全日本スーパーフォーミュラ選手権の最終戦JAF鈴鹿グランプリの直前に飛び込んできた、TEAM MUGENのドライバー交代報道。2019年シーズンの間にTEAM MUGENのドライバーが交代したのはこれで2回目だ。
TEAM MUGENを率いる中野信治監督にとっても驚きだったという今回のドライバー交代劇。パトリシオ・オワードからユーリ・ビップスへとドライバーが代わった経緯、そのビップスの印象、そして1年間に2度もドライバー交代を経験したチームへの影響を、中野監督に聞いた。
スーパーフォーミュラ:鈴鹿でSF19デビューしたビップスは“急成長”が持ち味。2020年フル参戦に期待
「経緯に関しては我々の知るところではありません。ヘルムート(マルコ/レッドブルのモータースポーツアドバイザー)さんが決めていることですからね。F1に乗せるドライバーを1日も早く獲得したいというのが彼の望みでしょうから、彼の構想のなかにオワードが残れなかったのではないでしょうか」
「我々が伝えている情報などをきちんと分析したうえで決めていると思うので、決してオワードが遅いドライバーだったわけではありません。確実に進歩していたので、最終戦では表彰台争いをしてくれるかなというくらいの成長をしていた非常に良いドライバーでした」
マルコがドライバーの育成を急ぐには理由がある。現在レッドブルにはマックス・フェルスタッペンとアレクサンダー・アルボン、トロロッソにはダニール・クビアトとピエール・ガスリーが所属しているが、今年F1デビューしたアルボンに続く若手ドライバーがいないというのが現状なのだ。
そもそもアルボンは昨年のFIA-F2参戦後はフォーミュラEに参戦する予定であったし、クビアトも一度はレッドブルを放出されてフェラーリで開発ドライバーを努めていた。ちなみにアルボンもかつてレッドブルのジュニアドライバーであったが、2012年を最後にプログラムから外れている。
アルボンとの契約やクビアトを呼び戻したレッドブルを見れば、若手ドライバー不足は明らかであり、マルコが優秀なドライバーをスーパーフォーミュラに参戦させて経験を積ませ、スーパーライセンスポイントを獲得させようとしていることにも納得がいく。
「F1を考えたときに『これ以上続けることがお互いにとってプラスになるのか』という(マルコの)リミットというか、ラインがあるのだと思います。そのリミットが他よりも厳しいのかもしれませんし、そこからオワードは外れてしまったのかもしれません」
「(マルコは)本当に細かく見ています。彼はリザルトを見て(決めている)と言いますが、話も聞いているし、内容も見ている。単純に速い遅いというだけではありません。F1を考えたときに『光るものを見せてほしい』というのがあって、そのために情報を集めています。なかには、そんなところまで見ているのかというような見方もありました」
レッドブルのジュニアドライバー育成プログラムのトップを務めるマルコの評価があらゆる面において厳しいというのは、ダニエル・ティクトゥムのシート喪失がわかりやすい例だろう。レッドブルや姉妹チームであるトロロッソの時期ドライバー候補とまで言われたティクトゥムがわずか3戦でシートを失ったのだから、成績以外の面にもマルコの厳しい目が行き届いていたことは確かだ。
ではそのマルコがオワードの後任に選んだ19歳のエストニア人ドライバー、ビップスの印象の印象を尋ねると、中野監督は「貪欲に自分から情報を取りにいく、待たないタイプです。19歳と若いですが、自分のやるべきことをきちんと理解していて、すごく魅力的です」と高評価をしている。
「時間がないなかでいきなり走ることになって、しかも初日は雨でほとんど走れませんでした。予選に関しては、スリックタイヤを履くのも鈴鹿サーキットを走るのも初めてということを考えれば、他のドライバーたちに近いところまで来ていたので合格点です」
「タイムには現れない走行データも見ているので、彼のスピードに関する感性や学習能力が非常に高いということもわかりました」
■2台体制のメリットを活かせず厳しいシーズンを戦ったTEAM MUGEN
野尻智紀とティクトゥムというふたりのドライバーを擁して2019年シーズンを迎えたTEAM MUGENは当然、2台のマシンを走らせてデータを集めることを前提としていたはずだ。
しかし2度もドライバーラインアップが変わると、その計画にも狂いが生じてしまう。本来ならば2台のマシンを走らせてデータを収集し、それらをもとにマシンのセッティングを決める。ところが今年のTEAM MUGENのように16号車の野尻は通年で参戦する一方で、15号車は短期間のうちにドライバーが代わり、なおかつ初参戦のドライバーが乗るとなると、データ収集や比較は難しく、1台体制のような形になってしまう。
中野監督は、この2回のドライバー変更によってチームが厳しい状況に立たされたことを認めた。
「16号車のパフォーマンスを上げるためにも、データを共有してお互いを高め合うことをイメージしてやろうとしていました。ドライバーが変わることでそれが実現できなかったというのは残念です」
「ただ我々は仕事を受けている側なので、このチームの半分は我々のチーム、もう半分はレッドブルのチームなので、我々の意見だけではどうしようもないこともあります。とにかく今できることをやるしかないのですが、チームとしては厳しいです」
「ひとりのドライバーに長く走ってほしいし、ドライバーのためにもそうですね。チームとしても少しでもいいデータを積み上げていくためには、続けることが重要ですから」
とはいえ最終戦の予選では野尻が2番手とフロントロウに並び、見事キャリア2勝目となる優勝を勝ち獲った。予選後、中野監督は野尻の2番手という結果について「エンジニアやチームが頑張ってくれたので良いセットアップを持ち込むことができて、それを野尻の経験で煮詰めた結果」と話した。
シーズン中に2度ドライバーを交代したことからも、レッドブルはドライバー育成の厳しさを国内モータースポーツに知らしめることになった。ドライバーに求められるのは速さだけではないというのはすでに明白だが、今回は単に育成プログラムを率いるマルコの厳しさのみならず、中野監督の言葉からも多角的な判断に基づくドライバー交代であったと言えるだろう。
現時点でマルコがスーパーフォーミュラを若手育成の場として最適なカテゴリーであると考えている以上、2020年以降もレッドブルの若手ドライバーがスーパーフォーミュラに参戦する可能性は高い。当然次に参戦するドライバーも速さ以外に様々なものを求められることになるだろうが、スーパーフォーミュラでどのような成長ぶりを見せてくれるのだろうか。ピエール・ガスリーに続くドライバーの誕生が待ち遠しいところだ。
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