動の500eを買わないよう要請した。カリフォルニアの排出ガス規制に適合させるだけのために開発したものであり、1台売れるごとに1万4000ドル(155万円)の赤字となるとのことだ。

フェルディナンド・ピエヒからのアルファ・ロメオ買収の提案を拒否し、フォルクスワーゲンはセアトの再建に注力すべきだとコメントした。また、彼はアウディに対してQ2とQ4の名称を売却することを拒否していたが、のちに譲歩している。

合併への野望

マルキオンネは常に合併相手を求めていたことから、そのうわさがしばしば紙面にのぼった。2009年には、GMからオペルを買収しようとしたが、拒否されている。2017年には、中国のグレートウォールがジープを買収するとのうわさが浮上したが、のちにそれは誤りであると明らかになった。

さらに2018年、ヒュンダイがFCAを買収するとのうわさが立った。インサイダーはマルキオンネがヒュンダイへの決断を迫るため、グレートウォールのうわさを流したと語った。しかし、ヒュンダイはこの報道を否定した。

独特の経営手法

マルキオンネの経営手法は目を見張るものがある。彼は週7日間働き、欧州と北米を毎週のように行き来した。休日には海外へ出かけ、ともに働く人材を探し回っていた。ライバルたちは、マネージャーやエグゼクティブを即座に解雇する彼を非情だと非難した。一方、彼は健康面に問題を抱えるようになっていた。

2018年6月26日に行われたセレモニーでカラビニエリの代表に新型ジープ・ラングラーの鍵を手渡すと、「わたしはもう限界だ。非常に疲れた」と語ったという。セレモニーの最中、彼は父親がカラビニエリで働いていたことを語った。そしてカラビニエリについて「わたしと同じく、真面目で、誠実で、義務感を持ち、サービス精神に溢れる」と評価した。これが彼が最後に公の場に姿を表す機会となった。

ウェイモとの提携

マルキオンネはアルファベット社のウェイモとの提携にも重要な役割を果たした。2018年5月、ウェイモは自動運転車のテストのため、6万2000台のパシフィカ・ハイブリッドを購入すると発表した。それと同時に、FCAはウェイモとの自動運転分野における提携への協議に入ったと発表した。

アナリストやライバル達は、FCAが自動運転技術に対して十分な投資を行っていないと非難していた。ウェイモとの提携は、マルキオンネにとって低コストで自動運転に備える良い機会となった。

マルキオンネ最後の5カ年計画(2018年)

2018年6月、マルキオンネはFCAの新たな5カ年計画を報道陣や投資家たちに発表した。このプレゼンテーションはジープ、マセラティ、アルファ・ロメオなどのブランドに注力するという内容であった。彼は電動化などの先端技術に対して積極的な姿勢を示した。

そして、FCAが抱えていた130億ドル(1兆4400億円)近い負債を解消したと発表し、多くのアナリストを仰天させた。そしてジープの世界販売の増進により、グループ全体での利益を2022年までに3倍にするとの予測を示した。「負債の山に埋もれていた頃とは風当たりが大きく変わった」と語った。この写真の中で、彼はアニェッリ家の末裔であるジョン・エルカンと言葉を交わしている。

マルキオンネはCEOの職を2018年7月21日付で退職した。FCAは彼が肩の手術後に予期せぬ合併症を起こし、容体が悪化したためと発表した。ジープとラムを率いていたブリトン・マンリーがその職務を引き継ぐことになった。フェラーリ会長の座はジョン・エルカンが後継者となり、フィリップ・モリスのボスであったルイス・カミレリがCEOとなった。

エルカンとマルキオンネは長年ともに働いた経験から、親しい友人関係を築いていた。エルカンは彼の死を認めると、「残念ながら、恐れていた事態が起きてしまいました。わたしの友人であり偉大な男であったセルジオ・マルキオンネが亡くなりました」と記した。

マルキオンネへの敬意(2018年)

イタリアの政界はまれに見る一体感で、マルキオンネの14年間にわたるフィアットでの実績に敬意を示した。シルヴィオ・ベルルスコッティ元首相は、彼について「イタリア最高の経営者」と評し、彼の直感力、勇気、先見性、そして技量を称えた。

一方、対立党派のマッテオ・レンツィ元首相は、「イタリアの産業界を変えた巨人」と評価している。

彼の残したもの

マルキオンネはフィアットとクライスラーを再建させるという約束を完全に守った。ビジネスの観点から厳密にいうと、彼の唐突な退職にもFCAは全く動揺しはしなかった。というのも、彼は2019年4月に退任予定であったし、すでに彼なしでも会社がやっていけるように準備してきていたからだ。

FCAはマルキオンネが2018年6月に提示した5カ年計画はマンリーが受け持つとしていた。「台本も説明書もないのです。説明書というものは慣習的で一時的なものです。FCAには、逆境の中でも楽譜無しで演奏するような風土が主導者と従業員たちに根付いています」と、マルキオンネはプレゼンテーションの中で説明した。

2018年1月に行われた、マルキオンネの在職期間最後となる年末収支報告において、モルガン・スタンレーの分析担当アダム・ジョナスはこう述べた。「われわれはあなたのような人物を今までに見たことがありません。あなたは大雑把に言って20億ドル(2223億円)を約720億ドル(8兆円)にまで変えました。何よりそれ以上に重要なのは、あなたとそのチームによって世界中の数十万の家族が豊かになったこと、それからあらゆる場面で懐疑論者たちを打ち負かしたことです」

「だからわたしは、セルジオに神のご加護があるよう願っています。わたしたちは二度とあなたほどのひとに出会うことはないでしょう」

セルジオ・マルキオンネは離婚を経験しており、パートナーのマニュエラ・バッテザートとふたりの息子アレッシオとタイラーが残された。

マルキオンネは頻繁にAUTOCARの取材を受けてくれました。彼のご冥福をお祈りするとともに、ご家族およびご友人に心からのお悔やみを申し上げます。

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(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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