もくじ
ー 3度目の正直
ー 難航し続けたストラトスの復活
ー わずか25台の製造を目指すMAT社
ー オリジナル同様、エンジンはフェラーリ製
ー MAT社のノウハウが生かされる
ー 約束された価格以上の希少性
ー 番外編:ラリーを変えたクルマ
ー MATストラトスのスペック
3度目の正直
今回のアイデアは、消えることはないだろう。1970年代を象徴する、スター的な存在のクルマを復活させるための、3回目の試みが動き出している。今回のプロジェクトを推し進める関係者によれば、25台のクルマを生産予定で、1台あたり48万6000ポンド(7095万円)のコストを要し、最初の数台はテストの犠牲になるようだ。
幸運にも、そんなクルマに乗る機会を得た。
まずはこのオリジナル、ランチア・ストラトスにまつわるストーリーを振り返ってみよう。
誰もが気になるであろう、その目を引くスタイリング。エッジの効いたくさび形のボディはグラスファイバー製で、スペースフレーム・シャシーを覆っていた。ランチアが1972年に産み出したラリー・スペシャルは、ヘルメットのバイザーのようなグラスエリアに、極めて短いホイールベースと切り詰められたオーバーハングを持っていた。全てはダート路面を引っ掻き回すため。
ラリーステージの沿道を埋めるラリーファンたちは、彫刻刀の先端のようなノーズを見るや否や走り過ぎ、リア周りに大きなマスを持つ、ランチア製の「クイックシルバー」に魅了された。斜め前から見た形状は特に鋭く感じられた。
夜間の姿も印象的なものだった。一対の丸いテールランプがコーナーの間を優雅に踊るように抜けていく。飛び散る砂利のはじけるような音に覆いかぶさるように、ディノ譲りのV6エンジンの叫びが、夜空に響き渡る。
その音を聞くたびに、ラリーファンは目を大きくし、「ストラトス!」と漆黒の森の中で声を上げた。フォード・エスコートが積む、コスワース製BDAエンジン以上に気持ちを高ぶらせる響きは、フォードのラリー本拠地、ボアハムがどんなに頑張っても叶わないものだった。
これが当時、僕たちを虜にしたストラトスの姿。今もその力は薄れていない。
オリジナル・ストラトスのコレクターを父に持つ、若い自動車デザイナーのクリス・フラバレックも、そんな魅力に取り憑かれたひとり。ストラトスの現代版を作ろうと決めたのは、すでに13年も前の話となる。
難航し続けたストラトスの復活
2005年、フラバレックはパリのデザインスタジオで、原寸大のクレイモデル(工業用粘土で作ったデザイン検討用のモデル)を仕上げた。そのモデルは「フェノメノン」という名前でジュネーブ・モーターショーに出品されたが、その時すでに「ストラトス」という名前を使用する権利も取得していた。
ライムグリーンに塗られたフェノメノンは、マルチェロ・ガンディーニのオリジナルデザインを的確に近代化しただけでなく、印象的な新しいデザインエレメントも兼ね備えていた。大きく湾曲したフロントガラスの中央にピラーが走り、左右に分割されたフロントガラスは、サイドウィンドウとつながり、ドアと一体になっていたのだ。
ジュネーブショーの時点では、英国のレーシングカー・コンストラクターであるプロドライブ社が、実働車を作るという噂もあり、実現に向けてプロジェクトは前進するかのように思えた。しかし、このプロジェクトは頓挫してしまう。
その後、「フェノメノン」から影響を受けた、自動車部品メーカーの代表を務める資産家のミヒャエル・シュトーシェックが動き出す。
彼は、イタリアのデザイン・カロッツェリア、ピニンファリーナと協働することで、フェラーリF430スクーデリアをベースにストラトスの復活を目指した。マラネロ製のアルミニウム・シャシーは、ストラトスのプロポーションに合わせて全長を短くし、エンジンは最高出力を高めるためにチューニグが施された。
カーボンファイバー製のボディはフェラーリ製のアルミニウム・スペースフレームを囲うように取り付けられ、理想的な重量配分、50:50を生み出すとともに、パワーウエイトレシオにも優れていた。
この挑戦は、有望に思えた。シュトーシェックはフランス南部のポールリカール・サーキットで2010年に公式発表を行い、25台の生産を目指すとした。しかし、ピニンファリーナ製のワンオフモデルは高い賞賛を集めつつも、生産モデルが現れることはなかった。
このプロジェクトも、終わったかのように思えた。今年の初めのジュネーブ・モーターショーに、当時と同じ黒いストラトスがマニファトゥーラ・オートモービル・トリノ(MAT)社のブースに姿をあらわすまでは。
わずか25台の製造を目指すMAT社
この小さなトリノの会社は、このプロジェクトを再始動することを決め、25台のモデルを作り上げる予定だ。シュトーシェックも関わっているが、生産ライセンスはMAT社が保持し、MAT社のCEO、パオロ・ガレッラがこのプロジェクトを進めている。このパオロ・ガレッラは、ピニンファリーナに在籍していた時期もあり、このシュトーシェックのストラトスの開発にも深く関わっていた人物。「ピニンファリーナで製作したワンオフモデルの中でも最高のできでした」と評する。
彼はその後MAT社を設立し、ハイパーカーブランドのスクーデリア・キャメロン・グリッケンハウス社やアポロ社のモデル開発に関わっている。ほかにも、これまで50台以上のニューモデルの開発に関わってきた彼は、造詣も深い。
彼のワークショップには、デモンストレーターとして新しいストラトスの1台目が置いてあり、2台目のクルマが組み立てられている途中だった。ジェット戦闘機のような大きくラウンドしたフロントガラスが、ストラトスたらしめる視覚的な要素であることはすぐにわかる。しかし、そのガラスの向こうに座ると、それ以上の刺激が待っていた。
21世紀仕様の新しいMATストラトスは、1970年代のクルマと比較すると太いピラーを持ってはいるが、カーボンファイバー製で、現代のクルマとしてはかなり薄く仕上げられている。そしてピラーは車両側面に収まるため、パノラマのような優れた視界の中で、549psというパワーを解き放つことができる。
ベースはふくよかなスーパーカーだから、全幅はかなりある。レース用のヘルメットを収めるための大きな窪みうがたれたドアトリムは、オリジナルのストラトスと同様の仕掛け。仕上がりは非常に高く、ラゲッジスペースなしでも困らないなら、見た目以上に実用的なクルマでもある。そして、ステアリングとパドルシフトのついた、美しい音を響かせる管楽器でもあったりする。
オリジナル同様、エンジンはフェラーリ製
アルミニウム製のパネルに埋め込まれた計器類は、1970年代のオリジナルモデルを彷彿とさせ、取って付けたようなメーターのレイアウトもオリジナル・ストラトスのようだ。しかし、エンジンを目覚めさせると、新しいものと古いものとが混在したかのような印象は払拭された。
ステアリングホイールに備わる赤いボタンを押し、V8エンジンを始動する。車内は振動を伴うサウンドで満たされる。このクルマにはオプションとなるカプリスト社製のエグゾースト・システムが装備され、標準モデル以上に賑やかとのこと。
右側のパドルを引いて1速に入れると、吸気音を伴う悲鳴のような咆哮に支配された世界に変わる。しかしまだ序の口。ガレッラは、ヨーロッパの中でも最大の山岳地帯が広がる、トリノ西部、フェネストレッレ近くのアルプスに向けてクルマを走らせる。でも、わたしにはその美しい景観を楽しんでいる時間はない。このクルマのダイナミクス性能を、オリジナルのストラトスも駆け回ったであろう、九十九折の舗装路で確かめなければならないのだから。
道幅は狭く、スロットルペダルを踏み込める機会は多くはないが、その機会が来ると興奮せざるを得ない。道路環境としては4000rpmも回せれば良い方で、さらに4000rpmも回転数には余裕がある。それでもV8エンジンが本気を伺わせる最中、窓から見える景色はまるでスカイダイビングでもしているかのように流れる。
視覚に気が取られがちだが、フェラーリ製のエンジンは、聴覚に加えて、シートを通じて身体にも触覚としてその存在を伝えてくる。メカニカルな実体験を得たいなら、最適な場所だと思う。オリジナルのストラトスがディノ譲りの2.4ℓ V6エンジンを搭載していたことを考えると、このフェラーリ製のエンジンは最適なチョイス。
さらにこのF430用のV8エンジンには、低回転域でのトルクを増強するため、新しいインテークマニフォールドも装備されている。
MAT社のノウハウが生かされる
インテリアでも、ステアリングホイールがマラネロ製のものだとすぐにわかる。ストラトスのロゴは付いているが、F430のものを流用していることは明らかで、ドライブモード「マネッティーノ」のダイヤルも付いている。
このほかにも、F430譲りのフルオートエアコン・コントローラーが、特別仕立てのストラトスのダッシュボードに取り付けられているし、助手席側のフットレストやエアコンのエアベント、リバースギアのボタンの付いたセンターコンソールなど、フェラーリの面影は少なくない。
ここまで理解すると、読者もひとつの疑問を抱くだろう。
そう、MATストラトスを作るには、MAT社にフェラーリF430を持ち込む必要があるのだ。もちろん、そのほとんど、フェラーリ製のアルミニウムシャシーやパワートレインの一式、サスペンションなどは新しいストラトスへと生まれ変わる。さらに、ホイールベースが短くされたシャシーには、カーボンファイバー製の上部構造体が組み合される。ドライブトレインには、F430のeデフもそのまま生かされている。
その結果、V8をミドシップしたフェラーリよりも遥かに希少なクルマが完成することになる。もちろん、走りはF430そのままというわけではない。フェラーリ製のスカイフック電子サスペンションの代わりに、ビルシュタイン製のダンパーを装備。またマネッティーノにも独自の調整が施され、スロットルマップやトランスミッションの動作、トラクションコントロールとESP(横滑り防止装置)は独自のものとなる。
短いホイールベースの割に極めて高いシャシーバランスや、想像以上の限界領域を持つステアリング、スピードをいとわない優れたブレーキを持つから、電子制御の介入に至るにはそれなりの運転が求められる。パドルシフトで変速可能なトランスミッションも組み合され、非常に流麗なドライビングが可能だ。
ただし、まだ完全に煮詰められているわけではない。
約束された価格以上の希少性
リアのサスペンションが柔らかすぎる印象があり、ロールは予想よりも大きく、ストロークする前後で発生する無駄なピッチングも目立つ。MAT社のガレッラCEOによれば、シャシーのセットアップはまだ完全なものではなく、量産バージョンではリアのダンパーはさらに10%ほど減衰力を高める予定だという。
MATストラトスの乗り心地自体は悪くないが、今のところ、路面の剥がれや鋭い凹凸での処理には手を焼いている様子。フェラーリF430がこれらを上手にいなしていることにも、反面驚かされた。ホイールサイズが異なっていることも影響しているようだ。その一方で、ストラトスのポテンシャルの高さも伺い知れる。
ただし、価格はそれなりにする。MATストラトスの価格、製造にかかる費用は48万6000ポンド(7095万円)だが、加えて、ベースとなるF430の費用としておよそ7万ポンド(1022万円)が必要となる。製造費を考えれば、割合としては大きくはないけれど。
F430よりもコンパクトなシャシーに、運転席からの優れた視界。F430よりも俊足だし、何よりもその希少性は、多くの人を引きつけるだろう。ガレッラはまた、シャシーのセットアップは、顧客の好みに合わせて調整も可能だという。ベースとなるフェラーリの突出した走行性能を考えれば、十二分に楽しめるセッティングにしつつ、優れた乗り心地も得られるはず。
すべてがハンドメイドで、充分な開発が施され、素晴らしい仕上がりを得ているMATストラトス。その希少価値は、相当なものになるに違いない。
番外編:ラリーを変えたクルマ
1972年に登場したストラトスは、ラリー界へイタリア製のスーパーカーの魅力を持ち込むだけでなく、驚異も与えることになった。四角いボディのフォード・エスコートやフィアット131ミラフィオーリといったライバルはその戦闘力を恐れたが、オリジナル・ストラトスの神経質なハンドリングは、沿道を埋める観客にとっても、恐怖を抱かせる場面を生み出したのだった。
ラリーに特化して設計された初めてのクルマは、今でも人々を魅了させる力を持っている。一方で、ランチアは当時のホモロゲーションで求められていた、500台という販売には苦労する。最終的には目標に届かず、492台が製造されたようだ。
ストラトスは1975年と1976年のワールド・チャンピオンシップを獲得。さらに1976年と1978年のヨーロッパ・ラリー・チャンピオンシップも獲得し、1978年にフィンランドのラリードライバー、マルク・アレンをFIAカップでドライバーズ・タイトルに導いている。ほかにも残る数多くの戦績は、卓越した設計の裏付けでもあり、クルマの魅力を高める要因でもある。
ストラトスはさらに多く勝てるはずだった。しかし、1969年にフィアットはランチアを買収しており、同時にふたつのワークスチームを動かすことはできないという内部事情で、ストラトスはワークスチームから外されてしまう。
結果、ワークスとして残ったのは、マーケティング・キャンペーンの都合もあり、フィアット131。3ボックススタイルの、セダンボディのクルマは、高性能なツインカムエンジンの本領を発揮させることはできなかったのだが。
MATストラトスのスペック
■価格 48万6000ポンド(7095万円+フェラーリF430本体)
■全長×全幅×全高 –
■最高速度 –
■0-100km/h加速 3.3秒
■燃費 –
■CO2排出量 –
■乾燥重量 1350kg
■パワートレイン V型8気筒4308cc
■使用燃料 ガソリン
■最高出力 539ps/8200rpm
■最大トルク 52.8kg-m/3750rpm
■ギアボックス 6速オートマティック
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