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ニューモデル 2018.2.10

同じクルマ、違う名前 バッジ・エンジニアリングのクルマたち 前編

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キャデラック・シマロン(1982年):2モデル

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1980年代初頭、GMはBMWとメルセデス・ベンツが高級車部門のボトムエンドを席巻し始めていると認識し、シボレー・キャバリエにキャデラックのバッジを付けて対応することとした。しかし、あまりに高い価格と、それに見合わぬ4気筒は、すっかりお笑い種となった。1985年にV6モデルを追加したが、販売を根本的に改善するものとはならなかった。

フォードF-150(2002年):2モデル


世界で最も売れているトラック、F-150を上級市場に送り込むべく、フォードは2002年、リンカーン仕様の設定を決める。ブラックウッドと銘打ったそれを、フォード的には失敗しようのないラインナップと考えていたようだ。ところが実際には、3000台少々を生産したのみで姿を消す。たった1年限りで、見込んだ成功は絵に描いた餅に終わったのだ。

ロールス・ロイス・シルバーシャドウ(1965年):2モデル


1931年にベントレーを吸収したロールス・ロイスは、2ブランドでモデルレンジの大半を共有したが、時として両ブランドの各モデルには大きな差が付くことがあった。シルバーシャドウとT-シリーズは、クルマとしては大きく変わらなかったが、ユーザーはロールスの方がプレステージ性の高いブランドとみなしていた。そのため、ベントレーT-シリーズの4ドアが2280台しか売れなかったのに対し、シルバーシャドウは30000台ほどが世に送り出されたのである。

ジャガーXJ(1968年):2モデル


ジャガーは、1960年に買収したデイムラーを、もうひとつのブランドとして展開した。当初はMk2に専用の2.5ℓV8を積んだりもしたが、その後はメカニズムも共通のものとなっていった。XJベースのソヴリンには、クラシックなXKツインカム直6が搭載された。

アウディ50(1974年):2モデル


アウディが最初のスモールハッチである50を1974年に発表すると、フォルクスワーゲンはそれから数週間以内に、これをポロと銘打って自社ブランドで販売することを決める。ゴルフに続いての投入となったポロは、50より多くのバリエーションを展開。一方、50は1978年に生産を終えた。

トヨタiQ(2011年):2モデル


ラインナップ全体でのCO2平均排出量削減を迫られたアストンマーティンは、トヨタiQベースのモデル投入というウルトラCを思いつく。内外装に手を加え、ベース車よりかなり高額に設定されたそれを、アストンは年間2000台程度販売できると考えていた。しかし、その目論見を大きく外れ、3年弱で786台を生産したのみで姿を消すこととなった。

トライアンフ・アクレイム(1981年):2モデル


ブリティッシュ・レイランド(BL)は1979年にホンダと契約を交わし、新型モデルで協業することを決定する。先代に当たるトライアンフ・ドロマイトが旧態化していたため、ホンダ・バラードの兄弟車となるニューモデルには、新たにアクレイムの名が与えられた。とはいえ、中身は完全にホンダ製で、トライアンフ独自のパーツは皆無。ただし、それゆえに信頼性では過去のBLのモデルでは望みえなかったほど高く、40年近く経った現在でも、道で見かけることが時々あるほどだ。

ランドローバー・ディスカバリー(1993年):2モデル


1990年代初頭、ラインナップにSUVを加える必要に迫られたホンダは、日本とニュージーランドにおける初代ディスカバリーの販売契約をランドローバーと結ぶ。Hバッジを付けたそれはクロスロードと名付けられ、1998年まで展開された。この車名は2007年に復活するが、こちらはホンダの自社開発モデルだ。

ランチア・デルタ(2011年):2モデル


フィアットはクライスラーを併合したとき、既存ブランドの流用をためらわなかった。ランチアのデルタとイプシロンは、仕向け地によってクライスラー名義で、逆にクライスラーの200とグランドヴォイジャーはランチアとして販売したのである。あまつさえ、200にはフラヴィア、後に300にテーマの名を与えた。その結果、イタリアの古豪ブランドは、今や風前の灯となっているのだ。

ヴァンデンプラ1500(1974年):2モデル


1973年に登場したオースチン・アレグロをベースにして開発され、翌年に登場したのがヴァンデンプラ1500。後付け感の拭えないグリルなどで外装を変貌させ、室内にはピクニックテーブルやウッドとレザーのトリムなどを奢る。しかし、それはひと目で大衆車のアレグロを軽く手直ししただけだとわかってしまうシロモノだった。

ランチア・デルタ(1981年):2モデル


ランチアはデルタの開発に当たってサーブの技術援助を仰ぎ、見返りにサーブはその自社版となる600を北欧で販売した。ところが、戦車のごとき頑丈なクルマを求めるサーブの顧客に対し、600が提供したのは乳母車のごとき脆弱さ。当然ながら、600はすぐに販売終了を余儀なくされた。

ロータス・エラン(1995年):2モデル


正確に言えば、これはバッジエンジニアリングではない。ロータスは、GM傘下時代の1990年に発売したFFのエランを、所有者が後退した後の1995年に生産終了。その生産設備を買い取った韓国の起亜は、この2座スポーツスターをビガートの名で1996~1999年、韓国市場向けに製造・販売した。

アルファロメオ・ドーフィン(1959年):2モデル


ドーフィンはルノーの大成功を収めたモデルだが、アルファロメオによるライセンス生産版は、本家のような人気を獲得できなかった。ラインナップ拡充を図るアルファと、国外の生産拠点を複数確保しようとしていたルノーとの思惑が一致して実現したプロジェクトだったが、残念ながら市場には受け入れられなかったのだ。

サーブ9-2X(2005年):2モデル


2005年にサーブが発売した小型ワゴンは、スバル・インプレッサのお色直し版だ。これは、サーブの親会社であるGMが、富士重工業(当時)の株式も大量保有していたことから実現したコラボレーション。しかしこの年、業績の悪化したGMは富士重工業株をすべて売却したこともあり、2006年には9-2Xのプロジェクトも終了。2年間に、約1万台が生産されるにとどまった。

ローバー・シティローバー(2003年):2モデル


上級移行を図っていたローバーが、世界でも最も安価な部類のクルマに自社のバッジを付けて売ったというのはいかがなものか。インド製のタタ・インディカをシティローバーへ名前を挿げ替えるにあたって、英国のユーザー向けに改善を図った形跡は見受けられない。タタや中国メーカーと資本提携せざるを得ない経営状態にあったとはいえ、これは得策ではなかった。ご存じの通り、まもなくMGローバーは破綻の時を迎える。

オペル・オメガ(1996年):3モデル


欧州GMは、オペルとヴォグゾールの2ブランドを展開し、同じクルマに違うバッジを与えて販売していた。しかし、それが大西洋の向こうで、キャデラック名義で売られることになろうとは、あまり予想できなかった。とはいえ、それに至った経緯は極めてシンプルだ。GMはキャデラックのエントリーモデルを欲しており、広く快適なクルマという条件に、欧州製セダンはぴったりだったのだ。GMはビュイックやオールズモデルでも同様の手法の導入を検討していたが、キャデラック・カテラの失敗でさすがに断念した。

ミニ(1961年):3モデル


BMCは、必ずしもすべてのモデルに持てる限りのバッジを付けたわけではない。ミニがベースの高級版であるライレー・エルフはその好例で、もう1車種はウーズレー・ホーネットだ。これは、モーリス・マイナーがベースのライレー1.5とウーズレー1500でも同様だ。これらはオースチンやMG、モーリス、ヴァンデンプラなどの名義では販売されなかった。

オートザムAZ-1(1992年):3モデル


日本が誇る軽自動車文化が生んだ逸品ともいえるクルマで、世界中を見回してもこれほど奇抜な小型車はそうそうない。バブル期のマツダ5チャンネルのひとつ、オートザムで発売し、翌年にはエンジン供給元であるスズキでもキャラと銘打って売り出した。2モデルしかない、とご指摘されるだろうが、そこはM2 1015も含めて3車種、という、少々強引なカウントでご納得いただきたい。

フォルクスワーゲンUp(2011年):3モデル


近年のバッジエンジニアリング車を語るうえで、フォルクスワーゲン・グループの存在は欠かせない。MQBプラットフォームは、数えきれないほどのモデルで採用されており、そこには数多くの兄弟関係にある車種が含まれる。しかし、それらより差別化が薄いのが、Upのバリエーションである。セアト・ミーとスコダ・シティゴーは、ほとんど顔つき程度しか違いがない。

三菱GTO(1991年):3モデル


もちろん、日本ではGTOとして売られたこのクルマ、海外の多くの国では3000GTという車名の方が馴染み深いものとなっている。これにはアメリカ市場も含まれるが、彼の地ではGTOベースのダッジ・ステルスも販売されていた。こちらは、外観に大きく手が加えられ、独自のデザインを採用している。

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(AUTOCAR JAPAN 編集部)

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